横田早紀江さんが明かす、孫娘ウンギョンさんとの「奇跡の対面」の舞台裏 「和やか」が一変、緊迫のやりとり…めぐみちゃんの「命の証し」かみしめたが、拉致知らせない「閉鎖国家」実感も
47NEWS / 2024年4月3日 10時0分
本当に信じられない光景だった。2014年3月、拉致被害者横田めぐみさんの父滋さん=2020年に死去=と母早紀江さん(88)夫妻は、モンゴルにいた。目の前には、ずっと会えなかっためぐみさんの娘、キム・ウンギョンさんがいる。めぐみさんの面影が強く残る顔を見て、やはり孫娘だと確信した。しかもその腕にはニコニコ笑う幼子もいた。胸の震えがとまらなかった。
横田夫妻にとって「めぐみちゃんの『命の証し』が紡がれているのをかみしめた奇跡の旅」だった。
ただ、対面は終始和やかだったわけではなく、緊迫する場面もあった。何が起きていたのか。10年前の舞台裏を早紀江さんが明かしてくれた。(共同通信=三井潔、安祐輔)
キム・ウンギョンさんとめぐみさんの写真を置いてインタビューに答える横田早紀江さん=3月
▽鮮やかなピンクのチマ・チョゴリ姿で目の前に
モンゴルの首都ウランバートルの大統領迎賓館に、私とお父さん(滋さん)が着いたのは3月10日夜で、翌朝ウンギョンさん一家と会った。応接室で待っていると、鮮やかなピンク色をした朝鮮の伝統衣装チマ・チョゴリに身を包んだウンギョンさんが、ご主人と共に入ってきた。2人は床にひざまずき「ようこそいらっしゃいました」「お会いしたかったです」と丁寧に頭を下げた。
めぐみちゃんの血を受け継いだ孫娘がすぐそこにいる。凜として聡明そうだった。お父さんの目は潤んでいた。
私はあふれる気持ちを止められず、正直な思いが口をついて出た。
「めぐみちゃんが突然消えただけでも信じられなかったのよ。北朝鮮に連れて行かれたのが分かるまで20年。捜し回っても駄目で気の狂うような毎日だったのよ。北朝鮮にいる事が分かっても、なぜそこにいるのか分からなくて…。びっくり仰天の日々を過ごしていたんです」
「めぐみちゃんに子供が生まれて、こんなに立派に育っている姿を見させてもらって本当にうれしいです」
ひ孫を抱く横田滋さん(左)と早紀江さん夫妻。切望していためぐみさんの娘キム・ウンギョンさんとの面会は、2014年3月にモンゴルで実現。思いがけずひ孫にも会えて「夢のようだった」(有田芳生事務所提供)
▽日本語できる細身のウンギョンさんの夫
ウンギョンさんの表情がほろりとなったように見えた。「会えて良かったです」。そう言いながら、2人でしっかり抱き合った。あのぬくもりは肌身に残っている。お父さんは言葉にならず、涙をポロポロ流していた。
ウンギョンさんのご主人は細身で控えめな人だった。金日成総合大のコンピューター学科で、ウンギョンさんの先輩だった、と聞いた。日本語も理解できるようだった。仲むつまじそうで何よりだった。
驚きはそれだけではなかった。この後、ウンギョンさん夫妻から娘のチオニちゃんを紹介された。当時10カ月。まん丸の顔でふくよかだった。愛らしい笑顔を絶やさず、よちよちと手押し車で走り回る。お土産として持参したおもちゃのピアノを手渡すと、楽しそうに弾いた。私とお父さんは「めぐみちゃんの小さい頃にそっくりね」と言い合って目を細めた。めぐみちゃんの血がつながっている重みをかみしめた。
北朝鮮側が提供した横田めぐみさんとみられる女性の写真
▽母の死を信じる娘ウンギョンさんに、娘めぐみさんの生存信じる母早紀江さん
しかし、和やかな雰囲気が一変した時もあった。
ウンギョンさん一家とテーブルを囲んで歓談している際、この信念は伝えなければと考え、私は意を決して話した。
「おばあちゃんは、めぐみちゃんが生きていると信じていますからね。その気持ちは信じてね」。娘の他にも拉致被害者がいる事実も併せて伝えた。
すると、穏やかだったウンギョンさんの顔は急にこわばり、反論した。「母はもう亡くなっている。父からも政府からもそう聞いている。日本の悪い人たちが生きていると言っているだけです」
ウンギョンさんは、拉致問題の状況を何も知らなかったようで厳しい表情になり、お父さんとウンギョンさんのご主人は押し黙ってしまった。北朝鮮と日本の両政府から派遣された通訳を兼ねた同行者も皆うつむく。気まずい雰囲気になったため、「少し強く言いすぎたかな」と思い直し、その日はもう、めぐみちゃんの話題に触れることはしなかった。
滞在中はウンギョンさんの手づくりの和食や朝鮮料理に舌鼓を打った。肉のステーキに鳥を煮込んだスープ、ほうれん草のあえ物…。その味が忘れられない。故郷の京都風と同じ薄味でとてもおいしかった。
自宅前で和服を着た横田めぐみさん=1977年1月(横田滋さん撮影)
▽他の拉致被害者の心中思うと…
極秘の渡航だった。事前に外部に漏れれば、対面はご破算になる。他の被害者家族の心情を思うと胸が痛んだ。でもこの機会を逃せば一生会えないかもしれない―。葛藤はずっと消えない。お父さんはこの時81歳。私は78歳。体力的にもぎりぎりだった。
「モンゴルでウンギョンさん一家と面会できるようになりました」。そう政府から知らされたのは、2014年に入ってからで、出発の少し前だったと記憶している。ウンギョンさんには革のバッグを、旦那さんにはスーツの仕立て用生地をお土産に用意した。
さすがに長男拓也(55)には出発前日の夜に事情を説明した。同じマンションの別室を訪ね、モンゴルでウンギョンさん一家と会うことを伝えた。すると「えー」とびっくりしながら、強い口調で「そんなことしていいのか」とモンゴル行きを止められた。当然の反応だと思ったが、「何とか頑張って行ってくるから」とだけ告げて自宅に戻った。
横田早紀江さんが好きだというめぐみさんの写真
▽失踪、「死亡」通告、孫の存在判明…数奇な運命思い起こす
出発の前夜。めぐみちゃんが失踪した夜や、ウンギョンさんの存在が明らかになった日を思い起こした。日朝の動きに激しく巻き込まれる数奇な運命だと改めて心に刻んだ。
めぐみちゃんは1977年11月15日、13歳で突然姿が消えた。北朝鮮に拉致された疑いが判明したのは97年1月末だった。日本では他にも多くの拉致被害者がいることが次第に明らかになる。
事態が動いたのは2002年9月17日。平壌で開かれた初の日朝首脳会談で、当時の金正日総書記が小泉純一郎首相に拉致を認めて謝罪した。後に被害者5人が帰国したが、めぐみちゃんを含む被害者8人について北朝鮮は「死亡」と説明。私たち、日本側は不審点が多いことから受け入れなかった。ただ北朝鮮はこの時、めぐみちゃんについてこうも伝えてきた。「結婚して、娘がいる」
あの時15歳だった少女はあどけない顔で、日本メディアの前に現れた。テレビカメラを通じて「おじいさん、おばあさんに会いたい」「こちらに来てほしい」と呼びかける。ウンギョンさんだった。「娘にそっくりな孫」の存在に、お父さんは訪朝を強く望み、心が揺れた。だが、私をはじめ家族や支援者らが「北朝鮮に利用されかねない」と何度も説得し、お父さんは渋々受け入れた。それ以来、会いたい気持ちをずっと抑えてきた。モンゴルでの初対面まで12年たっていた。
横田めぐみさんの「死亡通告」を受け、「生きていると信じ続ける」と話す母の早紀江さん(右)と声を詰まらせる父の滋さん=2002年9月17日、衆院第1議員会館
▽聖句「苦難の中に希望を」を胸に
別れの日はすぐに来た。3月14日、迎賓館の玄関先で迎えの車に乗り込むと、ウンギョンさんが窓辺に駆け寄ってくる。寒風の中、窓を開けて手をぎゅっと握り、改めて伝えた。
「(めぐみちゃんや他の拉致被害者は)絶対生きている。おばあちゃんも他の家族もそう信じているのよ。会える日が来るまで希望を失わないでね」
孫のほおに涙が光った。私の気持ちが分かってもらえたのではないか。そう確信している。
何より会いたかったのはめぐみちゃんだった。だがその姿はない。喜びの中に葛藤があり、悲しみがあった。
横田早紀江さんが知人に送った2015年のクリスマスカードには、孫のウンギョンさんか、ひ孫のチオニちゃんとみられるイラストが描かれている(斉藤真紀子さん提供)
奇跡のような対面から10年がたった。お父さんは4年前に87歳で亡くなった。自分があの時肌身で知ったのは「何も知らされていない」人がいる分断・閉鎖国家の一端だったかもしれない。
いつか、日朝両国の市民がわだかまりなく行き来できる日が来ることを願っている。そうなれば、めぐみちゃん親子も、他の拉致被害者家族もみんな、笑顔で再会できる。
私は、新約聖書のパウロの言葉をずっとかみしめている。
「苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。この希望は失望に終わることがありません」(ローマ人への手紙5章3~5節)
「苦難の中に希望を」。この言葉がウンギョンさんと私、そしてめぐみちゃんをつないでいる。
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