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トム・クルーズも乗り回す空飛ぶ「スポーツカー」ホンダジェットの機内は想像以上に静かだった 〝ゲームチェンジャー〟と期待する新型機の性能とは

47NEWS / 2024年4月3日 10時30分

試乗した「ホンダジェット エリート2」。後ろはホンダの米子会社「ホンダ エアクラフト カンパニー」=3月6日、米南部ノースカロライナ州グリーンズボロ(共同)

 自動車や二輪車メーカーとして知られるホンダは小型ビジネスジェット業界のパイオニアでもある。2015年に世に送り出した「ホンダジェット」は主翼の上にエンジンを置く画期的で独創的なデザインだ。2021年まで5年連続このクラスの納入数で世界トップを記録し、今年1月末にはシリーズ累計250機の納入を達成した。日本人にもなじみの深い俳優トム・クルーズも購入し、自ら操縦しているという“空飛ぶスポーツカー”に乗ってみた。(共同通信ニューヨーク支局 杉山順平)

 ▽プライベートジェットの空港
 米東部ニュージャージー州にあるテターボロ空港は、ニューヨーク・マンハッタン中心部から十数キロの場所にある。利便性が高く、24時間運用の国際的なプライベートジェットの主要空港として知られる。世界中の政財界の要人たちが利用し、トム・クルーズもテターボロ空港からホンダジェットを自ら操縦して映画の撮影現場に通ったと言われる。

 曇り空の3月上旬。午前7時過ぎに、空港の建物に入ると20メートルほど先のガラス扉の向こうに滑走路が広がる。仕事での出張なのか、ネクタイ姿のビジネスマン2人がロビーでコーヒーを飲みながら談笑していた。プライベートジェットの空港なので手荷物検査はなく、離陸時間ぎりぎりまで自分の時間を使え、事前申請すれば国際線も利用可能だという。


試乗した「ホンダジェット エリート2」=3月6日、米東部ニュージャージー州のテターボロ空港(共同)

 ▽目的地はノースカロライナ
 この日、試乗する「ホンダジェット エリート2」で向かうのは、米南部ノースカロライナ州の中北部にあるグリーンズボロだ。ホンダジェットの開発を手がけるホンダの米子会社「ホンダ エアクラフト カンパニー」の所在地で、テターボロ空港から約730キロ。片道90分程度かかるという。ちなみにノースカロライナ州の東端には1903年にライト兄弟が人類初の有人動力飛行に成功した地キティホークがある。

 午前8時過ぎ。ロビーのガラス扉を通り飛行場へ歩いて出ると、複数の機体が離陸の準備をしていた。搭乗する白をベースにしたホンダジェットに近づくとパイロット2人が目視で機体チェックしている。尾翼に書かれた「N420LR」が車のナンバープレートのような役割を果たしており、このジェット機の識別番号になるという。

 準備作業を見守っていたホンダの担当者は「ホンダジェットはパイロット1人でも運航できるが、テターボロ空港のように利用者が多い空港では、管制官とのコミュニケーションが重要なので本日は2人にしました」と話した。空港のルールで自由に写真撮影などはできないといい、撮影の際は搭乗するホンダジェット以外の機体が映らないよう念を押された。

 ▽坂道を上るように
 離陸予定は午前8時半。15分ほど前から搭乗が始まる。エリート2は乗客乗員合わせて8人乗り。パイロット2人やホンダ関係者らと一緒に私も乗り込み、全ての席が埋まった。機内は身をかがめないと移動できないが、着席してしまえば足元はゆったりだ。

 飛ぶ際の機体の総重量は重要らしく、この日の取材で使うカメラといった機材の重さや自分の体重も事前申請してある。滑走路に移動。予定時間通りの8時半に離陸に向け機体が加速し始めた。

 「キューン」。風を切る音も混じっているのか、車のエンジン音というよりもモーター音に近く聞こえる。スピードが上がるに連れ次第に大きくなる。前後に向かい合う座席の進行方向を向いて座っていたため、車で急加速した時と同じようにシートの後ろに押しつけられるような力を感じた。定期便の旅客ジェット機と比べると機体が安定して揺れがない。窓から滑走路を見ているとスッと機体が浮かび、車輪が地面から離れた。直線道路でスピードを上げ続けた車が楽々と坂道を上がっていくような感覚だ。

 走行中の機内は思ったよりも静かだった。会話もしやすく、揺れもほとんどない。ホンダによると、エンジンを主翼の上に載せ胴体から離しているため静粛性が高められ、機内空間の確保にもつながっているという。高度は4万フィート(約1万2千メートル)超と、3万フィート台で飛ぶ民間機より高く飛び、空気抵抗を小さくすることで安定飛行や燃費向上などに貢献していると説明してくれた。


機内から撮影した「ホンダジェット エリート2」のエンジン=3月6日(共同)

 午前9時半過ぎ、パイロットから間もなく到着するとアナウンスがあった。着陸場所は「ホンダ エアクラフト カンパニー」に隣接するピードモント・トライアド国際空港。午前9時53分、機体は滑るように滑走路に入った。離陸時と同様、着地の衝撃をほとんど感じなかったことに驚いた。

 ▽ジェット生産会社
 ホンダジェットを開発・生産している「ホンダ エアクラフト カンパニー」の敷地面積は東京ドームの約11・5倍の広さで従業員はおよそ1千人。現在、ホンダジェットの機体は全てここで生産されている。ホンダジェットは2015年の「初期モデル」から「エリート」、「エリートS」、そして現行の「エリート2」と新規投入するたびに航続距離や静粛性などで進化を遂げてきた。エリート2の航続距離は2865キロで、東部ニューヨーク州から南部フロリダ州まで給油なしで移動できる。

 現在、納入しているエリート2の年間生産機数は20~30機。組み立ては基本的に手作業で、機体のカラーリングは購入者が自由に選ぶことができる。2021年まで5年連続で同じクラスの納入機数トップとなった後、新型コロナウイルス感染拡大に伴う半導体不足といったサプライチェーン(供給網)の混乱により生産は一時落ち込んだ。ただ最近は回復しつつあるという。


ホンダジェットの生産現場=3月6日、米南部ノースカロライナ州グリーンズボロ(共同)

 今年1月末時点で、2015年12月の初納入から約8年かけて250機の機体引き渡しを終えた。5年ほど前、日本で「空を自由に走るスポーツカー」としてホンダジェットのCMが流れたことがあった。自動車レース最高峰のF1をはじめとする四輪車、二輪車、人型ロボット「ASIMO(アシモ)」などに続き、ホンダジェットもホンダの代名詞になりつつある。

 ▽米大陸を無給油で横断
 現行機の価格は約700万ドル(約10億円)。もっとも一般に航空機事業は機体販売だけの収益化は難しいとされ、ホンダも事業自体は赤字が続く。試乗した日の午後、取材に応じてくれた「ホンダ エアクラフト カンパニー」の山崎英人社長は事業の赤字を「非常に大きな課題」と語った。ただ「きょう乗ってもらった機体には最高、最高、最高の技術を載せている」と言葉を重ねて完成度の高さを強調。納入増に伴い整備といった機体サービスの収益も増えてきているとし、今後の黒字化転換に自信ものぞかせる。


取材に応じる「ホンダ エアクラフト カンパニー」の山崎英人社長=3月6日、米南部ノースカロライナ州グリーンズボロ(共同)

 そんな山崎社長が「ゲームチェンジャー」と呼び期待を寄せるのが、2028年の導入を目指し開発中の新型機「ホンダジェット エシュロン」だ。

 現行のエリート2までは機体の大きさが「ベリーライトジェット」と呼ばれるクラスだが、エシュロンは一つ上の「ライトジェット」クラスとなり、乗客乗員は3人増えて最大11人乗りとなる。航続距離も4800キロ超と大幅に伸ばし、ライトジェット機として初めて米大陸を無給油で横断できるよう開発を進めている。


新型機「ホンダジェット エシュロン」の胴体模型=3月6日、米南部ノースカロライナ州グリーンズボロ(共同)

 山崎社長は、エシュロンについて「胴体を少し卵状にしつつ、横幅も広げている。肩や足もリラックスできるように工夫している」と語る。2022年の社長就任までは四輪車事業に関わることが多かったとし「内装の造り方、利便性、快適性というところにホンダは強みを持っている」と話す。

 施設内に展示してあるエシュロンの胴体模型の内部に入ってみた。確かにエリート2より縦にも横にも少しゆったりとしている。座席数が三つ増えただけなのに内部は思った以上に広く感じた。

 富裕層や企業幹部らが使うビジネスジェット市場で、ベリーライトジェット機の年間販売は60機程度。一方、ライトジェット機は年間約170機と市場規模が大きい。現行機に加えて、新型機は年間40機程度の生産を目指す方針だ。「エシュロンの導入で一気に状況が変わる」。山崎社長は事業の飛躍を見据え、こう力を込めた。


新型機「ホンダジェット エシュロン」の胴体模型の内部=3月6日、米南部ノースカロライナ州グリーンズボロ(共同)

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