「被害者の気持ちを考えてもなお、死刑には反対」米国の検事がそう語る真意は…「復讐に基づいてはならない」 今改めて考えたい「死刑」
47NEWS / 2024年4月15日 10時0分
アメリカでは2024年現在、21州が死刑制度を維持する一方、23州が廃止した。残り6州は制度を維持しつつ、執行を停止している。カリフォルニア州もその一つだ。この州のロサンゼルス地区検事を務めるジョージ・ガスコンさんは、死刑制度に反対の立場だ。
アメリカの「地区検事」は住民の投票で選ばれる。その権限は大きく、地域の刑事政策に大きな影響を与える存在だ。執行停止中とはいえ死刑制度が維持されているのに、死刑反対を公言している。詳しく聞いていくと、アメリカ特有の人種や冤罪の問題が、ガスコンさんの意見の背景にあることが分かった。(共同通信=今村未生)
―経歴を教えてください。
13歳の時にキューバから移住しました。キューバはスペイン語が公用語なので、言語、人種、経済的にも苦労しました。高校を中退して軍隊に所属していたときに、メリーランド大学で勉強を始め、その後、カリフォルニア州立大学のロングビーチ校に転校しました。大学に通っていた頃は高校の先生になるつもりだったのですが、給料がよかったので、ロサンゼルス市警に就職しました。ロサンゼルス市警の副署長、アリゾナ州メサ市の警察署長、サンフランシスコ市の警察署長も務めました。
―2011年には、サンフランシスコの地区検事に就任されました。
その当時、サンフランシスコの地区検事を務めていたカマラ・ハリス現・米副大統領が司法長官に立候補するのに伴い、そのポジションが空席になったのです。当時は、現カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサム氏がサンフランシスコ市の市長を務めており、彼が私を検事に任命しました。ハリス氏の任期だった期間が終わるまで務めて、その後は選挙に立候補して2回当選しました。そして、2020年、ロサンゼルスの地区検事に選出されました。
―米国の司法制度では、人種差別や冤罪の問題について指摘する声をよく耳にします。どうしてそのようなことが起こるのでしょうか。
人種差別と冤罪は密接に関係していると思います。それは米国の起源に遡ります。何百年もの間、米国の経済は奴隷労働に大きく依存してきました。この国の社会的、経済的基盤は、数世紀に渡って、黒人は完全な人間ではなく、所有物という概念に基づいていたのです。1800年代には中国人労働者の移住を禁ずる法律が制定されました。日本人も第二次世界大戦中は収容所に入れられましたよね。しかし、やはり、最も苦労しているのは黒人でしょう。依然として差別を受けており、法の執行方法にも反映されています。
―ガスコンさんは、どのような理由から死刑制度に反対するのでしょうか。
現在の科学では、死刑制度は犯罪を抑止しないと考えられています。それに、黒人や有色人種に対して、不釣り合いに死刑が適用されていることはよく知られていることです。私の前任者は、22〜23人を死刑囚にしました。そのうち、大半は黒人でした。システムにはミスがつきものですが、もし死刑執行後に冤罪が発覚しても、取り返しがつきません。死刑制度は、起訴するにも、投獄するにも、執行するにも非常にお金がかかります。人種差別的である可能性があり、そして、取り返しのつかない間違いを犯す可能性があるとすれば、なんのためにあるのでしょうか?それに私は、公共政策は、復讐に基づいてはならないと考えています。
ガスコンさんのオフィスが入る建物=2023年2月、カリフォルニア州ロサンゼルス
―被害者遺族の感情についてはどう考えますか。
被害者遺族が「目には目を」という感情を抱くのは仕方がないと思います。それは人間の本能でしょう。私たちは、被害者が何を望んでいるか理解する必要がありますし、彼らの望みは私たちの仕事を構成する一つの要素です。しかし、被害に遭った人の怒りに基づいて公共政策を決定することはないと思います。そうすると、結局、“悪い”公共政策になってしまうと思います。
―カリフォルニア州は死刑執行の停止が宣言されています。ただ、制度自体は廃止されていないため、現在も死刑判決の言い渡しが行われています。あなたは、死刑が想定される事件ではどのように対応していますか。
検事には非常に多くの裁量があります。私は、以前は死刑判決が出るようなケースでも、仮釈放のない終身刑を検討することがあります。
―仮釈放のない終身刑についてはどう考えていますか。
私はこの刑罰に必ずしも賛成しているわけではありません。でも、それが、現在の法律では唯一の選択肢です。それに、仮釈放のない終身刑の場合は、仮に冤罪があった場合に、間違いを正すことができますよね。希望もなく誰かを一生刑務所で過ごさせるという刑罰なので、死刑よりも残酷だと主張する人もいるかもしれません。ですが、間違いがあったときに取り返しがつくという点で、死刑制度より可能性があることは確かだと思います。
―米国では死刑のある州とない州がほぼ半々となっています。今後、米国の死刑制度はどうなっていくと思いますか。
米国では、おそらく10年以内、最大でも20年以内に、死刑制度はなくなると思います。2011年に制度を廃止したイリノイ州では、この年より前に死刑判決を受けた死刑囚に法律が適用されなかったため、知事が全ての死刑囚を減刑しました。先ほど述べたような死刑制度の問題点を認識する人は増えてきていると思います。アメリカでは現在、約半数の州で死刑制度が廃止されています。死刑を執行しない州はどんどん増えていくでしょう。そして、それが積み重なっていくのです。
【取材後記】
筆者は、フルブライト奨学金で2022年8月から2023年4月末までカリフォルニア州立大学フラトン校で学びつつ、死刑制度に関係する人々のインタビューを行った。制度に関してはアメリカでも様々な意見があるが、ガスコンさんは、検事という立場でありながら、死刑制度の廃止を掲げている点で、興味深かった。
死刑を考えるシリーズ①
薬物を投与される直前、死刑囚は「じゃあね、所長」と静かに言った 死刑制度は残すべきか廃止すべきか、アメリカの現状から考える①廃止を望む元刑務所長
死刑を考えるシリーズ②
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死刑を考えるシリーズ⑤
「死刑に賛成でも反対でも、執行を実際に見たら失望する」アメリカの元刑務官が語る制度の実態 今改めて考えたい「死刑」
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