「死ぬぎりぎりまで働けってことですか」トラック運転手の働き方改革、国の主導で実現できる? 長時間労働+ただ働き…どうなる物流の2024年問題
47NEWS / 2024年4月19日 10時0分
午前4時、10トントラックに乗り込んだ運転手の男性は、暗闇の中、横浜市にある勤務先の運送会社を出発した。積み荷は食品。届け先は千葉県の倉庫だ。午前5時半に到着すると、敷地内の駐車場には、既に何台ものトラックが並んでいた。
順番に荷が降ろされるとして、どれぐらい待つことになるのか。長年の経験から、「6時間かな」と見当をつけた。順番になれば携帯電話に連絡が来る。トラックの中で待機したが、正午になっても呼ばれない。そのうち、トラック運転手を相手に弁当を売るバンが回ってきた。
昼食後も待ち続け、気付くと午後3時。まだ呼ばれない。この後、群馬県の倉庫で新たな荷を積み、別のドライバーが福岡県まで運ぶ予定になっている。
「これでは福岡到着は1日遅れる」
焦った男性は荷主の食品会社に連絡した。すると、担当者から倉庫に苦情がいったのだろう。急に順番が回ってきた。ただ、「フォークリフトで自分で降ろしてよ」と言われた。
結局、群馬県の倉庫に着いたのは午後7時。横浜市の運送会社に戻った時には日付をまたいでいた。勤務時間は20時間。うち9時間は「荷待ち」だ。運転手なのに、フォークリフトを使う「荷役」もさせられた。まともな休憩は30分だけ。走行距離は約400キロだった。
「でもこんなの普通です。1運行で600キロ運転することもありますから」。翌朝は午前6時に出庫する予定になっている―。
トラック運転手の「働き方改革」が4月1日、始まった。定められた残業時間の上限は年960時間。1カ月当たりに換算すると80時間だが、これは「過労死ライン」に相当する。問題は長時間労働だけではない。現場から聞こえるのはこんな声だ。
「運転手に『ただ働き』を押しつける商習慣が変わっていないのに、改革なんて無理」
運転手の働き方改革は、本当に実現するのだろうか。(共同通信=山岡文子)
トラックの荷台で作業する運転手=3月
▽「遅刻許されず、早く着いても嫌がられる」
男性は現在、労働組合「プレカリアートユニオン」(東京)の運送・運輸支部長(61)を務める。現役のトラック運転手でもある。支部長は国が主導する働き方改革を、こう見ている、
「結局、死ぬぎりぎりまで働けってことですよ」
長時間労働の要因は運転時間だけではない。運送会社の客である荷主の都合に大きく左右され、ほとんど労働時間とカウントされない業務の影響が大きい。代表的なのは「荷待ち」と「荷役」だ。
荷待ちは、荷主が指定した時間に荷物を積む場所に到着してから待たされる時間。支部長は、約20年のトラックドライバー歴で半日以上待たされることがざらだったと明かす。
「遅刻は許されません。早く着いても嫌がられる。でも時間通りに着いたのに、いつ呼ばれるか分からないんです」
国土交通省の資料より
携帯電話に連絡が入るまで、どこか別の場所で待てばいいと思われるかもしれない。でも、大きなトラックを止めるスペースが簡単に見つかるとは限らない。荷主側も違法駐車をさせるわけにいかない。「どこかその辺で待ってて」と言葉を濁すという。
こうした時間は、一部の例外を除けば「サービス残業」扱いが業界の常識だという。
国土交通省の資料より
▽運転とは関係ない「荷役」まで
一方、荷役は、荷物の積み降ろしや倉庫への運搬といった作業を指す。
支部長が自身の経験を話してくれた。
「例えばパレットに積まれたみかん箱サイズの箱は大型トラックには700箱ぐらい載ります。中身や重さにもよりますが、手積みすれば2時間半から3時間ぐらいかかるんです」
ショッピングセンターやデパートで積み込む場合、離れた倉庫まで荷物を取りに行くこともある。
「走行中の荷崩れを防ぐためにも荷物は自分で積みたい。できれば、トラックの前まで荷主に運んできてほしいんです」
スーパーやドラッグストアの倉庫では、古い商品を手前に置き、新しい商品を奥に保管する「先入れ先出し」を運転手が担うことも。手前の商品を一度全て出さなければならないため、かなりの手間がかかるという。
トラック輸送のイメージ(記事内容とは無関係です)
国もこうした状況は問題視している。効率化策の一つとして勧めるのがフォークリフトの導入だが、「これも簡単ではありません」と支部長は指摘する。
まず、荷主側にフォークリフトを運転できる人は大手企業を除けば少ない。さらに、降ろした荷物をフォークリフトで運んでも保管するスペースがない場合も多い。
「仮に、パレットに積んだ荷物をフォークリフトでトラックの目の前まで運べたとしましょう。そのパレットごとトラックに積めればいいのですが、荷主側はパレットを持っていかれることを嫌がります。だから運転手が手作業で積むことになるんです」
国土交通省の調査によると、「荷待ち」と「荷役」により、運転手は1運行当たり計3時間近く拘束されている。このため、法改正やさまざまな規制で荷主側に時間短縮を促している。
国交省のある幹部は、改革実現のために、荷主の姿勢が問われていると話す。
「荷主が運転手の貴重な勤務時間を使ってでも荷役をやらせるなら、約款に明記し対価を払ってもらいます。払いたくないなら、自分たちで設備投資をして荷役をしてもらいます」
国土交通省の資料より
▽残業が減れば収入も減る…
長時間労働が解消されればいいという問題でもない。残業が減れば収入もその分だけ下がり、生活が成り立たないという懸念だ。運送業界は残業時間で稼ぐ働き方が常態化しているためだ。
国土交通省の資料より
国は賃上げを目指し、原資となる運賃の目安「標準的な運賃」を平均で8%引き上げた。荷主側に適正な運賃で発注することも呼びかけるが、強制力はない。このため、運送業者に不当な安値を押しつける荷主の監視体制も強化した。
NPO法人「POSSE」代表理事で労働問題に詳しい今野晴貴さんは、運転手の立場の弱さを指摘する。
「賃金が低い運転手は自分の権利を主張しにくい」
NPO法人POSSEの今野晴貴代表理事=3月
仮に主張しても、運送業界には多重下請け構造という別の問題がある。「立場の弱い下請けで働く運転手は、たとえ過積載や労働災害隠しなどに加担させられても声を上げられない。だから違法状態がまかり通っている」
現状を変えるには、どうすればいいのか。
「運転手は法律に明記されたことをしっかり主張してほしい。荷主側は、今のままのほうが利益になることがはっきりしている。それを変えるだけの圧力を国がかけられるのかという、ある意味単純な話でもある」
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