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鉄道旅行でまさかのロストバゲージ?荷物車に預けたスーツケースが別物に… かつては衝突事故も、カナディアン乗車記⑤完 「鉄道なにコレ!?」【第61回】

47NEWS / 2024年4月20日 10時0分

終着駅のバンクーバー・パシフィック・セントラル駅で並んだ旧型客車。左側が乗った列車=2023年12月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州(筆者撮影)

 2023年12月にカナダ最大都市の東部オンタリオ州トロントと西部ブリティッシュコロンビア州バンクーバーの約4466キロを駆け抜けるVIA鉄道カナダの看板列車「カナディアン」の寝台車に乗った。4泊5日という日程ながら、素晴らしい景色や料理、乗務員らの心配りで疲労感は全く感じなかった。到着したバンクーバーの駅では荷物車に預けたのとは「別物」のスーツケースを渡され、「ロストバゲージか」とやや焦ったものの係員は必死に対応してくれた。先導するディーゼル機関車に搭載した安全装置は、23人が亡くなった1986年の衝突事故の教訓が生かされているという。(共同通信=大塚圭一郎)

※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

 【F40PHシリーズ】アメリカの大手自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)の機関車部門だったEMD(現在はアメリカ建設機械大手キャタピラーの部門)などが製造したディーゼル機関車。足回りは2軸台車を2基備えている。1975~98年に500両超が製造され、全米鉄道旅客公社(アムトラック)などの北米の鉄道会社が導入した。現在も運行しているVIA鉄道カナダは、87~89年に造られた「F40PH―2」を53両保有している。これらの機関車は最大出力が3千馬力のディーゼルエンジンを搭載しており、設計上の最高時速は145~153キロ。


VIA鉄道カナダの「カナディアン」の列車。手前の2両がディーゼル機関車「F40PH―2」=2023年12月、カナダ中部サスカチワン州(筆者撮影)

 ▽機関士の居眠り?が教訓「安全運行のために労務管理は厳格に」
 私が2023年の冬休みに息子とともに「寝台車プラスクラス」の2人用個室寝台を予約してトロント・ユニオン駅からバンクーバー・パシフィック・セントラル駅までの全区間乗ったカナディアンは、架線がない非電化区間を走る。先導したのは2両のディーゼル機関車「F40PH―2」で、計14両の客車や食堂車、荷物車を引いた。
 客室乗務員のエミリー・ファラージさんはイベントに使う中間車「スカイラインドームカー」(本連載第60回参照)で開いたVIA鉄道のレクチャーで「2人の機関士が乗務し、12時間おきに交代しています。安全運行のために労務管理は厳格にしています」と強調。教訓を残した事例として1986年2月8日午前8時40分ごろにヒントンで起きた衝突事故を紹介した。
 この事故はカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の118両編成の貨物列車が停止すべき位置を通り過ぎ、単線区間でVIA鉄道カナダの14両編成の大陸横断列車「スーパーコンチネンタル」(現在は廃止)と衝突して計23人が亡くなった。
 ファラージさんは貨物列車が所定の位置で停止しなかった原因として「機関士の居眠り運転だったとの見方があります」と指摘。「当時の機関車の運転席にも居眠り運転などを防ぐための安全装置があったものの、機能していなかったのです」として説明を続けた。


カナディアンとすれ違うカナディアン・ナショナル鉄道(CN)の貨物列車=2023年12月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州(筆者撮影)

 ▽無視された安全装置、重りを置く悪習も
 事故を起こした機関車の運転席の足元には「デッドマンペダル」と呼ばれる安全装置があった。機関士が居眠りしたり、意識を失ったりした場合はペダルから足が離れるため、数秒後に警報が鳴った。それでも反応しない場合、非常ブレーキがかかる仕組みだった。
 ところが事故が起きた当時は「多くの機関士はデッドマンペダルを踏み続けるのが面倒だと感じ、ペダルに重りを置いておく悪習があった」と明かした。このせいで、デットマンペダルは安全装置としての役割を果たしていなかったのだ。
 事故翌年の1987年に発行された調査報告書も、デットマンペダルの安全装置としての機能が「しばしば無視されていた」と問題視した。ただ、事故を起こした列車の機関車は大破したためペダルに重りを置いていたかどうかは判明しなかった。
 大惨事を教訓に安全装置が見直され、VIA鉄道が現在使っているF40PH―2を含めた機関車の運転席には「機関士が居眠りした場合などに検知できるように改良した安全装置があり、走行中に機関士からの反応がない場合には非常ブレーキがかかるようになっている」という。


カナディアンロッキーのふもとを駆けるカナディアン=2023年12月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州(筆者撮影)

 ▽エコノミーの料金は最上級クラスの10分の1未満
 カナディアンで最も安い料金で利用できるのが「エコノミークラス」だ。トロント―バンクーバー間の最低正規料金は年間を通じて1人当たり514カナダドル(約5万8千円)と、旅客機のファーストクラスに当たる2人用の寝台個室「プレスティージ寝台車クラス」(本連載第58回参照)の繁忙期の夏季料金(2024年は5~10月)の1人6762カナダドルの10分の1未満だ。
 乗った列車でエコノミークラスに使っていたのは、アメリカの金属加工メーカーだった旧バッドが1954年に製造したステンレス製客車「8112」だった。62席あるクロスシート座席は背もたれを倒すことができるほか、下脚部を置くことができるレッグレストも備えている。全区間に乗車した場合は車内で4泊することになるため、就寝時に一定の配慮をしている。


カナディアンのエコノミークラスの客車=2023年12月、カナダ中部サスカチワン州(筆者撮影)

 ▽航空会社のブラックリストに入り長距離鉄道を利用する人も
 私が乗った列車のエコノミークラス利用者は学生らしき人や、家族連れを見かけた。ある客室乗務員は「大部分はマナーの良い利用者だ」と前置きしつつ、「長距離利用する顧客の中には航空会社とトラブルを起こしてブラックリストに載っているため、鉄道で移動する人もいる」と打ち明けた。
 これに対し、VIA鉄道は「税金で支えられている国営企業のため、原則としてあらゆる利用者も受け入れるのが使命になっている」という。
 乗客とのトラブルで目立つのが「車内が禁煙のため、喫煙者が長時間たばこなどを吸えないことにいら立たれるケースだ」と説明を受けた。特に問題が起こりやすいのが、定刻でも約9時間にわたって長時間停車がないカナダ中部サスカチワン州サスカチューンと西部アルバータ州エドモントンの区間だ。「貨物列車との待ち合わせのために列車が遅れ、抗議を受けたこともあった」と振り返る。
 VIA鉄道と貨物列車が行き違う際には線路を保有するCNなどの貨物列車が優先されており、乗務員も「お客様には事情を説明し、理解を求めている」と話す。
 だが、看過できないトラブルが起きることもあるという。以前にもカナディアンに乗車したという男性は「乗っていた列車がエドモントン駅に着いた際に何台かのパトカーが待ち構えていたことがあった」と証言した。


カナディアンのエコノミークラスの客車内=2023年12月、カナダ中部サスカチワン州(筆者撮影)

▽大型スーツケースやペットを預けられる荷物車も連結
 カナディアンには乗客が預けた荷物を収納する荷物車も連結しており、VIA鉄道によると全長4・5メートル超のカヌーを12艘(そう)と大型スーツケース100個を同時に運べるという。乗った列車は旧バッド製の「8604」をつないでいた。
 乗客が旅行に同伴する飼い犬も、移動中はケージに入れられて荷物室で過ごす。長時間停車する途中駅では飼い主が餌や水を与えたり、散歩させたりしていた。
 私は荷物車で運んでもらうためにトロント・ユニオン駅で1個の黒いスーツケースを預け入れた。バンクーバー・パシフィック・セントラル駅に到着後は、受け取るために駅舎内にある手荷物回転台(ターンテーブル)へ向かった。
 ところが、いざ到着すると運搬用のベルトが既に停止していた。
 私が出遅れたのにはこんな理由があった。カナディアンが定刻より約1時間20分早い午前6時40分ごろにバンクーバーに到着。ただ、食堂車では予定通り朝食を振る舞っていたため、オムレツを注文した。「8時15分までに列車を降りてください」と車内放送が流れたため、個室寝台に戻って荷物を整えると8時過ぎに列車を降りた。


カナディアンに連結された荷物車=2023年12月、カナダ中部サスカチワン州(筆者撮影)

▽出てきたスーツケースに違和感、一回り大きくてやけに重い
 駅のVIA鉄道の窓口へ行き、「スーツケースを受け取りに来ました」とトロントで預けた際に受け取った引換券を渡した。男性係員は「少しお待ちください」と言うとカウンターの奥を確認し、キャスター付きの黒いスーツケースを引っ張り出した。
 確かに預けたのと同じような黒色だが、一回り大きく見える。持ち手を握って引いてみるとやけに重い。違和感を抱いてスーツケースを眺めると、付けられた名札に見慣れない氏名と電話番号が記されていた。
 慌てて窓口に戻ると、係員は「あなたの引換券の番号が、このかばんに付けていたタグと1番違いなので見間違えました」と釈明。「残っていたのはこのかばんだけなので、持ち主があなたのかばんを間違えて持って行った可能性があります」と話し、かばんの名札に記されていた電話番号に早速連絡してくれた。


カナディアンにつながれた荷物車の内部=2023年12月、カナダ中部サスカチワン州(筆者撮影)

▽アメリカに帰るまでの2日間で見つかれば…
 しかし、電話への応答はないという。「旅行を手配した企業に持ち主に連絡してもらっていますので、もう少しお待ちください」と話す係員に、私は二つのことを伝えた。
 一つは荷物を預けた証拠が必要だと考えたため、引換券を返してくれるように頼んだ。さらに私の氏名と携帯電話の番号を記入した紙を渡し、「私はバンクーバーに2日間滞在しますので、それまでに見つかれば取りに来ます」と伝えた。
 「その後は駐在しているアメリカに戻ってしまうのですが…」と話を続けると、係員は「いや、かばんはもう近くにあるかもしれませんよ」と駅の入り口を指さした。そこには60代と見られる男性が、見覚えのある黒いスーツケースを引いていた。
 男性は窓口に着くと、開口一番に「戻るのにかかった(自動車のライドシェアサービス)ウーバーの代金50ドルを払ってもらおうか」と言った。だが、次の瞬間に相好を崩して「冗談だよ」と付け加えた。
 男性は私の方を向くと「これは君のかばんだね。迎えに来た娘が手荷物回転台で間違えて持ってきてしまったんだ。すまなかった」と語った。私は「駅で待っていただけなので気にしないでください。どうぞ良い冬休みを!」と返し、男性も「君もな」と言い残して駅を出て行った。
 私は係員の方を向くと「これで一件落着です。ありがとうございました。良いクリスマスをお過ごしください!」と謝意を伝えた。係員は胸をなで下ろして笑みを浮かべた。


カナディアンから眺めたカナディアンロッキー=2023年12月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州(筆者撮影)

▽「素晴らしいスタッフに魅了された」リピーターも
 かくして4泊5日のカナディアンを完全乗車したが、素晴らしい旅行だったため疲労感は全くなかった。カナディアンロッキーの大自然といった美しい車窓や、1954年の登場から今年で「古希」の昔ながらの寝台車を体験できた価値はもちろん大きかった。
 それにも増して感動したのはVIA鉄道の客室乗務員と駅係員が利用者に明るく接し、心配りを欠かさず、責任感を持って職務を遂行するプロの仕事ぶりだった。
 そんな姿勢は私が切符を手配した際に手伝ってくれたスタッフにはじまり、高級レストランも顔負けのおいしい料理を調理してくれる料理人、清潔な食卓にタイムリーに運んでくれるウェイターとウェイトレス、クラフトビールの試飲会といったカナダの魅力を一生懸命に発信したり、客室のベッドメーキングをしてくれたりした乗務員、預け入れ荷物が見つからない時に必死に対応してくれた係員ら全員に共通していた。
 こうした「人財」と呼ぶのにふさわしい優れたスタッフが豊富なのが原動力となり、レジェの2023年のカナダ企業評価ランキングの運輸部門でVIA鉄道は首位に輝いたのだろう。カナディアンの車内でも「素晴らしいスタッフに魅了されて何度も乗っているよ」と話すリピーターと出会った。
 次のVIA鉄道の車内ではどのような素晴らしい出会いがあるのだろうかと、今から楽しみにしている。


バンクーバー・パシフィック・セントラル駅前で。筆者の後ろに写っているのはカナダガン=2023年12月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州(筆者撮影)

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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