「『逆らえば地獄に落ちるぞ』住職にマインドコントロールされ、性暴力を14年間受けた」 口をつぐむ大僧正、真実は…
47NEWS / 2024年4月24日 10時30分
天台宗の寺の住職から性暴力を受け続け、14年間にわたりマインドコントロール(洗脳)されたとして、50代の尼僧叡敦(えいちょう)さんが1月、記者会見を開いて被害を告発した。この住職の師匠は、天台宗で最高位の大僧正。叡敦さんは、大僧正が加害行為を手助けしたとも訴えている。
住職から「逆らうと地獄に落ちる」などと脅され、日常的に性行為を強いられたとしている。「鳥かごの中で飼われていた14年間だった。アイデンティティーを奪われ、存在を消された」。天台宗に対し2人の僧籍剥奪を求めている。「閉ざされた世界」で何が起きていたのか。奪われた尊厳を回復する闘いが始まった。(共同通信=吉田梨乃)
※天台宗や住職らは事実関係について取材に応じないため、以下は叡敦さんの訴えを元に記述しています。
▽「仏さま」と育つ
叡敦さんは、母方の祖父が香川県の高僧で、天台宗の信仰に親しみながら育った。「仏さま」は自身を優しく包み込んでくれる大きな存在だったという。
大僧正は、母のいとこ。叡敦さんが小学生の時、滋賀県と京都府にまたがる比叡山で約7年間巡礼を続ける「千日回峰行」を成し遂げた。与えられた称号は「北嶺大行満大阿闍梨」。親族から「仏さまに一番近い存在だ」と聞かされ、叡敦さんも「生き仏」として崇敬していた。
26歳で結婚。夫と生活を始めたが、両親の介護が必要になり、仕事を辞めて約10年間、介護に専念した。
2009年7月、父に続いて母を亡くし、翌月、大津市の寺で供養を済ませた。この寺は大僧正が住職を務めている。生前の両親からここで供養するよう依頼されていた。
大僧正はその際、弟子に当たる住職を訪ねるよう指示。四国地方にある住職の寺を訪れた。叡敦さんは、この段階ではまだ僧になっていない一般の信者だ。叡敦さんによると、住職は初対面から間もなく、執拗な電話やつきまといなどのストーカー行為を繰り返した。困って大僧正に相談したが、大僧正からはこう言われた。
「住職の言うことは私の言うことだと思うように」
崇敬していた大僧正の言葉。夫などに相談することもできなかった。
性暴力を告発された住職の寺=3月、四国地方(画像を一部加工しています)
▽信仰を利用したマインドコントロール
初めて性行為を強いられたのは2009年10月だという。体調不良を訴える住職から寺に呼び出され、寺で突然、押し倒された。その後、頻繁にホテルに連れ込まれ、繰り返し性暴力を受けた。強姦されている間、「オンアロリキャソワカ」などの真言を唱えるよう指示された。
住職は信仰心を利用し、性加害を加えながらこう言った。
「南無観世音だろー。南無観世音だろー」
「仏さんが、お前にこれ(性行為)が必要だというから、仏さんの代わりに俺がやっているんだ!」
やがて寺に住まわされ、許可のない外出は禁じられた。そして、繰り返しどう喝された。
「仏さまに見捨てられるぞ」
「逆らうと地獄に落ちるぞ」
「俺の言葉は観音さまの言葉だと思え」
逆らうことは到底できなかった。「犬」「ダニ」「歩く性器」、女性器の英語名をもじったあだ名などでも呼ばれて、人間としての尊厳を奪われた。この間、夫は叡敦さんが寺で修行をしていると考えていた。
2010年3月には、「自分の象徴のように大事にしていた」という長い髪を切られた。ショックのあまり、鏡で自分の姿を見ることが4年近くできなかった。
「信仰心を利用してマインドコントロールされ、心理的に監禁された。私という存在が消された」
寺に閉じ込められているため、手紙で大僧正に相談したが、信じてもらえない。「支配され続ける」という以外の選択肢を失った。
▽告訴は不起訴に
叡敦さんはそれでも、自身が置かれた状況の異常さに少しずつ気がつき、行動を起こした。
2015年、「女性相談センター」に電話で相談。2017年5月には、性暴力を実名告発した伊藤詩織さんの記者会見の様子を偶然テレビで見た。
「衝撃的だった」という。「性暴力の被害者であるのは恥ずかしいことではないのだと知り、力をもらった」
伊藤詩織さんは実名で性暴力被害を訴えた。写真は日本外国特派員協会での記者会見=2017年
その後、SNSで知り合った支援者の力を借り、17年10月、やっと寺を脱出。民間の支援団体のシェルターで生活を始め、医師からは複雑性PTSDとうつ病と診断された。
2019年には強姦罪で警察に告訴状を提出。迷いと怖さもあったが、一人で告訴することを決めた。ただ、結果は不起訴処分。
「これは仏さまから出された答えなのだ。死ぬしかない」
そう心に決め、最後に大僧正を訪ねた。ところが「身内を訴えて、どうするんじゃ!」と大声で怒鳴られ、住職の寺に戻るよう説得された。
叡敦さんが綴った日記
得度を受け、尼僧になった。再び始まった寺での生活。性暴力やどう喝を防ぐため、「意に反した性行為や暴力は行わない」と約束する念書を作成し、住職も署名したが、その後も添い寝の強要や胸を触るといった行為が続いた。
叡敦さんは、当時の苦しい日々を日記にこう書き残している。
「加害者に気持ちを壊される日々が続き、死ぬこと以外に何も考えられない」(2021年5月20日)
「死にたい。ずっと奴隷のように言うことを聞かなければならない。だれも助けてはくれない」(同年5月27日)
記者会見で話す佐藤倫子弁護士(左)、右は叡敦さん=3月、大津市
▽再び脱出、会見へ
2023年1月、夫ら家族が「叡敦さんが洗脳されている」と気づいた。引き金は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に関連するニュースが何度も報道されたことという。
説得を受けて寺を再び脱出したが、叡敦さんは「仏さまに見捨てられる」とパニックになり、自殺の衝動に駆られた。
今年1月の記者会見に至るには、後に代理人となる佐藤倫子弁護士との出会いがあった。1年間の協議の末、名前と顔を出して被害を告発し、住職と大僧正の僧籍剥奪を求めることにした。
被害を告発した1月の会見
叡敦さんは力を込める。「これは命をかけた告発だ」
親族であり、『生き仏』と尊敬される大僧正を訴えていいのかと、とてつもない怖さに襲われることもある。住職から受けた暴言は、今でも壊れたカセットテープのように頭の中をぐるぐる回り続けている。医師から「自傷行為」だと指摘されても、毎日髪をそるのを止めることもできない。大僧正が人間だと気付き、洗脳を解くのにもかなりの時間がかかった。
それでも告発をしたのは「14年間存在を消された自分にしてあげられる最大のことだから」。
「2人に正しい処分が下された時に、初めて救われる。起きた事実と苦しみは消せないが、『私はここにいるよ』と確かめさせたい。告発は、私の尊厳回復だ」
その上で「社会の目が変わってほしい」とも願う。
「あらゆる場所で性被害に遭い、虐げられてきた多くの女性たちがいる。特に信仰心を利用された被害者は声を上げることが困難だ。私は多くの女性たちの命、魂、人権を感じて一緒に闘っている。傷だらけだが、同じことが繰り返されないために声を上げるしかない。当事者がそうするしかないのが、今の社会の現実だ」
天台宗務庁=3月、大津市
▽コメントできない
1月下旬、天台宗務庁(大津市)は叡敦さんが送付した懲戒審理申立書を受理。3月には叡敦さんから聞き取りをした。記者会見した佐藤弁護士はこんな指摘をしている。
「刑事事件で有罪になっていないからといって許されるわけではない。再発防止と原因究明の観点から、第三者委員会設置と公正公平な調査を求める」。ただ、「閉じた空間」での性加害が、内部で適切に調査されるかどうか分からず、不信感も抱いている。さらなる手段として、人権救済の申し立てなども検討しているという。
天台宗務庁は取材にこう答えた。「重要な問題と考えているが、調査の途中なのでコメントできない。事実確認を粛々と進める」
住職に取材すると、3月中旬に天台宗務庁で、担当の参務2人から3時間にわたる聞き取り調査を受けたと明かした。「真実を話してきました」と語る一方、事実関係については回答を拒んだ。
「天台宗から取材には応じないようお達しを受けている。コメントできない」
四国のこの寺は、祖父の代から70年以上続く信者寺だと説明する住職。「15歳の時から寺に携わっている。信者さんと1対1で相談に乗ることもある。信者さんから慕われている寺だと思っている」
住職は大僧正について「40年来の師弟関係。師匠なので尊敬している」と語った。その大僧正は取材にこう語り、事実関係について口をつぐんでいる。
「天台宗からコメントを控えるように言われている。言いたいことはたくさんあるが、何も言えない」
大僧正に近い寺のある関係者は強調した。「大阿闍梨さん(大僧正)をよく知っているが、(性暴力を)知っていて何もしないような人ではない」
聞き取り調査を終え、天台宗務庁から出る佐藤弁護士(右)と叡敦さん
▽性暴力被害者のトラウマ治療にあたる精神科医の白川美也子医師の話
宗教の中での性暴力は、加害行為が見えにくく、被害の訴えが妨げられやすい特徴がある。告発が「神への冒涜や裏切り」と捉えられ、加害者が役職を持っていると、周囲の人に信じてもらえないことが多いためだ。
信仰を利用した洗脳で、性暴力が正当化されることもある。被害者は宗教者から性暴力を受けることで、自身の「信仰の世界観」をも破壊されてしまう。
カトリック教会の聖職者による未成年への性暴力は、世界的に問題となった。キリスト教系宗教団体「エホバの証人」の元2世信者も教団内での性被害を訴えている。宗教は人間の欲望の抑止力にはならない。宗教団体は実態を把握し、被害が確認された場合には被害者に謝罪し、人権に基づく対策をすべきだ。
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