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利回りが低いのに、なぜ大人気?自治体が発行する「SDGs債」 企業が欲しがる真相…「漁場を守りたい」に6倍超の需要

47NEWS / 2024年4月22日 10時30分

天然の藻場=2022年6月、岩手県中部海域(岩手県提供)

 2023年7月、岩手県がある金融商品を発行した。すると、あっとういう間に完売し、注目を集めた。この金融商品は「グリーンボンド(環境債)」と呼ばれる債券。岩手県が発行した目的は、ごく簡単に言うと「豊かな漁場を将来に残すため、藻場を整備する」ことだ。
 この目的のように、人が地球で暮らし続けられる未来をつくるための道筋を示した「SDGs」は、小学校の総合的な学習でも取り上げられる重要な社会テーマだ。そんな「SDGs」を冠した金融商品「SDGs債」が近年、人気を集めている。
 岩手県のグリーンボンドもその一つ。債券の主な買い手は企業などの法人で、自治体が発行すると即日完売が相次ぐという。自治体が発行するほかの債券に比べ、利回りは決して高くない。投資としての魅力は欠けるのに、なぜこれほど人気なのか。(共同通信=越賀希英)

※記者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。


オンライン取材に答える岩手県財政課の田山健太郎調査担当課長

 ▽SDGsの17の目標
 まず、SDGsとSDGs債について改めて説明したい。
 SDGsの日本語訳は「持続可能な開発目標」。2015年の国連会議で採択された。「気候変動に具体的な対策を」、「海の豊かさを守ろう」といった17個の目標がある。
 SDGs債は、これらに関連する事業に使われる債券。国際的なルールに沿って発行され、厳密な資金使途の区分や事業の選定方法などが必要だ。「SDGsの目標に沿っていればいい」というわけではない。
 この債券にはいくつもの種類がある。うち、環境保護に関するものが「グリーンボンド(環境債)」。さらに、グリーンボンドのうち水資源に関係するものは「ブルーボンド」と呼ばれる。ほかには、学校整備など社会課題の解決に使われるものが「ソーシャルボンド」。海外では最近、女性の活躍を支援するための「オレンジボンド」も発行されている。
 債券は資金調達の手段で、発行される前に募集額や年限、利率などが公表される。SDGs債は法人向けが多いが、条件次第では個人でも買うことができる。


藻場造成のために投入したブロック=2024年2月、岩手県中部海域(岩手県提供)

 ▽発行額50億円、需要は6倍
 岩手県が今回、発行した背景には近海の海水温上昇がある。
 藻場は「海のゆりかご」と呼ばれ、稚魚のすみかや魚の産卵場所となる。海の生態系を維持、回復するために重要な役割がある。このため、藻場の整備を債券発行の目的とした。
 加えて、これまで主要魚種だった秋サケやサンマで極端な不漁が続き、代わりにマイワシやサバといった、これまであまり捕れなかった魚が豊漁となっている。このため、新たな魚種に対応した水産加工施設の整備も盛り込んだ。
 岩手県総務部財政課の田山健太郎調査担当課長は、債券発行の狙いをこう語る。
 「県沿岸は東日本大震災で壊滅的な被害を受け、ハード面の復興は進んだが基幹産業の漁業は復興途上にある。水産業を持続的に発展させ、同時にいかに環境負荷を軽減できるかを考えた」
 発行したのは50億円分。証券会社を通じて事前にヒアリングしたところ、「買いたい」と手を挙げる企業が続出。6倍を超える305億円の需要があったという。


トキ

 ▽海の生態系保全へと広がる使い道
 石川県がことし2月に発行したグリーンボンド(環境債)は、目的の一つがトキの保護。国内のトキは乱獲や生活環境の悪化により2003年に絶滅した。その後、中国から贈られたトキを繁殖させた。飼育数の増加を受け、野生に戻す取り組みが始まり、新潟・佐渡で野生のトキが定着した。
 石川県は野生のトキが本州で最後に生息していた地として知られ、資金の一部をトキが住みやすい環境づくりに充てる。2026年度の放鳥に向けたロードマップを作成しており、調達資金の一部をえさ場となる水田などの整備に充てる。50億円の発行で、3.8倍の需要があった。
 県財政課の井上亮課長補佐はこう説明している。
 「石川県ではトキを再び羽ばたかせようと取り組んできた経緯があり、今回のグリーンボンド発行に当たり目玉事業の一つとした」


兵庫県加古川市に飛来したコウノトリ=撮影日不明(兵庫県提供)

 ▽コウノトリも、湖沼の水質保全も
 動植物に焦点を当てたグリーンボンドの発行はほかにもある。
 兵庫県は、コウノトリの最後の繁殖地。このため、2022年度から2年連続でコウノトリの成育環境整備を事業内容に盛り込んで債券を発行した。2022年度分は調達した計200億円のうち200万円を、県内2カ所で水場となる浅瀬の造成やえさ場づくりに充てた。


SDGs債で調達した資金を使って造成した浅瀬=兵庫県明石市(兵庫県提供)


2016年7月に確認されたワカサギの大量死=長野県提供

 長野県は2023年の発行で、諏訪湖に生息する水生生物などを調査研究する施設の整備を盛り込んだ。諏訪湖では近年、ヒシの大量繁茂やワカサギの大量死が起きている。ヒシは水草で水面を覆うように葉を広げるため、湖の中に太陽光が届きづらくなり水中の植物が光合成できず貧酸素状態になる。施設は県内の河川や湖沼などの水質環境保全に向けた実態把握と課題解決のための研究機能に重点を置くという。


大量に繁茂したヒシの除去(長野県提供)

 ▽債券購入によるアピール効果
 自治体が発行するこうしたSDGs債は2017年に始まり、急激に発行額を伸ばしている。2023年度の発行額は4937億円で、前年度の2倍近くに増えた。
 ただ、利回りは良くない。自治体が発行する地方債では、道路建設といった公共事業が一般的だ。同一の条件下では、SDGs債の方が利回りは低くなる傾向がある。
 利回りが低ければ発行自治体の利払い費は安く済むが、投資家の受け取る利子は少なくなる。
 利回りは、事前のヒアリングなどで投資家の需要によって決まる。このため、購入希望者が多いほど利回りは低くなる。それなのに、なぜ購入希望者が多いのか。
 理由は大きく分けて二つある。
 まず、購入する投資家の多くは地元企業だ。購入すると自治体のホームページに「投資表明」として公表されるため、環境保護活動を支援していることを消費者や地元にアピールできる。
 背景には、政府が2020年に掲げた「2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」という目標がある。企業が気候変動や大気汚染、森林破壊などの環境課題に対し、どのように行動しているかに焦点が当たる大きな契機となった。環境問題への取り組みは大企業で先行しているが、中小企業にも同様の姿勢が求められている。
 みずほ証券のサステナビリティ戦略開発室の熊谷直也さんがこう指摘する。
 「自治体による起債は、中小企業が単独で取り組みにくいところを補完する意味合いがある。『社として貢献したい』という思いでSDGs債の内容に共鳴して購入する場合もある」
 もう一つの理由は採用面の効果だ。近年は学生が就職活動で会社を選ぶ際、社会的な活動をしているかどうかを重視する傾向が強まっている。SDGs債を積極的に購入することが若者への訴求力を高める面もあるという。


みずほ証券の熊谷直也さん.=東京都千代田区

 ▽後手に回っていた生物多様性への対策
 グリーンボンドの資金使途は「多様化している」(みずほ証券の熊谷氏)。当初は地球温暖化防止に向けた照明のLED化や、災害の激甚化に備えた河川整備事業などに充てられることが多かった。
 一方で、生物多様性への対策に関しては後手に回っていた。原因は、気候変動対策に比べて国内で明確な目標が定まっていないことや成果の測定が難しい面があるから。それでも、人々の環境に対する意識や関心が次第に高まった結果、野生生物の保護にも目が向き始めた。
 特にブルーボンドに関しては、日本は海に面する自治体の多さや、漁業をなりわいとする地域性が地元の発展に大きく関わる。今後の拡大が期待されている。

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