ガザ3万人犠牲でも「仕方がない」? イスラエルの洗脳教育は〝成功〟なのか 日本在住40年、非戦論のイスラエル人が同胞の思考回路を分析した
47NEWS / 2024年4月29日 10時30分
イスラエル軍とパレスチナのイスラム組織ハマスの戦闘が昨年10月7日に始まってから半年がたった。発端となったハマスのイスラエル奇襲では約1200人が死亡、二百数十人が人質として拉致された。対するイスラエル軍の報復攻撃によるパレスチナ自治区ガザ側の死者は増え続け、既に3万3千人を突破した。当初はイスラエルに同情的だった国際世論は一転し、批判が強まっている。やり過ぎではないのか。イスラエル人はどう考えているのか。日本に40年近く住むイスラエル人のダニー・ネフセタイさん(67)=埼玉県皆野町=に聞いた。(共同通信元エルサレム支局長 山口弦二)
▽アラブ人離散「教えない」
「徴兵制のイスラエルで戦争が始まると、どんなにリベラルな人でもとにかく軍を応援しようとなる」。日本人女性と結婚し、日本に移住したネフセタイさんは「教育によって国民性をつくるのは簡単なこと。洗脳教育のやり方だ」と語る。
イスラエル中部のリベラルな家庭に生まれたが、18歳から3年間、徴兵のため空軍に入隊することに疑問はなかった。小学校に入ると毎年、ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)について学び「国を守るのは当然のことだと教え込まれた」からだ。
ユダヤ人は1948年、パレスチナの地にイスラエルを建国した。土地を追われた約70万人のアラブ人は各地に離散し、パレスチナ難民と呼ばれるようになった。アラブ人の間では「ナクバ(大惨事)」と呼ばれるが、イスラエルの学校では「ナクバは教えない。『アラブ人はイスラエル軍を恐れて逃げただけ。私たちが追い出したんじゃない』と教わった」。反対に「とにかくユダヤ人は欧州で大変だった。この国をちゃんと守らないと、またホロコーストが起きる」という教育に終始すると話す。
イスラエルにはナクバについて書かれた本もあるが、あえて読む人は非常に少ないという。「自分の国が加害者だったと認めたくないから、わざわざ調べようとはしない。日本で言えば、従軍慰安婦問題や南京虐殺と似ている」と話す。「自分の国の非を認めるのは大変なこと。今回のガザ戦闘みたいなことをやっても、それでも自分の国が悪いとは認めたくない」
レバノン北部トリポリ近郊の難民キャンプで医師の診察を待つパレスチナ難民=2016年3月(国連提供・共同)
▽「ハマスを選んだから殺された」
今回の戦闘ではガザ側の死者は3万人を超えたが、大半のイスラエル人は疑問を抱かない。
「『3万人殺されたのはイスラエルが悪いからでなく、ガザ住民がハマスを選んだから』というのが政府のプロパガンダだ」。死者数が増えれば増えるほど「ほら、ここまでやられたよ。あなたたちがハマスを選んだから、こんなに殺されたんだよ」と考える。イスラエルでは奇襲は「第2ホロコースト」と呼ばれ、国を守るには「3万人の死者も仕方がない」ととらえる人も多いという。
パレスチナ自治区ガザで作戦に従事するイスラエル兵(イスラエル軍提供、ロイター=共同)
徴兵制のイスラエルでは軍への信頼が厚いという事情もある。「自分が軍にいたときは、死んでも国を守ると考えていた。でも今回、軍は国民1200人を守れなかった。これはイスラエル人にとってはとてもやり切れない」。そのため国民の多くが期待するのが、ハマスのガザ地区トップのシンワール指導者殺害だ。「みんな待っている。彼を殺したら『これで私が信じた強い軍に戻った』という気持ちになることができる。彼を殺すまでは一般市民を殺しても仕方がないとみている人は多い」と説明する。
エルサレム旧市街のユダヤ教の聖地「嘆きの壁」でイスラエル国旗を広げた若者ら=2018年4月(共同)
▽疑問持たせぬ「洗脳教育」
こうした考え方の根本にあるのは、イスラエルの「洗脳教育」だと語る。「『アラブ人は怪しい。怖い。信用できない。唯一やりたいことは私たちを殺すことだ』と0歳から刷り込まれる」。そのため今回の奇襲も「長年の抑圧に対しての抵抗ではなく『ハマスはそういう人間だからやった』と考える。イスラエル人が普通に考えることだ」と語ると、昨年10月のカレンダーを持ち出してきた。
4月3日、パレスチナ自治区ガザとの境界近くを走行するイスラエル軍車両(ロイター=共同)
ハマスがイスラエルを奇襲したのは7日。カレンダーでは6日までが黒塗りされている。「イスラエル人にはこう見えている。『イスラエルとパレスチナの歴史は全て10月7日から始まった』という考え方。そこまでの占領は関係ない」
イスラエルのネタニヤフ首相や軍高官らはハマス戦闘員を「テロリスト」「動物」「怪物」と呼ぶ。これも「洗脳教育」と似た考え方だ。「軍隊は兵士に対し『動物だから殺しても問題ない。こっちは人間。向こうは人間じゃない』という教え方をする」と説明。「私は空軍のパイロットになれなかったが、もしなっていたら絶対ガザに爆弾を落としていたはず。レーダー部隊に配属された私は人を殺すことがなく、幸運だった」
イスラエルのネタニヤフ首相=2023年12月(ロイター=共同)
▽イスラエル首相も元テロリスト
「テロリスト」という呼び方にも異議を唱える。イスラエルのベギン元首相は建国前、パレスチナを統治していた英国に対する抵抗運動を率い、テロリストと呼ばれた。しかし首相就任後の1979年にエジプトとの平和条約締結を実現し、ノーベル平和賞を受賞した。「ハマスも同じ。ハマスの指導者が『戦争じゃなくて対話をしましょう』と言ったら、来年にはノーベル平和賞だ。テロリストは職業ではない。『テロリスト』と呼んだ瞬間、平和への道をふさぐことになる。テロを肯定するつもりはないが、ハマスも自分の国が手に入ったらテロを起こすはずがない」と力説した。
ただ、イスラエルに対する批判は欧米諸国を中心にタブー視されているのが現実だ。苦言を呈するだけで「反ユダヤ主義」の烙印を押される恐れがある。「それはイスラエルがプロパガンダに大成功した例だ。ドイツはもちろん、ホロコーストで死亡した600万人のユダヤ人を助けなかったとして米国にもうまくつけ込み『あなたたちには責任がある』とあおり続けている」と指摘する。
イスラエルの国民性について語るダニー・ネフセタイさん=3月、埼玉県皆野町
▽イスラエルの地図にないもの
最後に、イスラエルの学校で使っているという地図を見せてくれた。「この地図にはガザとの境界線はあるが、ヨルダン川西岸との境界線は描かれていない」。イスラエル以外で使われる地図では、イスラエルと西岸との間には第1次中東戦争の休戦協定で1949年に引かれた休戦ラインが描かれ、西岸にはパレスチナ自治区とイスラエル占領地が混在している。しかし、イスラエルで使っているという地図に休戦ラインはない。「西岸はイスラエルだという教育だ。イスラエル政府が意図的にやっている」
ヨルダン川西岸トゥルムスアヤ村でオリーブを収穫する人たち。右上はユダヤ人入植地=2023年11月(共同)
その上で「今回ガザで起きたパレスチナ人の爆発は、近いうちに西岸でも起きる」と警鐘を鳴らす。「西岸に住むパレスチナの若者たちも、抑圧の中で憎しみを育てている。このままパレスチナ国家が樹立されなければ大変なことになる。犠牲者は1200人ではすまない」。一部のイスラエル人はそうした認識を持っているが、大部分の人は「そのことを考えたくない。そこまで大きな問題ではないと思いたいのだ」と問題の根深さを指摘した。
ヨルダン川西岸にある難民キャンプを襲撃するイスラエル軍=2023年12月(ゲッティ=共同)
【取材を終えて】
かつてナチス・ドイツによって強制収容所「ゲットー」に押し込まれたユダヤ人が、パレスチナ人をガザに押し込めて封鎖し、子どもが餓死する。ハマスにより国民1200人が殺された昨年10月の奇襲攻撃を「テロ」「第2ホロコースト」と呼びながら、その20倍以上のガザ住民を殺す行為を正当化する。そして、いまだに国民の半数以上が戦闘継続を支持する―。そうしたユダヤ系イスラエル人の思考回路について、ネフセタイさんは「洗脳教育」という強い言葉で説明してくれた。ユダヤ人以外では口にするのもはばかられるような厳しいイスラエル批判に納得させられるばかりだったが「自国の非を認めたがらず、近隣諸国を見下す。これは日本とも共通している」と矛先をこちらに向けられ、考えさせられた。故国を離れた愛国者だからこそ理解できる、とは言いたくない。国を離れずとも理解する努力が必要だ。
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