離島の公立小、配布したノートPCで「休み時間にゲームをしてもいい」のはなぜ? スマホを手に入れる前によき使い手に、「今が学べるチャンス」
47NEWS / 2024年4月29日 10時0分
八丈島(東京都八丈町)の町立三根小学校では、休み時間に、子どもが自分の学習用ノートパソコンでゲームをしてもいい。友達とのグループチャットだってOKだ。日常的に使うことで端末に親しんで操作に慣れ、結果的に学びへの活用にもつながっているという。
新型コロナウイルス禍の中、ノートパソコンやタブレットといった学習用デジタル端末が全国の小中学生一人一人に届けられた。ただ、子ども同士のトラブルなどを心配し、授業以外での利用に厳しい制限を設けている学校は少なくない。
三根小学校でも、いろいろと問題が起きているのでは…。そんな想像をしながら取材に行くと、先生たちは子どもたちが直面する「ジレンマ」をしっかり受け止めながら、「今が学べるチャンス」とデジタル世界でお互いを尊重する力を育てようとしていた。(共同通信=小田智博)
※記者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。
授業をする古矢岳史先生=2023年10月、三根小学校
▽「気持ちのいい使い方」を考える授業
2023年10月、羽田空港から飛行機で南に飛ぶこと50分で八丈島に到着した。三根小学校の全校児童は約170人。6年1組の教室では、パソコンの「気持ちのいい使い方」を考えるというテーマの授業が始まっていた。
「自分やみんなの使い方で、問題だと思うことは」。こんな質問に対する子どもたちの回答が、教室の前の電子黒板に映し出された。ゲーム関連の問題が多いようだ。中には「休み時間が終わってもゲームに熱中している」といった回答も。
担任の古矢岳史先生(42)=24年4月に島外の公立小に異動=が子どもたちに「いつゲームしてる?」と聞いた。「社会(の時間)」と男の子。「リアルだね~」。古矢先生は苦笑しながら突っ込みを入れ、こう問いかける。「どうして問題だと感じたんだろう?」
次々と意見が挙がる。「授業が分からなくなる」「周りに迷惑」。そんな中、ある児童が「授業中までゲームを続けている理由」をぼそっと口にした。「授業をやりたくないから」。古矢先生はとがめることなく、穏やかな口調でこう返す。「その意見でもいいよ。だったら、先生が授業を工夫しないといけないってことだからね」
その後は問題を解決する方法の話し合いに。子どもたちは班になり、出た意見をパソコンに入力していく。「先生が端末を取り上げる」といった提案が目立つ。古矢先生は「罰を与える的なことが多いね。でも、そうはしたくないんだよね」とつぶやく。
「授業が始まる1分前にアラームを鳴らす」といった案も複数の班から上がった。「じゃあ、それでやってみる?」と古矢先生。「みんなで考えてひねり出そうとすることが大切だよ」と締めくくった。
授業の後、古矢先生に手応えを聞くと、こんな風に語った。「アラームを鳴らすアイデアは、面倒だし、きっと長続きしないだろう。でも、とりあえずやってみて、だめだったら次の方法を考える。この繰り返しでいいんじゃないか。大人が決めるんじゃなくて、みんなでよりよい使い方を作り出せると、体感させるのが大事かな」
「ゲーム」という題名の詩。小学2年生の男の子の作品で、感銘を受けた古矢先生がスマートフォンで撮影していた=2023年10月、三根小学校(画像の一部を加工しています)
▽「学校でゲームなんて」…先生の心を動かした詩
学習用ノートパソコンでは、プログラミングソフト上などで公開されているゲームができる。もともと、自宅に持ち帰った際のプレーに特に制限はなかったが、学校の休み時間に規制しなくなったのは23年から。パソコンの利活用について担当する古矢先生自身、端末が導入された当初は「学校でゲームなんて」と否定的な思いを持っていた。
そんなある日、古矢先生は小学2年生の男の子が書いた、こんな詩を読んだ。
ゲーム
ゲームは、楽しい
今すきなのはマイクラ
てきをたおしたり
家を作ったり
自ゆうなせかい
ゲームてっすごいな
(原文ママ)
古矢先生は心を動かされた。「僕がスポーツを好きなのと同じくらい、この子はゲームが好きなんだ」。そして、考えをあらためた。「休み時間くらい、それを阻害する理由はないな」
同じような意見を持つ先生も多く、議論の末に制限をやめることにした。「解禁したというよりも、休み時間だから、何をするかは子どもが選んでいいんじゃないか、ということです」。学校としては外遊びを奨励してきたが、大部分の児童は放課後に何らかのスポーツをしていて、運動量が確保できているといった事情も背中を押した。
古矢先生の授業中、パソコンの「気持ちのいい使い方」について児童に説明する今度珠美さん=2023年10月、三根小学校
▽SNSとの向き合い方に「正論」を書かせる意味があるのか
無用なトラブルを避けるため、端末の利用を厳しく制限しようという学校は今も多い。制限することに何か問題があるのだろうか。
疑問に答えてくれたのは、この日、アドバイザーとして三根小学校を訪れていた一般社団法人メディア教育研究室代表理事の今度珠美さん。「情報通信技術(ICT)のよき使い手になるには、子ども自身が考え、自分なりの答えを見つけることが大事なんです」
今度さんは長年、メディア、特にインターネットとの向き合い方について「教え込む」側だった。子どもや保護者への講演を重ねる中で重視していたのは、ネットに潜む危険に、不用意に近づかないよう呼びかけること。小中学校や高校の先生の多くは、そうした話を歓迎した。
しかし、今や私たちの暮らしは、デジタル世界と切っても切れなくなっている。
SNSとの向き合い方をテーマにしたときのこと。使いすぎによるさまざまな問題点や危険性を伝え、解決策を生徒に書かせると「利用時間を減らす」「すぐに返信しないようにする」といった「正論」が並んだ。そこで、ある生徒に「使いすぎ、減らせそう?」と聞くと「減らせない」と返ってきた。
今度さんは返答を聞いて「そうだよね」と思い、こう考えるようになった。「SNSを頻繁にチェックしないと、例えば友達の情報が入ってこなかったり、悪口を言われたりする。やめたいと思ってもやめられない。そのジレンマを抜きにして、『正しい』答えを書かせることに、どれだけの意味があるのだろうか」
古矢先生の授業を見守る今度珠美さん=2023年10月、三根小学校
▽子どもたちが自分事として向き合えるように
そんなときに出会ったのが、欧米で広がっている「デジタルシティズンシップ教育」だった。その目的は、デジタル世界でお互いを尊重し、法的にも倫理的にもよりよく振る舞うのに必要な力を育むこと。「デジタル世界の怖さや危険性を強調するよりも、活用することを前提に、人権を守るよき使い手になることを目指す。そのスタンスが新鮮だった」と今度さんは語る。
今度さんの講演は変わった。SNSについて扱うときも、まずは活用したらどんなメリットがあるかを確認し、その上で、ジレンマについて考える。すると、子どもたちから「投稿を減らしたら悪口を言われる」などといった本音が出てくるようになった。一人一人の価値観や使い方の違いに気付くことで、ではどうすればいいのかという問いに、子どもたちが自分事として向き合えるようになったという。
2年生の教室に掲示された時間割。この日は2時間目がデジタルシティズンシップ教育だった=2023年10月、三根小学校
▽ルールを押しつけるのではなく、対話を大切に
そのデジタルシティズンシップ教育に、三根小学校も全校で取り組んでいる。古矢先生が6年1組で「パソコンの気持ちのいい使い方」を考えた授業もそうだ。
低学年では、パソコンを大切に扱うといった基本から始める。そして、デジタル世界での活動には履歴が残ること、著作権の問題、オンライン上のコミュニケーションの利点と欠点などを、発達段階に合わせて学ぶ。
そうした知識は、たとえデジタル機器やアプリの活用に習熟した児童であっても、往々にして不十分なのだという。保護者向けの講演会を開催することもある。
また、デジタル世界では、SNSの例のようにジレンマが生じるケースも少なくない。だからこそ、ルールを押しつけるのではなく対話を大切にし、子どもの自律を促そうとしている。
古矢先生によると、三根小学校での導入のきっかけは2020年秋、学習用ノートパソコンが児童に配られた直後から、問題が頻発したことだった。登下校中にカメラ機能で知らない人を勝手に撮影したり、他人のアカウントを乗っ取っておかしな書き込みをしたり。保護者からも「家でゲームばかりしている」といった苦情が届いた。
三根小学校ではパソコンを授業でもそれ以外でも積極的に利用してもらおうと、毎日持ち帰らせて、子ども同士のチャットも制限していなかった。問題が起きるとパソコンを取り上げる先生もいたが、古矢先生は「そんなことをすると、子どもたちが使わなくなる」と異なるアプローチを模索し、デジタルシティズンシップ教育にたどり着いた。
6年1組の女子児童の学習用ノートパソコンに表示されたチャット画面。「ゲーム仲間」など友達同士のグループをいくつも作り、活発にやりとりをしている=2023年10月、三根小学校
▽人前では発言しにくい子がパソコンを通して自分を表現
それから3年。三根小学校では学習用ノートパソコンの日常的な活用が定着した。古矢先生は、その意義が「めちゃくちゃある」と実感している。「例えば人前では手を挙げたり発言したりしにくい子が、パソコンを通して自分を表現できる。絵を描くのが苦手な子が、アプリを使えば描く喜びを感じられる。学びの間口が広がった感じ」
先生たちが、児童のアイデアに驚かされることも多い。取材に訪れた日の給食の時間。3年生の教室では、ある児童が学習用ノートパソコンのオンライン会議の機能を利用して、廊下に置かれた給食缶の中身を「中継」していた。配膳時にセットしておけば、教室の電子黒板で中継映像が見られ、廊下に出なくても、残りの量を確かめられる。せっかくおかわりに行ったのに、給食缶をのぞき込んでがっかりすることがなくなり、子どもたちは喜んでいるという。
チャット機能も大いに役立っている、連絡事項がすぐに伝えられるし、ファイルやリンクの共有も簡単。今やそれなしでは考えられないほどだ。
6年1組で、記者が「どんな風にチャットを使っているか聞かせて」と頼むと、何人もの子どもたちが集まってきた。1人の女子児童にチャットの画面を見せてもらうと、クラス全員が入ってやりとりをするグループのほかに、「ゲーム仲間」など、趣味が同じ友達で作ったグループがいくつも並ぶ。
女子児童は、友達に話すようにこう教えてくれた。「よく使ってる。家に帰ってからもチャットできるし。ゲームの話が多くて、長いときは30分ぐらい。けんかが起きたことはあるけれど、あんまりないかな」
3年生の教室前の廊下では、学習用ノートパソコンのオンライン会議機能を利用して、給食缶の中身を教室に「中継」していた=2023年10月、三根小学校
▽大事に至るリスクが少ない間に学ぶ
古矢先生は、チャットを含め、学習用ノートパソコンの利用を巡るトラブルは今も皆無ではないと明かす。ただ、何か問題が起きたら先生に相談するという雰囲気があり、深刻な事態には発展していないという。「もちろん、気付いていないこともあると思いますけどね。ただ、普段から頭ごなしに怒らないよう気を付けています。信頼できる大人じゃないと、相談はできないから」
また、三根小では、端末の利用にあたって子どもから同意書を取っており、その中には「教員と保護者が、違法・不適切な使用をしていないことを確認することがあります」といった一文が入っている。実際、チャットの中で、児童が相手を罵倒するような言葉を繰り返すようなら、教育委員会側から学校に連絡が入るような仕組みもあるという。
その話を聞いて、記者は気になった。トラブルに対処する必要性は分かるが、一方で、子どもにとっては、チャットの内容を勝手に見られる可能性があるということだ。
「それは管理ではないのですか」。そう聞くと、古矢先生は考え込んで、言葉を選びながらこう答えた。「普段から使用状況をチェックすることはないし、そんな時間もない。ただ、子どもたちにまだ知識がない分、見守らなくちゃいけない面はある。本当に問題があったときだけ、というスタンスだったら、折り合いが付くんじゃないか。言い方は難しいけれど」。実際の運用は、携わる大人の倫理観に大きく左右されるのが現状のようだ。
古矢先生は、三根小学校のような取り組みが、どこの学校でもうまくいくかどうかは分からないと断りつつ、こうも言った。「小学校は、学べるチャンス」
中学校や高校だと、多くの生徒が私物のスマートフォンでやりとりをするが、小学校では自分専用の端末が学習用ノートパソコンだけという児童も多い。しかも、ノートパソコンは八丈島の小中学校以外とはつながれない設定で、何らかの失敗をしても大事に至るリスクが少ない。
小学生のうちにデジタル世界の注意点を学び、積極的に使い、時に失敗しながらも、お互いを尊重し合う振る舞いを身に付けてほしい。古矢先生はそう願っている。
東京都八丈町の町立三根小学校の校門=2023年10月
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