何をやっても「キング」内村航平と比較される…エース橋本大輝が乗り越えた苦悩と葛藤 パリ五輪3冠へ「僕みたいになりたいと魅了する体操を」
47NEWS / 2024年5月6日 10時0分
「何をやっても『内村航平以来』と比較される」―。体操男子で22歳のエース、橋本大輝(セントラルスポーツ)が漏らした言葉だ。2種目で金メダルに輝いた2021年の東京五輪後、憧れの存在は重圧に変わった。勝ちにこだわるあまり、大好きだった体操が「何度も嫌になった」と言う。苦悩、葛藤を乗り越えるきっかけとなったのが、担当トレーナーや内村さんのアドバイス。自分らしさを追い求め、7月26日開幕のパリ五輪で、内村さんも成し得なかった団体総合、個人総合、鉄棒の3冠に挑む。(共同通信=藤原慎也)
▽「キング」の偉大さ痛感
東京五輪の予選。当時32歳だった内村さんは鉄棒の種目別決勝進出を逃し「僕が見せられる夢はここまで。これからは彼らが主役」と次世代にバトンを託した。思いを引き継いだのが、1回り以上も年下の橋本だった。史上最年少で個人総合を制し、鉄棒も金メダル。「航平さんが残したものを超えていかないと、日本の体操界は発展しない」と自覚が芽生えた。
しかし、壁は想像以上だった。五輪閉幕から約2カ月半後の世界選手権。個人総合で中国の新鋭、張博恒に競り負け、初優勝をさらわれた。五輪と世界選手権を合わせ、前人未到の8年連続世界一を達成した「キング内村」の偉大さを痛感し「(自分は)まだまだ弱い」と打ちひしがれた。
内村航平さんの引退イベントで記念写真に納まる橋本大輝(左から3人目)と内村さん(同2人目)。左端は白井健三さん、右端は北園丈琉=2022年3月、東京体育館
▽橋本を救ったトレーナーの言葉
「航平さんは航平さん、自分は自分」。そう自らに言い聞かせても、焦りは募るばかり。2022年世界選手権で初の個人総合王者に輝いたものの、練習で追い込み過ぎた代償は大きかった。手首や足首のけがを重ね、昨年1月に腰の疲労骨折が判明した。
昨夏の国際総合大会では個人総合のあん馬で落下した際に頭を打ち、脳振とうで途中棄権に終わった。「本当に、もがき苦しんでいた」。その日の夜、宿泊していたホテルで中島啓トレーナーに思いの丈をぶつけた。
初めて日本代表入りした千葉・市船橋高時代から体のケアを担当する中島さんは、優しく諭してくれた。「結果なんていいんだよ。大輝の好きな体操をやればいいんだ」。その言葉に救われた。
▽自分のために頑張る、それが恩返し
「誰もが認める美しい体操を見せる」。身長は167センチで内村さんより5センチ高く、雄大な演技が橋本の強さを際立たせる。原点に立ち返って臨んだ昨秋の世界選手権では団体総合で8年ぶりの優勝に貢献し、個人総合と鉄棒も制覇。日本体操協会から実績を評価され、五輪代表に決まった。
東京五輪の鉄棒決勝で着地を決める橋本大輝の連続合成写真(左から右へ)=2021年8月、有明体操競技場
4月から本格化した代表選考を気にせず、課題と向き合えている。つり輪は力技の精度向上に注力。平行棒は高難度の倒立技などを盛り込み、0・4点と大幅なDスコア(演技価値点)アップを狙う。五輪シーズンの初戦だった4月中旬の全日本選手権(高崎アリーナ)は、圧勝で内村さん以来の4連覇を果たした。
昨年12月、日本男子強化コーチの内村さんから言葉をかけられた。「自分のために120%頑張れ。それが恩返しになる」と。「僕が航平さんに憧れたように、次は『橋本大輝みたいな人間になりたい』と魅了できる演技をしたい」。夏の大一番へ、もう迷いはない。
今季初戦だった4月の全日本選手権で男子個人総合4連覇を達成した橋本大輝の演技。上段左から時計回りに、鉄棒、つり輪、跳馬、あん馬、床運動、平行棒=高崎アリーナ
× × ×
体操ニッポンの輝かしい歴史上、五輪1大会で金メダル3個以上を獲得したのは1960年ローマの小野喬、1964年東京の遠藤幸雄、1968年メキシコの中山彰規、1968年と1972年ミュンヘンの加藤沢男の計4人。52年ぶりの偉業達成へ、橋本のライバルとなるのが中国勢だ。
橋本は昨秋の世界選手権で3種目を制したものの、中国は同時期に自国開催された杭州アジア大会を優先していた。エースの24歳、張博恒はアジア大会で驚異的な89・299点を出して圧勝。単純比較はできないが、世界選手権2連覇の橋本の得点を3・167点も上回った。直接対決した2021年、2022年の世界選手権は僅差で1勝1敗。気を抜けない戦いが待ち受ける。ともに得意種目の鉄棒でも金メダル候補だ。
前回東京五輪で2位だった団体総合は同五輪覇者のロシア・オリンピック委員会(ROC)が出場できず、中国との一騎打ちが予想される。平行棒が圧倒的に強い鄒敬園らタレントぞろいで、2022年の世界選手権は4点以上の大差で日本は完敗。橋本だけに頼らない戦力の底上げが求められる。
パリ五輪とパラリンピックの日本選手団の公式スポーツウエアをお披露目した体操男子の橋本大輝(前列中央)ら=4月17日、東京都内
× × ×
橋本 大輝(はしもと・だいき)2021年東京五輪は個人総合を史上最年少で制し、種目別鉄棒と2冠。世界選手権は千葉・市船橋高3年時の2019年に初出場し、2022年は初優勝の個人総合を含む四つのメダルを獲得した。2023年は団体総合、個人総合、鉄棒の3種目を制覇。今春順大を卒業し、社会人の強豪セントラルスポーツに加入した。167センチ、59キロ。22歳。千葉県出身。
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