発症すると死が不可避の狂犬病、「義務」なのに予防接種率は7割に低迷 国内で60年以上発生なく油断、未接種犬が人かむ事件も
47NEWS / 2024年5月6日 10時0分
発症するとほぼ100%死に至る狂犬病。ウイルスに感染した犬や猫などにかまれると人間にもうつり、犠牲者は世界で年間約6万人と深刻な被害をもたらしている。日本では法律で犬の飼い主に年1回の予防接種が義務付けられているが、30年前までほぼ100%だった接種率は近年、7割程度に低迷する。人間でも動物でも60年以上、国内発生がないことが油断につながっているとみられ、専門家は「狂犬病の怖さが伝わっていない」と懸念する。接種を受けていない犬が人をかみ、地域を不安に陥れる事件も起きた。(共同通信=岩崎真夕)
※記者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。
▽未接種の犬、12人にかみつく
今年2月、群馬県伊勢崎市の住宅から四国犬が脱走し、小学生を含む男女12人をかむ事件が起きた。
飼い主の男性は狂犬病の予防接種を受けさせておらず、県警は3月、未接種の犬を放し飼いにし、7人に全治2週間~1カ月のけがをさせたとして、狂犬病予防法違反や過失傷害などの疑いで男性を書類送検した。
男性は県警に、予防接種が「犬の体に悪い影響があると思った」と説明。自宅で飼っていた7匹はいずれも、予防接種を受けていなかった。かんだ犬は狂犬病検査で陰性が確認された。
そもそも、狂犬病とはどんな病気なのか。岐阜大学応用生物科学部の伊藤直人教授(人獣共通感染症学)は次のように説明する。
狂犬病は動物から人間にうつる感染症の代表的なもので、人間への感染源の99%は犬とされる。狂犬病ウイルスを持つ犬や野生動物などにかまれると、傷口から唾液を介して感染。予防接種やかまれた後の適切なワクチン接種で発症を抑えられるが、発症した後の有効な治療法はない。
狂犬病を発症した犬(名誉教授 源宣之岐阜大学名誉教授提供)
水を飲むとけいれんする「恐水症」などの症状が出ることが多く、最終的に呼吸困難などにより、ほぼ100%死に至る。発生のない国や地域は日本など世界でも数えるほどしかなく、世界保健機関(WHO)の資料によると、年間で推計約5万9千人が犠牲になっている。
狂犬病ウイルスの電子顕微鏡写真(国立感染症研究所提供)
国内で発生が確認されたのは、人間で1956年、猫で1957年が最後。2020年にはフィリピンで犬にかまれた後に入国した男性が発症して亡くなった事例があるが、長年発生がない「清浄国」だ。
▽過去には国内でもまん延、7年で撲滅
そんな日本にも、狂犬病がまん延していた時代がある。衆院議員だった故原田雪松氏が書いた「狂犬病予防読本」には、明治時代以降、各地で断続的に狂犬病の流行があったことが記されている。記録に残るピークは関東大震災翌年の1924年で、犬で4211匹、人間で235人が感染したとされる。その後は一時下火になるものの、太平洋戦争末期から再び増え、戦後の1949年に641匹、76人の感染を記録した。
原田雪松著「狂犬病予防読本」の表紙(厚生労働省提供)
転機となったのは1950年に制定された狂犬病予防法だ。犬の所有者は「犬の登録を申請しなければならない」「狂犬病の予防注射を受けさせなければならない」と定め、違反は20万円以下の罰金対象になった。
上木英人著「東京狂犬病流行誌 復刻版」の表紙
東京都立衛生研究所(現在の東京都健康安全研究センター)で狂犬病の検査に当たった故上木英人氏の「東京狂犬病流行誌 復刻版」によると、自治体職員は当時多かった野犬を捕獲し、放し飼いの犬をつなぐよう飼い主を説得した。上木氏は同書で「流行時では、犬をみると狂犬病犬にみえた」「素手で立ち向かわねばならなかった予防員は本当に命がけでした」と振り返っている。
対策を進めた結果、感染数は減少し、施行から7年で国内の狂犬病は撲滅された。厚生労働省感染症情報管理室の元室長、梅田浩史さんは、予防接種を「撲滅に大きな効果をもたらしたツールの一つだ」と評価する。当時と現在では接種の意義は異なるとしつつ、いざ狂犬病が発生したときにワクチン確保など対応できる態勢を速やかに整え、感染拡大を抑えるために「(現在の)継続的な接種は一定の役割を果たしている」と説明する。
▽接種率は年々低下、摘発はわずか
しかし、接種率は年々低下してきた。厚労省によると、1990年代半ばまでほぼ100%だった接種率は2000年度に80%を割り、その後も低下が続いて2022年度は70・9%だった。自治体に登録されている犬の数はこの20年間、600万匹台で大きく変わらず、予防接種を受けている犬が減り続けている。
法律違反が拡大している状況だが、警察庁と群馬県警によると、2022年の同法違反での摘発は全国で135件。群馬県ではわずか6件で、県警の担当者によると、人をかむなどしたことがきっかけで違反が発覚するケースが多いという。
伊藤教授は接種率低下の背景に、長年発生がなく危機意識が低下していることや、インターネットでワクチンの効果や安全性について不正確な情報が流れていることがあるとみる。
日本は厳しい検疫態勢を取っており、侵入リスクは極めて低いとされる。ただ2013年には狂犬病が半世紀以上確認されていなかった台湾で、野生のイタチアナグマに流行していることが確認された。伊藤教授は、日本では野生動物のモニタリングが十分にできていないなど「発生リスクには不明な点も多い」と話す。接種率が低い地域や野犬が確認されている地域などで「局地的にリスクが高くなる可能性もある」と指摘した。
若い世代になるほど危機意識が薄れていると感じるものの、授業で学生に狂犬病患者の映像を見せると大半が「これまで通りの対策を続けるべき」との意見を持つようになるといい「狂犬病の悲惨さを知ると、多くの人がリスクはゼロに近づけておいたほうが良いと思うのではないか」と語る。
また、群馬県食品・生活衛生課の稲葉正浩係長によると、未接種の犬は災害時、ペット同伴ができる避難所で受け入れできない可能性もあるという。稲葉係長は「飼い主の責務として、毎年の予防接種をお願いしたい」と呼びかける。
▽いまは4~6月の接種時期、通年化も検討
狂犬病の集団注射の様子=2024年4月、群馬県安中市
いま、ワクチン接種時期は、狂犬病予防法の施行規則で4~6月となっている。期間を区切ることで呼びかけ効果があるなどのメリットがあるという。
4月4日、群馬県安中市の公民館で行われた集団注射では、飼い主に連れられた30匹が接種した。獣医師が担当し、1匹当たりにかかる時間は数秒。ほとんどの犬は鳴き声を上げることもなく、スムーズに終えた。
愛犬のチワワと訪れた上原篤さん(69)は「義務だから毎年来ている。家に案内が届き、時間や場所も選べるので苦にならない」。犬を飼い始めてから40年以上接種を欠かさないという望月克美さん(78)は「ワンちゃんを愛しているから、打つのは当然。万が一逃げたりしても打っていれば安心できる」と話した。
狂犬病予防接種を済ませた飼い主に配られるシール=2024年4月、群馬県安中市
ただ、厚生労働省によると、複数の自治体から昨年、飼い主の利便性の向上や事務コストの軽減のため通年接種できるよう要望があったといい、厚労省は時期の見直しを検討している。2024年度に全市区町村への実態調査を行い、獣医師会などの意見も踏まえた上で、2025年度までに変更するかどうか判断する方針だ。
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