「学費を払えるか心配」残業規制に揺れるサトウキビの製糖工場、月給が10万円以上減る社員も
47NEWS / 2024年5月7日 11時0分
3月上旬、サトウキビ収穫のまっただなかにある沖縄県・久米島を取材に訪れた。那覇空港からプロペラ機で約40分。島に降り立つと、初夏を思わせる暖かい風が吹いていた。島内唯一の製糖工場「久米島製糖」に近づくにつれ、トウモロコシのような甘い香りが強まっていく。
工場はこの時期、24時間稼働する。通年働く社員だけでは足りず、島内外から季節労働者を集める。
鹿児島と沖縄県の製糖業は繁忙期に仕事が立て込むため、「働き方改革関連法」に基づく時間外労働(残業)の上限規制の適用が猶予されてきた。それが4月から適用対象となり、作業員の労働環境は変貌する。残業時間が短くなることは働き方の改善だが、給与低下にもつながる。業界関係者からは「今まで通りの生活を維持できるのか」との不安が広がっている。(共同通信=西村優汰)
▽ハローワークに求人
久米島製糖の工場は、砂糖の需要拡大に応じて過去に増築を繰り返してきたといい、今は体育館のような大きさだ。トラックの荷台に山積みにされたサトウキビがひっきりなしに運ばれてくる。久米島製糖の取締役の山城成人さん(49)は「砂糖作りは工程の多い仕事」と説明する。
サトウキビは春と夏に植え付けされ、1年から1年半の育成期間を経て12月末~4月に収穫される。工場に運ばれると、大型の機械で裁断し汁を搾り取る。それを煮詰めて濃縮し結晶化した後、水分を飛ばすために遠心分離機にかけると砂糖の原料となる粗糖が出来上がる。
沖縄県・久米島の久米島製糖=3月
粗糖の粒は砂糖より少し大きく、薄茶色だった。すくい取ってなめると、ほのかに甘みが広がる。愛知県に運ばれて精製され、砂糖になる。
久米島製糖では仕事が忙しくなる収穫期に合わせ、毎年40人ほどの季節労働者を募集している。これまでは前シーズンに働いた人に声をかけたり、紹介を通じて人を集めたりしてきた。昨年からは人手不足に対応するため、ハローワークに求人を出すようになった。
今シーズンは人手を確保することができたが、沖縄県内の同業他社では外国人労働者に頼る会社もあったという。外国人や県外から労働者を集めると、住み込む場所の確保も必要になり費用がかさむ。「できるだけ島内の人でまかないたい」のが本音だ。
人口約7千人の久米島は少子高齢化が進み、島内のほとんどの仕事で人手が不足している。ベテランの労働者が次々と引退していく中、4月から適用された働き方改革の影響が来シーズン以降本格化する。
新基準では、月の残業時間が100時間未満、2~6カ月の平均で80時間以内に制限される。久米島製糖ではこれまで、繁忙期には2交代制で機械を24時間稼働させてきた。その働き方では月の残業時間と休日労働の合計が最大180時間にもなり、新基準に触れてしまう。対策として、3交代制を導入し、残業を60時間程度に減らす方針だ。
久米島製糖で作られた粗糖。愛知県で精製され砂糖になる=3月、沖縄県・久米島
▽「給料の良さ魅力」
久米島製糖社員の島袋理恵さん(49)は、抽出されたサトウキビ汁の糖度を確かめる業務に従事している。シーズン期間中の昨年12月20日から3月下旬までは、1日11時間ほど働いた。休日は月に1~2日で、月給は約35万円。中学、高校、大学にそれぞれ通う3人の子どもを抱える島袋さんは「繁忙期の製糖工場の給料はおそらく島内でもトップクラス。給料の良さがこの仕事の最大の魅力」と話す。
だが来シーズン以降は、1日の労働時間や残業代がどうなるのか見通しが立っていない。会社から具体的な説明はなく、不安が募る。「子どもと過ごす時間は増えるかもしれないけれど、学費を払い切れるかどうか分からない。これまで通りでもいいのに」と声を落とした。
サトウキビから抽出された液の糖度を確かめる、久米島製糖の島袋理恵さん(手前)=3月、沖縄県・久米島
久米島製糖の試算では、残業の上限規制を適用すると、月給が10万円以上減る社員もいた。基本給を引き上げ、減少幅を縮める考えだが、経営には痛手だ。給与を重視する従業員の中には転職を検討する人もいる。これまでのようには季節労働者が集まらない可能性もある。
宮里陽さん(25)は今シーズンから季節労働者として働き始めた。定職の少ない島内で安定した収入を得られることに魅力を感じ、応募した。月に35万円程度の収入は「想像していたよりいい給料だった」と笑顔を見せる。仕事は遠心分離機の監視。「機械が自動で動くので体力的にはきつくない。今の働き方に納得しているのに、無理して(働き方を)変える必要はないのでは」と話した。
久米島製糖の工場=3月、沖縄県・久米島
▽島の雇用や収入を守りたい
久米島製糖は、社員の負担や業務に必要な人員を減らすため工場設備の改良を重ねている。工程ごとに分かれていた機械の制御室を三つに統合する。うち二つはすでに終え、来シーズンに向けて残り一つの制御室を整備する。費用は2億円に上るが、約6割に補助が付く沖縄県の交付金を活用する。制御室の統合により、季節労働者を数人減らすことができるという。取締役の山城さんは「設備改良にも多大なお金がかかる。補助金なしでは厳しい」と語る。
工程を管理する集中制御室=3月、沖縄県・久米島
人手不足が深刻化した場合、工場設備のさらなる改良で対応する予定だが、山城さんは「どうなるか予測できない」と苦しげな表情を浮かべる。
久米島製糖は全盛期の1990年ごろに1万5千トンの粗糖を生産していたが、現在は農家の高齢化などによって3分の1程度に減った。山城さんは「会社の経営は厳しいが、製糖業は島内の雇用や農家の収入を守っている。社員たちの安心を守りたい」と話した。
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