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「花はいらない。ウクライナがほしい」占領地の女性が守るもの 酒に下剤、見つかれば最後…命がけの抵抗を続ける理由とは

47NEWS / 2024年5月12日 10時0分

ウクライナ・キーウで、ロシアの攻撃後、損傷した車両を見つめる女性=1月(共同)

 ウクライナに侵攻したロシアは、占領したウクライナ各地やクリミア半島で、プロパガンダや「うその選挙」によるロシア化政策を着々と進めている。そんな中、占領地で1人の女性が立ち上がった。「花はいらない。ウクライナがほしい」をスローガンに、反ロシアのビラや偽札をまいたり、ロシア兵が飲む酒に下剤を混ぜたりする活動を続ける。ロシア側は取り締まろうと躍起になっており、見つかれば逮捕や投獄は避けられない。自身を危険にさらしてまで、抵抗運動に駆り立てるものは何なのか―。命がけでロシアに立ち向かう彼女に思いを聞いた。(共同通信ロンドン支局 飯沼賢一)

 ▽奪われた「心」

 ウクライナ女性の抵抗運動「ズラ・マウカ」のリーダー、イリーナさんは、ロシア占領下にある南部ザポロジエ州メリトポリで暮らす。身を守るために素性は明かしておらず、「イリーナ」も本名ではない。オンライン取材の冒頭、「30代のごく普通の女性です」と顔を覆っていたマスクを外して笑った。


 ロシアは2022年9月にザポロジエ州を一方的に併合すると宣言し、メリトポリを勝手に「州都」だと決めた。幼稚園や学校の教室にはロシアのプーチン大統領の写真が掲げられ、大通りにはロシア軍への入隊を呼びかけるポスターが張られている。


 占領から1年が経過したころ、イリーナさんは周囲の変化に気が付いた。占領に強く反対していた隣人が侵攻を正当化するようになった。ウクライナのテレビ放送は遮断され、流れるのはロシアからのニュースのみ。親族でさえ、ロシア国営メディアが流すプロパガンダをなぞるようになっていた。「思考と心を奪われた。一番恐れていたことが起きた」(イリーナさん)。親しい2人の女性と共にズラ・マウカを立ち上げることを決意した。
 「ズラ」はウクライナ語で「邪悪」を意味する。「マウカ」は誘惑した男性を森におびき寄せて殺す女性の精霊の名前だ。ウクライナではロシア兵のことを「オーク」という怪物になぞらえることから、「オークをやっつける邪悪な精霊」という意味が込められている。


ズラ・マウカが活動を報告するインスタグラム(共同)

 ▽ロシアが恐れるマウカ

 ズラ・マウカの目的は二つある。市民をロシアのプロパガンダから守り真実を伝えること。そして、ロシア兵を一人残らず追い出すことだ。そのためにまず、ウクライナや欧米の報道に触れることができない高齢者向けに、ロシア軍の残虐行為を伝えるビラを作成することにした。当局の目を盗みながら、集合住宅の郵便受けや公園のベンチなどに300部を配り、インスタグラムやテレグラムにその様子を投稿した。


ウクライナの女性抵抗運動「ズラ・マウカ」が配布したビラ。「花はいらない、ウクライナがほしい」と書かれている(ズラ・マウカ提供・共同)

 ロシアはすぐに反応した。街中に監視カメラが設置され、目に見えて見張りも増えた。もし見つかれば拘束されて、ひどい仕打ちを受けるに違いない。イリーナさんは「ビラ配りは以前より難しくなってしまったが、ロシアがマウカを恐れていることは分かった」と、手応えを感じたと振り返る。
 次に始めたのは、反ロシアのメッセージを記した偽札をまくことだった。イリーナさんは「お札が落ちていれば拾わない人はいない。通りを歩いてポケットから落とすだけでいいので比較的安全なやり方だ」と説明する。偽札は、一見するとロシア通貨ルーブルの紙幣だが「あなたはウクライナにいる」と書かれている。


ロシア支配に抵抗する運動でまかれた偽のロシア紙幣。「クリミアはウクライナ」と書かれている(ズラ・マウカ提供・共同)

 ロシアがクリミア半島を強制併合してから10年となる今年3月には、200ルーブル札を模した特別な偽札を千枚まいた。色やデザインは本物とそっくりだが、ウクライナ国旗や沈没するロシア軍艦が描かれ、「クリミアはウクライナ」とのメッセージが添えられている。
 ロシア兵が飲む酒に下剤を混ぜる活動も行っている。マウカの特定につながる恐れがあり、具体的な手段は明かせないという。リスクは高いが、兵士に直接ダメージを与えられる。ロシア側も警戒を強めたのか、最近「毒を盛られる可能性があるので、住民から食料品を奪わないように」との通達を兵士たちに出した。


酒の瓶に下剤を入れる「マウカ」(ズラ・マウカ提供・共同)

 ▽進む「ロシア化」

 ズラ・マウカが抵抗運動を続ける中、メリトポリではロシア化政策が着々と進められている。学校で「子どもにウクライナ語を学ばせたい」と申し出た親は、当局に呼び出されて長時間尋問された。子どもたちは前線のロシア兵に感謝の手紙を書かされ、モスクワ旅行や帽子などのプレゼントを贈られた。ロシア兵が邪悪なウクライナ政府から市民を守ってくれていると信じる子どもも多い。


ロシアのテレビ番組を宣伝する看板=ウクライナ・メリトポリ(ズラ・マウカ提供、共同)

 メリトポリ在住の男性(47)はこう打ち明ける。「占領がすぐ終わるというのは幻想だった。最近はロシアが憎いという信念さえ忘れてしまいそうになる」。男性は昨年秋、ずっと拒否していたロシアのパスポート取得に踏み切った。公共サービスの利用や病院での診療の際にもパスポートが必要となり「パスポートなしでは生きられなくなった」と感じたのが理由だ。
 今年3月のロシア大統領選は、ウクライナの占領地でも実施された。ロシア兵が銃で脅して投票を強制するなど、民意の反映とはほど遠いものだった。投票日には朝から、選挙管理委員会の係員が兵士と共に住宅を一軒一軒訪れ、住民はその場で投票させられた。誰に票を投じたかをチェックするため、投票用紙を折り畳むことさえ許されなかったという。公園のベンチで休んでいる時に投票用紙を渡された人もいた。ある住民は「汚いやり方だ。うその選挙に意味はない」と怒りをあらわにした。


3月16日、ロシアが実効支配するウクライナ南部ザポロジエ州メリトポリで、ロシア大統領選の投票をする女性(タス=共同)

 ▽「命がけで取り戻す」

 イリーナさんの元には、占領地に住む女性から「活動に参加したい」という申し出が日々寄せられている。現在はメリトポリのほか、クリミアの中心都市シンフェロポリ、ウクライナ東部のルガンスク州などに100人ほどの「マウカ」が潜む。
 ロシアの占領政策は、陰湿でしつこい。街をプロパガンダで覆い尽くし、危険分子をあぶり出して、とことん痛めつける。イリーナさんは言う。「マウカの活動は危険だ。でも誰かがやらないと街を完全に奪われてしまう」。「ここはロシアではない。ウクライナだ。命がけで取り戻す覚悟はできている」

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