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都市に共存する生き物の視点を取り入れた真の創造力とは? 社会に問題提起し続ける「チンポム」のエリイさんと林靖高さんが昆虫研究者・牧田習さんと語る“生態系、街、アートの行方”「渋谷半世紀」~若者の聖地の今~

47NEWS / 2024年5月21日 10時0分

スクランブル交差点に立つ(左から)牧田習さん、エリイさん、林靖高さん。後方はチンポムの代表作の一つ「スーパーラット」創作の場ともなった渋谷センター街=東京・渋谷(撮影・猪狩みづき)

 「日本で最も急進的」と呼ばれる6人組のアーティストコレクティブ「Chim↑Pom from Smappa!Group」(以下、チンポム)。2005年の結成以来、映像作品を織り交ぜたインスタレーションやゲリラアクション、路上でのデモなど数々のアート作品を通して社会の問題を提示してきた。見る者の意表を突き、どんよりした時代の空気に風穴をあけるアートワークは時に論議をまきおこす。都市にすむ生物をテーマにした作品でも知られている。メンバーのエリイさんと林靖高(はやし・やすたか)さんが、東京大大学院の農学生命科学研究科博士課程に在籍しながら昆虫研究者として活躍する牧田習(まきた・しゅう)さんと共に「アート、都市、生物」の関係性を巡り渋谷の街で意見を交わした。(共同通信=内田朋子)

 ▽スーパーラット

 殺鼠剤(さっそざい)の毒への耐性を遺伝し、都市圏で爆発的に増えていったネズミを通称「スーパーラット」と呼ぶ。チンポムは2006年、渋谷に巣くうネズミを網で捕獲し、その剥製を黄色く着色。作品「スーパーラット」として捕獲映像と共に展示し、都市の生態を明るみに出した。
 作品誕生のきっかけを林さんは「渋谷にはよく来ていた。6人が集まって街で作品を作ろうとなった時、身近にいたのがネズミやカラス。店からごみが出る夜の時間帯、クラブ通いの後に始発で家に帰る僕のような若者たちにとっては身近な生き物だった」と話す。「昼間に(駅前の)花壇で待ち合わせしている人たちを見ると、その真裏にネズミの巣穴がたくさんあるのに『よくあそこに座れるな』と。そんな人たちの身近にも実はいっぱいいる、生物をモチーフにした」
 エリイさんも「渋谷のセンター街でよく路上に座りながらメンバーで会議をしていた時に何匹も横切っていった。飲食店でバイトをしていても避けられない存在だった」と言う。
 林さんは「センター街のネズミがスーパーラットと呼ばれる由来は、毒餌も栄養にして育ってしまうところ。人間が毒をまけば駆除できる、そんな単純な存在ではない。毒も餌にしてたくましく生きる姿に共感して作品にした」とも話した。


都市開発と生態系の関係について話し合う(左から)牧田習さん、エリイさん、林靖高さん=東京・渋谷(撮影・猪狩みづき)

 ▽アートと環境

 都市の中で自らを進化させ、人間と共存し続けるスーパーラットは今もチンポム自身の肖像だ。近年、生態系とアートの関係はますます注目されている。
 牧田「エコロジーや環境問題というのはテーマが大きすぎて一般の人が理解するのは難しい。僕は虫を起点にそうした問題を考えるが、アーティストは難解なテーマを分かりやすく説明できると思う。最近の言葉を借りれば『サイエンスコミュニケーション』の能力を持っているのでは」
 林「街の中における自然の定義ってそもそも何だろうかと思う。かつてネズミの巣があった渋谷ハチ公前の花壇には自然があったといえるし、虫も生息しない新しいビル屋上のきれいな花壇をエコロジカルと呼べるのかは疑問がある」
 エリイ「ハチ公の後ろの花壇に巣があってネズミが顔を出したりしていて、かわいかったよね。目に見える所に土や巣はどんどんなくなっていったけれど、ネズミたちは生息地を移しただけ」
 牧田「都市も含めて地球すべてが自然という考え方もできる。多くの人が公園や雑木林を見て自然を感じると思うが、実際は人が木を植え手を加えた場所。自然の象徴と思われるカブトムシも二次林という人間が作りこんだ雑木林で主に生きている。だから山奥の原生林などにはほとんど生息していない。それも生態系と言えるのでは?」

 ▽東京のカラス

 「スーパーラット」と並び有名な初期チンポムの映像作品「BLACK OF DEATH」(07年)は、カラスが仲間を呼び集める声をスピーカーで流し、カラスの剥製を見せながら車やバイクで誘導。たくさんのカラスを国会議事堂前や渋谷の繁華街に集結させた。石原慎太郎東京都知事(当時)の指示で都心のカラス駆除が進んだ時期に撮影され、人間が出すごみの栄養で生きる鳥の存在を、都市の生態系として映し出した。
 「今の東京ではあれほどのカラスは集まらない。7~8分の1ぐらいの数になってしまったと聞く。16年に新宿の歌舞伎町で開催された『また明日も観てくれるかな?』展で、明け方にカラスを集めるパフォーマンスを行ったが昔のようには集まらなかった」と林さん。エリイさんは「私が子どもの時のように電線の上におびたたしいほどの数のカラスがとまっていることはない。しかし渋谷の公園や自分の家にはやってくる身近な存在だ。人間である一都知事が思っていたほど、簡単に減らせるようなそんなに弱い存在ではない。私はカラスを賢いと思うし、信じている」。


ハチ公前の花壇でネズミの巣や昆虫を探す(右から)エリイさん、牧田習さん、林靖高さん=東京・渋谷(撮影・猪狩みづき)

 ▽「明日の神話」と原発、放射能

 2011年の東日本大震災後の原発と放射能を巡る作品の制作活動により、チンポムは広く知られるようになった。渋谷駅構内で同年5月、原爆をテーマにした岡本太郎さんの壁画の余白部分に、崩壊した福島第1原発の原子炉建屋の絵を付け足した“事件”が、物議を醸したことを記憶する人は多いだろう。
 原爆の惨禍から再生する人間の生命を表した巨大壁画「明日の神話」の右下部分。岡本さんが描いた黒いきのこ雲につながるように縦80センチ、横2メートルの板に爆発した四つの建屋を描き、立てかけた。その作品「LEVEL7 feat.『明日の神話』」は警察に撤去されたが、チンポムは当時「原発事故が再び起きないよう警鐘を鳴らすために行った」とコメントしている。
 その動機を林さんは「壁画は1968~69年、岡本さんがメキシコのホテルのために制作した。45年の広島と長崎の原爆、54年の第五福竜丸事件の水爆さく裂の瞬間がモチーフとなっており日本の被爆のクロニクルとも言える」と説明。「福島の原発事故が起きた時、東京の渋谷のど真ん中にあの壁画があること自体に意味があると思い、原発事故を記録するために絵を付け加えた」。世間では作品の改変ではないかと論争も起きたが、岡本さん側からクレームはなかった。
 渋谷から福島へ。チンポムは現場に向かう。「震災後に福島へ行くとカラスが増えていたので、東京でやったのと同じ試みを行った」と林さん。帰還困難区域で増殖したカラスたちを区域外まで導き出して再制作した「BLACK OF DEATH 2013」だ。映像には、封鎖が解かれながら無人の街となった福島の元避難区域、岡本さんの代表作「太陽の塔」の背面(黒い太陽)や渋谷の風景も収めた。

 ▽社会を体現する

 チンポムの代表作の一つ「ビルバーガー」(2016年)は、解体される新宿のビルの廃棄物をハンバーガーのように重ねた巨大彫刻作品。そのビルの2階から4階の床を四角く切り取り、廃棄される事務用品などを挟み込んで重ねることで、都市のスクラップ・アンド・ビルドを可視化。ファストフード的大量生産・大量消費への批判も込めた。「20年の東京五輪に向けた街の再開発に対する素朴な疑問だった」とメンバーの卯城竜太(うしろ・りゅうた)さんが当時発言している。
 こうして社会のシリアスな状況や不穏な匂いを直感し、アートとして分かりやすく伝える力がチンポムの人気の理由かもしれない。とっつきにくい現代アートのイメージも大きく変えてきた。
 林「グループでやっているので、個人的な表現というより、ある程度社会的なトピックスがテーマになってくる。それを表現するからには社会との関係性をつくることになるので、(鑑賞者の)皆さんにとっても身近なテーマになり共感されるのかな、と思う」
 エリイ「自分が人間として、一社会の代表として生きているという自覚がある。都市に生きる一人間として経験したことを心や魂で感じ、それを作品に落とし込んでいる。個人というよりは媒介していくという感じ」
 現場に飛び込み、問題を提示する印象も強い。
 エリイ「6人いるのが大きいのかな。そこで社会が形成され、話し合いが行われる。自分が知らなかった情報を他のメンバーが持ってくる。1人の力が6倍になり、新たな視点、目が12個生まれて、というのはある」「メンバーは卯城が集めた。小学校のクラス分けみたいに決められた。性格も違うし、仲がとてもいいわけでもないが、いつの間にか一緒になっていた。アート作品を作る時は、人の助けが必要な場合も多い。全く違う考えのメンバーたちがいることによって、新たな価値観や視点、気づきを得て作品が完成していく」
 林「僕らの場合はバンドみたいなグループに近いのかもしれない。毎日仲良く一緒に飲んでいるような関係ではないが、共通の作りたい音楽がありそこを目指して集まっているというのはある」
 エリイ「だからといってボーカルだけが目立つバンドではない。この音いいよね、でも自分だけでは出せないよねっていうのがあって、分担しながら一緒につくっている。(その瞬間は)人生の中でメンバーたちが命と命をタッチし合っているようなイメージがある」


チンポムのプロジェクトの一つである「金三昧」の店舗前で(左から)林靖高さん、エリイさん、牧田習さん。資本主義とアート市場の力学を問う場ともなる=東京・渋谷パルコ(撮影・猪狩みづき)

 ▽都市の「奈落」

 結成から17年たった22年には、森美術館(東京・六本木)で活動を振り返る大規模な個展「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」を開催する存在にまでなった。林さんは「偉くなったような実感はマジでない。ずっと怒られているし」と苦笑。エリイさんも「特に生きやすくなったわけでもない」と言う。
 チンポムの国内最新プロジェクトは23年秋に新宿・歌舞伎町の王城ビルで展開した「ナラッキー」だ。連日、若者らが行列をなし評判となった。歌舞伎町の地名が歌舞伎座誘致を果たせなかった歴史に由来することに注目。歌舞伎俳優の尾上右近(おのえ・うこん)さん、多くのアーティストらと協力し、約30年間も閉ざされてきた4フロア分の吹き抜けに作品「奈落」を設置、そこから都市の裏側に潜むものが見えてくる。奈落は「地獄」「どん底」を意味する一方で、舞台の床下も指す。「物事には陰陽がある。表舞台も奈落があるから成り立つ」と作品発表時の記者会見でエリイさんは語っていた。
 再開発が続く渋谷は昔から演劇の街として知られる。そこにもまだ「奈落」は存在するのか? 林さんは「めちゃめちゃ変わりつつある街だけれど、今は一番つまらない状態になってきていると思う。でもまっさらになった所に奈落的な文化が生まれるのかどうかは見ていきたい。(再開発を経て)渋谷で新しい何かが始まることもあると思うし、期待したいところもある」と語る。

 ▽カタツムリと排除の問題

 いま飼っているカタツムリが、最近のエリイさんの関心事だという。「生態を通して都市や人間を考察することに興味がある。カラスと同様、カタツムリも近頃は街であまり見かけなくなった。去年、カタツムリの家を掃除していて石を持ち上げたら白い卵がたくさん見つかった。その卵がかえって今も育て続けている。命の強さを目の当たりにした」
 林さんも「自分はカタツムリを強く意識していないけれど、カラスもカタツムリを食べるだろうし、自分たちの作品の中に薄くても存在しているはず」と話す。
 「渋谷がつまらないと言ったのは、排除された人やもの、用がなくなり居心地が悪くなった人が新宿に比べて多くなったから。宮下公園に新しいビルが建ち、段ボールハウスの中に住んでいた人たちが追い出されてしまったのもその現象の一つ」と続け、「そういう意味で、カタツムリがいなさ過ぎる街はなにかが偏っている。生態系の中にカタツムリがいないなんて良い街ではない。ホームレスの人たちも生態系の中に存在するのが良い都市なのだと思う。(行政支援を受けた人もいるだろうが)路上生活者たちは散り散りになった。それは不自然な状態だ」
 牧田さんが生物界での排除について説明した。「カタツムリは乾燥している所では生息しにくい。東京は特に乾燥化が進んでいるが、湿度は生物が生息するために必要な要素。そんなふうに(乾燥などが原因で)排除される昆虫や生物が出てくると、周りの環境に対する影響は大きい」「東京の中で一カ所『皇居だけ』みたいに自然があふれているというのも、ロングスパンで見たとき実は理想的な状況ではない。なるべく広い範囲でいろんな生物がいる方が生態系自体も持続しやすく、生物多様性も保たれる」


鼎談する(右から)林靖高さん、エリイさん、牧田習さん。生命やアートを長期的に捉える議論は尽きない=東京・渋谷(撮影・猪狩みづき)

 ▽命を超えたスパン

 エリイ「牧田さんの『人間本位』ではない考え方は今や世界の共通認識だ。あらゆる生き物の視点を取り入れることで真の創造力が問われる」
 牧田「どんな動物も単一で生きることは無理。編み目の中で存在している。毛虫やイモムシを減らしてチョウだけを増やそうというのは無理な話。ゴキブリでもどんな虫でも、人間が思っているよりずっとキャパがある。人間も生態系の一部なので、虫がいなければ人間も生存できない」

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 エリイさんが「牧田さんは(研究の観点から)どれぐらいのスパンで物事を捉えているのか?」と問うと、牧田さんは「地球の歴史はすごく長いので、短くても10~30年、長くて何百年単位で考えて見えてくるものがある。その1年間だけの変化で見るのはなかなか難しい」と答えた。
 「大きいスパンで考えているのは、自分たちの作品の制作活動と似ているかもしれない」と林さん。エリイさんも「自分たちの命を超えたスパンで物事を捉えて、制作をする時は現時点のみでない視点を取り入れた作品にする。時間の経過や起きた事によって作品の見え方が変わっていく」と話し、「500年後の人がチンポムの作品を見たら、『あのころの東京の人はなにを考えていたのかな』ということが見えてくるのかなと思う」。
 今後の活動について、林さんは「昨年テーマにした『奈落』を掘り下げていくというのはあるかもしれない」と、エリイさんは「一つの展覧会や作品づくりはゴールではない。流れゆく命のうちの一つであり、全ては流動的だ」と話す。生態系や命の存在を実感し、都市や地域、人間やあらゆる生物、アートが持つ本来の可能性を見つけたい。

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