なぜ共産党なのか?習近平氏の出した答えが「強い中国」 垂秀夫前駐中国大使が解説する「四つの視座」とは【中国の今を語る(1)】
47NEWS / 2024年5月16日 11時0分
中国の強権的な習近平体制は、突然誕生したわけではない。当然ながら共産党としての歩みがあり、故鄧小平氏がつくった集団指導体制からの連続性の中で出てきた。その連続性を理解しないといけない。中国問題も社会科学だ。さまざまな社会事象の中に法則性を見つけ出すアプローチが大切。私はそれを“視座”と呼んでいる。「変わる中国」と「変わらない中国」という側面がある。「問題提起」と「命題」は変わらない。だが、その「答え」は常に変わってくる。これが大事なポイントだ。(聞き手・共同通信中国総局長 芹田晋一郎)
▽「豊かになるから」と答えられず
第1の視座は、中国共産党の正当性の問題。中国はわれわれの体制とは明らかに違う。選挙がなく民主主義体制ではないので、なぜ共産党がこの広大な中国を統治しているのかについて、人民に答えなければいけない。
建国当初、毛沢東の時代は「なぜ中国共産党なのか」の答えは、旧日本軍と戦って建国した、立ち上がったからということだった。この正当性の問題についてそれほど大きな疑義を挟まれることはなかった。建国の英雄だったからだ。
ところがその毛沢東自身が、1950年代から大躍進や反右派闘争という失敗を犯し、1960年代になると文化大革命に入って、相当おかしくなり、1970年代になると通用しなくなってきた。文革が終わり、信用していた共産党を、もう信用できなくなってきた。その時に鄧小平氏が台頭した。鄧小平氏は共産党についてくれば「豊かになれる」という新たな答えを出した。つまり「なぜ共産党なのか」という命題は変わらないが「答え」が変わったということだ。
私の言う「鄧小平時代」は、鄧氏および彼に続く江沢民元国家主席、胡錦濤前国家主席時代も含めている。この時代は「豊かになる」という道を突っ走った。共産党の連続性があるので、習近平国家主席の時代になっても「なぜ共産党なのか」に答えなければならない。その命題は変わらないので。だが「豊かになるから」とは答えられなかった。胡錦濤時代の後半あたりから、高い経済成長が保てなくなってきていたからだ。
(左から)毛沢東、鄧小平氏、習近平氏
そこで習近平氏が出した答えは「強くなる」「強い中国」だった。これによって国民をひきつけようとした。あるいは「中華民族の復興」「中国の夢」とうたって、人民を鼓舞しようとした。これが、習近平氏の正当性。共産党の連続性の中にあって、ずっと変わらない命題があり、それぞれの時代背景に応じて、それぞれの指導者が答えを出してきた。
だから習近平氏にとって台湾問題も大切になる。中国建国は毛沢東のレガシー(政治的遺産)。香港返還は鄧小平氏のレガシー。習近平氏がレガシーを考えるときに、台湾問題であることは間違いない。ただ経済がここまで悪くなって、軍の腐敗汚職が極めて深刻な状況になっており、今は戦争をできる状況にはない。
▽「党」が「人」に変わった
第2の視座は、習近平氏の時代になって「一党支配」が「一人支配」になったこと。鄧小平氏は、本当は“ミニ毛沢東”にもなれたが、あらゆる自分の個人的権力、権威を使って集団指導体制を作った。集団指導体制なので、共産党トップが誰でも国を率いることができるようになった。一党支配だ。
ところが習近平氏がトップになった時に漢字で言えば「党」が「人」になっただけだが、全く似て非なるものになった。共産党は表面的には何も変わっていないにもかかわらず、政策決定過程は大きく変わった。最高指導部である「政治局常務委員」の7人は、党規約上は基本的に全員が同格だ。今は、習近平氏以外の6人は習氏の部下になった。以前は「班長制」と言って、7人にそれぞれの担当があった。今は習近平氏には担当がない。全てを担当するから。
中国軍の情報支援部隊創設式典で演説する習近平国家主席=4月19日、北京(新華社=共同)
しかし習近平氏も1人の人間で、1人で決められる能力も時間も有限だ。決められない部分が山ほどある。その決められない部分が一体どうなるのか。大きく分けて二つある。一つは、事なかれ主義で、待ちの態勢になる。何も決まらないから何もしない。もう一つは、きっと習近平氏ならこうするだろうと、いわゆる忖度。「事なかれ主義」と「忖度」がはびこることになる。
かつては党政治局員の誰かが間違っても、その1人の問題として処理することで、共産党としては誤っていないというストーリーがつくれた。党の無謬性。だが今は1人。その1人が誤ることはない、失敗することはないというストーリーになってしまい、神格化につながっていく。それでも1人支配の方が効率よく強い中国を作れるし、なおかつ、そうしないと、この危機を乗り越えられないと考えているのだろう。
離任を前に記者会見する垂秀夫駐中国大使=2023年12月4日、北京の日本大使館(撮影・石井健、共同)
▽国家戦略目標が「国家の安全」に
第3の視座は、習近平氏にとって「国家の安全」が最重要になっているということ。つまり国家戦略目標が鄧小平時代の経済建設から国家の安全に変わったということだ。これが現代的意義にとって最も大切な点である。われわれが常に中国について見誤っているのは何か。中国を見るときに、どうしても“鄧小平中国”を想定している。だから「経済が悪い」とか「なぜ戦狼外交ばかりやるのか」という考え方になる。
鄧小平時代は国家の戦略目標である経済発展のために、安定した国際環境が必要で対米関係や対日関係も比較的安定した政策を採った。なおかつそれが社会の安定につながった。ところが、胡錦濤氏の時代になって、経済成長が減速しただけではなく、三つの大きな問題も出てきた。(1)腐敗汚職の問題が深刻化し(2)環境破壊がとてつもなく進み(3)経済格差があまりにも広がった。それによって社会不満も非常に強まった。
当局が発表している数字でも1日数百件の「群衆性事件」、いわゆる暴動、デモが起きた。2008年12月18日に、胡錦濤氏は「政権与党としての中国共産党の地位は永遠でも不変でもない」という極めて深刻なスピーチを行った。そこまでの危機意識があった。その後でバトンタッチされた習近平氏も同様の問題意識を持っていた。
閑散とする北京市内の商業施設=2023年11月30日(撮影・武隈周防、共同)
それに対する習近平氏の答えは「中国を強くする」ということだった。高い経済成長はもう達成できないし、経済建設よりも大事なものは「国家の安全だ」という考えになった。あるいは「党の安全」や「体制の安全」だ。先の三つの問題に対しては、まず反腐敗を徹底的にやった。環境問題も大幅に改善した。経済格差については、貧困層対策をして「絶対的貧困」はなくなったと宣言し、富裕層に対しては「共同富裕」をスローガンに多額の寄付をさせた。
強い中国を目指し、国家の安全を守るための外交となると「戦狼外交」になる。だから対米関係でも対日関係でも衝突する。習近平氏は既に彼なりの答えを出しているが、彼の認識と、外から中国を見た時の認識のギャップが非常に大きい。
今、なぜ経済がここまで悪いかと言うと、この体制から来ている。かつての党の無謬性が、今は1人の無謬性になっている。たとえ経済政策を間違ったとしても、認めることはできない。経済低迷が体制から来ている以上は、政策転換に相当な時間がかかるし、それまでに大変な状況になるだろう。
ただ習近平氏からすれば、暴動も起きておらず「国家の安全」が保たれているので、国家運営はうまく行っていると考える。彼自身の答えとして今の政策に突き進んでいるのだから、今の中国を変えようとしても変わらない。
▽覇権ではなく「被害者意識」
第4の視座は、1840年のアヘン戦争以降の被害者意識。なぜ中国があれだけ痛めつけられたのかということに対して、「あの時代には力がなかったからだ」という答えを出した。だからこそ「今は力が必要だ」という考えになっている。
「中国は覇権を求めている」とよく言われるが、私は全く同調できない。中国は一切覇権をやっているつもりはない。中国は常にいじめられている、痛めつけられている、取り囲まれていると思っている。それへの対処が、昔のように弱い国だったときは、周辺国が「中国は被害者意識が強い」と思うぐらいだったが、今はこれだけ政治的にも軍事的にも経済的にも強い国になって、まだ被害者意識を持って、中国自身がそれを一生懸命ひっくり返そうとしている。
南シナ海で中国海警局の船(右上)から放水砲を浴びるフィリピンの補給船の映像=2024年3月23日(フィリピン軍提供・AP=共同)
そうすると、われわれからは覇権的行為に見える。南シナ海や東シナ海での動きもそうだ。昔は、例えば沖縄県・尖閣諸島の周辺でも、公船を送る能力がなく、全部日本にやられたと思っている。南シナ海も、ベトナムやフィリピンに昔やられたと思っている。国際社会では、多くの人が「中国が領土を取りに行っている」と考えているが違う。中国はやられたと思っている。被害者意識だ、全て。ただ、力を持っている者がやり返したら、覇権に見える。中国の外と中で認識が全然違う。
経済大国になって、政治的にも力を持ってきたときに、どう見ても今は米国主導の国際政治経済秩序で、これは合理的でも公平でもないと認識するようになった。「グローバルサウス」と呼ばれる新興国・途上国にとって、とりわけ中国にとって、公平かつ合理的な秩序を作る必要があるという認識がある。
中国は、米国からあれだけ制裁関税を課された。自立したサプライチェーン(供給網)をつくろうとしているのは「経済産業の安全」の問題で、全ては「国家の安全」につながっている。自分たちを守るためだ。ただ中国からすれば「覇権」のつもりはなくとも、われわれからすれば、それは経済的威圧だ。
インタビューに答える垂秀夫・前駐中国大使=2月28日、東京都内(撮影・尾崎純子、共同)
新型コロナウイルス禍で、中国は世界中にワクチンを配って「ワクチン外交」をやった。各国の指導者にとって、ワクチンを集めれば自分の支持率につながる。それで各国の内政を助けた。習近平氏は、アフリカなどのほぼ全ての途上国の大統領や首相と電話会談をした。米国も日本もやっていない。
日米欧など西側諸国は「対中包囲網構築」と考えているが、今囲まれているのは西側だ。中国はグローバルサウスとの関係で大成功している。「大家族」対「小グループ」の対立軸。それを日米などは過小評価している。中国の外交は、一部だけを見て「覇権だ」「戦狼だ」というのではなく全面的な理解が必要だ。
× × ×
垂秀夫氏(たるみ・ひでお) 1961年、大阪府出身。海外勤務は中国本土4回、香港1回、台湾2回で、外務省の中国語研修組としても極めて異例の経歴を歩んできた。幅広い人脈や情報収集能力に定評があり「中国が最も恐れる男」と称されることもある。2020年9月から3年余り、中国大使を務めた。写真撮影はプロ級の腕前で、退官後に写真家に転身。今年4月から立命館大教授。
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