「空の女王」ジャンボ、目の前で見られるラストチャンス到来か 沖縄にある国内唯一の整備専門会社が見学ツアー検討
47NEWS / 2024年6月3日 10時0分
かつて「空の女王」とも呼ばれ、ANAやJALをはじめ、世界中で主力として活躍した超大型機「ボーイング747」(通称ジャンボ)。次々に運用を終え、国内では成田空港を拠点とする貨物専門会社「日本貨物航空」(NCA)しか運航しておらず、なかなかお目にかかれない。機体の製造も終了したが、沖縄で間近に見られる最後の機会が訪れようとしている。今年1月、那覇空港にある国内唯一の航空機整備専門会社がNCAから整備業務を請け負い、格納庫での整備見学ツアーを模索し始めたからだ。一体、目の前ではどんな光景が広がるのか。成田で始まった整備の詳細や、那覇へのジャンボ受け入れに至る水面下の奮闘を取材した。(共同通信=宮本寛、桑折敬介)
▽半世紀の歴史に幕
昨年1月、ジャンボは最後の1574機目が米アトラス航空に引き渡され、半世紀余りの歴史に幕を下ろした。1967年から製造され、70年代の空の大輸送時代を支え、日本でも海外旅行が身近になった。前方が2階建てでエンジンは4基。旅客機では最大乗客数500人超で、優雅な姿から「空の女王」とも呼ばれた。
だが、脱炭素化を背景に航空機の主流は燃費性能が優れたエンジン2基の中・小型機にシフトチェンジ。格安航空会社(LCC)の成長もあって徐々に需要が低迷していった。JALでは2011年、ANAは14年に全機を引退させた。
ボーイング777や787、エアバスA350に主役の座を譲ったジャンボだが、NCAだけは747―8F(Fは貨物専用機のフレイターを指す)を運航する。747の改良型「747―8」は全長が76・3メートル。尾翼の高さは地上19メートルを超える。
▽きっかけは不具合救援
そんな超大型機を迎え入れようとしているのが航空機整備専門会社「MRO Japan」(MJP)だ。
全日空グループなどの出資で2015年に大阪(伊丹)空港で設立された。沖縄県が建設した格納庫を借りる形で19年に那覇空港に拠点を移した。
航空機整備専門会社「MRO Japan」の看板=1月、那覇空港
航空会社は定期的に必要となる長期間の点検や修理を低コストの中国や香港、シンガポールに外注するのが一般的だ。だが新型コロナウイルス禍で国内の航空会社が海外に委託しづらくなり、MJPが代替需要を取り込んだのだ。
これによって、2020年度に売上高が前年度比4・7%増の27億円となり、当初目指していた21年度からの黒字達成は1年前倒しとなった。その後も機体の塗装作業や海外の航空機整備を新たに請け負うなどして成長を続けている会社だ。
そして沖縄と千葉にある両社が接近するきっかけは、21年10月に発生した機体不具合の救援だった。
飛行中のNCA機に突如、不具合が発生。那覇空港に臨時で着陸した際、成田から派遣されたNCAの整備チームを迅速にサポートして機体を送り出したのが、那覇に整備施設を持つMJPだった。これを機に、両社は22年にパーツ整備の契約を締結。そして今回の提携に至ったという。
今年1月10日、NCAとの調印式に続いて行われた記者会見でMJPの高橋隆司社長はこう切り出した。
「今回の契約を受け、成田空港に整備士を派遣してエンジン交換などの整備をし、そしてジャンボを沖縄に運んでペイント(塗装)したい」
続いてNCAの小堀寿亮専務が言及した。「将来的には那覇空港での重整備もあり得る」
調印式で写真に納まる「MRO Japan」の高橋隆司社長(右)と、日本貨物航空の小堀寿亮専務=1月、那覇空港
▽「着陸できません」
華々しく打ち上げられたかに見える那覇へのジャンボ誘致だが、そこに至るまでには高い壁を乗り越える必要があった。原因はやはりその大きさだった。
そもそも、ジャンボの整備を請け負うという話は2022年秋ごろにMJPに舞い込んだという。それまで小型機を中心に整備してきたMJPはこの情報に沸き立った。
航空機整備専門会社「MRO Japan」の格納庫=1月、那覇空港
社内態勢の構築を進める中、事態が一変したのは翌2023年夏のことだ。国土交通省航空局の担当者はこう明かす。
「一度は『着陸は難しい』と指摘しました」
一体、どういうことか。国交省の説明はこうだ。
実は各空港ごとに離着陸できる機体の大きさが決められている。かつて国内外を飛び回った747―400と比べ、最新の747―8Fは全長が5メートル、翼幅が4メートルほど長くなった。そのため国の規定では、緊急時を除いて那覇では8Fの運航が認められていなかったのだ。
それでもMJPは諦めなかった。合い言葉は「なんとか沖縄へ」。ANAからも国を説得するためのアドバイスをもらったという。ANAは2021年、ジャンボより大きい総2階建てでエンジンも4基搭載のエアバスA380を遊覧飛行のために那覇空港に降り立たせていたからだ。
航空機整備専門会社「MRO Japan」の格納庫=1月、那覇空港
MJPはこのように説得し、国との交渉を進めたという。
「定期便ではないことに加え、発着は年に数回だけで、他の旅客機が少ない夜間に限定します」「出発が遅れた場合には取りやめにします」
交渉を重ねた末の2023年11月末、国は「安全上、問題はない」として、ゴーサインを出した。国交省関係者によると、実は国側としても、当初から「認可には前向きだった」という。沖縄の地で航空産業を発展させるという意義を国が重く見たとも言える。
そして6月中にも、このNCAのジャンボが初めて那覇空港に降り立つとの情報もある。
那覇空港。右端は第2滑走路(共同通信社機から)
▽間近で見るジャンボ
「おはようございます」。1月末、寒さが身に染みる朝の成田空港に十数人のMJPの整備士たちが集結していた。初めてのジャンボ機整備に向け、前日に沖縄から成田に入っていた。
NCA本社に到着すると、ヘルメットとベストを着用し、いざ格納庫へ。自動ドアを抜けると、すぐに巨体が飛び込んできた。
そろいの作業着姿で、打ち合わせを始める。「頭上、足元、注意、よし!」。かけ声とともに、整備士たちがそれぞれの作業場に散っていく。この日の整備は約1000時間の飛行ごとに行う「A整備」だ。
「グウーン」という腹に響く音とともに、4つのエンジンのカウル(カバー)が開く。整備のリーダーで1等航空整備士の吉田真吾さんが説明する。「開いたカウルが急に閉じないよう固定します。まだ作業前の準備です」。
作業内容はエンジンや車輪などの点検やオイル交換だ。金づちやドライバーといった工具ひとつにも管理は厳密で、工具箱から、出しては戻し、を繰り返しながら作業は進んだ。
突然、「これ、どうぞ」と耳栓を渡される。すると、エンジンに点火する直前まで回転させる「ドライモータリング」が始まった。油漏れがないか、コックピットの表示は正しいかをチェックする。4基のエンジンを順番に回すと、「キイーン」という特有の回転音が響いた。
ジャンボ機のエンジン部分で作業する整備士=1月、成田空港
新たな整備に乗り出すに当たって、乗り越えなくてはならない法的な側面もあった。整備士の訓練には何が必要か、どんな道具が必要か―。航空機の整備の要素は「4M」と呼ばれる。メソッド(方法)、マテリアル(材料)、マシン(設備)、マン(人)だ。品質保証部の小林優貴さんは必要な社内態勢構築や官公庁とのやりとりを担当。「国土交通省の認可をもらうために飛び回りました」と振り返る。
整備リーダーの吉田さんは表情を引き締めてこう強調する。「トラック運転手の不足など物流問題に注目が集まる中、航空貨物の需要は高まるでしょう。その中でNCAの機体に携わることは大変光栄です」
普段は那覇空港が拠点で、沖縄出身の山端大智さんは恥ずかしそうに打ち明けた。「やはり寒かったです」。それでも力強く今後を見据えた。「手順に沿って正確に作業することに変わりはありません。一つ一つの確認を大切にする整備士を目指したい」
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