「不当廉売」の結果は?アメリカ・ボストンで〝訳あり商品〟の地下鉄に乗車 脱線やバッテリー爆発も、中国メーカー製の乗り心地は…「鉄道なにコレ!?」【第63回】
47NEWS / 2024年6月6日 10時0分
中国の国有企業で世界最大の鉄道車両メーカーの中国中車が、アメリカ向けで初めてとなる東部マサチューセッツ州ボストン都市圏の地下鉄車両の納入を始めてから約5年が経過した。運行開始当初から脱線したり、バッテリーが爆発したりといったトラブルが相次ぎ、たびたび運行中止に追い込まれる「問題児」(運行当局職員)となっている。入札時には川崎重工業グループなどの競合企業を2~5割下回る金額で受注して「ダンピング(不当廉売)だ」との衝撃が走ったが、今や安かったのは〝訳あり商品〟だったからとの受け止めすら出ている。一方、入札で中国中車に敗れた川崎重工は同じく東部にある大都市ニューヨークの地下鉄の新型車両を納入しており、両方に乗った印象は「全く別物」だった。(共同通信=大塚圭一郎)
※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。
【中国中車】中国国有の鉄道車両メーカーで、2023年12月期決算の売上高が2342億元(約5兆円)と業界の世界最大手になっている。本社を首都の北京に置く。中国北車と中国南車が15年に合併して誕生しており、合併の背景には、世界で2番目の経済大国である中国の習近平国家主席が2013年に提唱した中国と欧州やアジアを結ぶ広域経済圏構想「一帯一路」の推進に向けた競争力強化があったとされる。
一帯一路はインフラ整備などを通じて域内の経済を発展させるとともに、「親中国圏」を広げて世界最大の経済大国のアメリカなどに対抗する狙いがあると指摘されている。推進に向けた一環として、インフラ整備のための融資を提供するアジア向け国際開発金融機関のアジアインフラ投資銀行(AIIB)も中国が主導して2015年に設立された。
一帯一路の目玉となったのが、日本勢を破って中国が受注したインドネシアの高速鉄道建設だ。中国中車が車両を製造し、計画より4年遅れの2023年10月に開業した。
アメリカ・ボストンの街並み=2024年4月27日、マサチューセッツ州(筆者撮影)
▽「赤字受注は間違いない」安すぎる応札額
ハーバード大やマサチューセッツ工科大(MIT)などの大学が立地し、製薬・バイオテクノロジーなどの研究拠点も集積する学術・研究都市として名高いボストン都市圏。この地域の公共交通機関を担うマサチューセッツ湾交通局(MBTA)は、地下鉄と路面電車を計5路線走らせており、うち地下鉄路線「オレンジライン」と「レッドライン」の老朽化した電車の置き換え用車両の発注先を選ぶ入札を2014年に実施した。
オレンジライン用車両「1900系」とレッドライン用「1400系」の計284両の製造で4社が競い、5億6660万ドル(現在の為替レートの1ドル=155円で約880億円)とダントツの安値で白羽の矢が立ったのが中国中車に合併前の前身企業だった。2番目に安かった韓国の現代ロテム(7億2060万ドル)を約21%下回った。
中国中車の応札額は、川崎重工の9億490万ドルより約37%安く、フランスのアルストムが2021年に買収した旧ボンバルディア・トランスポーテーションの10億801万ドルを約44%下回った。
敗れた川崎重工の関係者は「中国中車側の応札側は安過ぎ、赤字受注なのは間違いない」と打ち明ける。根拠として「1400系と1900系は車両の大きさが異なり、しかも発注した車両数が少ないためコストが高く付く案件だからだ」と指摘する。
確かに全長は1900系が約21・3メートルなのに対し、1400系は20メートルとJR在来線の大都市圏の通勤電車と同じだ。全幅も1900系が3メートル余りだが、1400系は約2・8メートルにとどまる。しかも中国中車は地元の雇用創出のためにマサチューセッツ州に組み立て用の工場を建設し、多額の初期投資を伴う。
別のメーカー関係者は「国有企業の中国中車は、中国政府から補助金を受け取れる立場にあり、のどから手が出るほど欲しかったアメリカでの納入実績を手に入れるために赤字受注も辞さなかったのだろう」との見方を示す。
マサチューセッツ湾交通局(MBTA)の路線図=MBTAのサイトより
▽走行中に開く扉、脱線、バッテリーの爆発「一皮むくと腐っている」
マサチューセッツ湾交通局(MBTA)は発注を計404両に上積みし、中国中車の受注額は計8億7千万ドルになった。オレンジライン用の1400系は2019年、レッドラインの1900系も21年にそれぞれ登場したが、トラブルが相次いだことで知人のMBTA職員は「一見すると銀色に輝いている車体は、一皮むくと腐っている」と揶揄した。
オレンジラインで運行を始めた1400系は2019年に営業運転を始めて早々に、運転中に扉が突然開いたり、床下から異常音がしたりする問題が起きて出ばなをくじかれた。21年3月には走行中に脱線し、幸いにも負傷者の報告はなかったものの全ての中国中車製車両の営業運転を約5カ月にわたって停止した。
2022年5月にブレーキ部分のボルト取り付けが不適切だったことが発覚し、続いて22年6月に車庫に停車中だった車両のバッテリーが過熱して爆発するトラブルが発生。中国中車製車両の営業運転を再び見合わせる事態となった。
地元メディアのボストン・ヘラルドは2023年5月、中国中車が新造車両を納入する前のMBTAによる点検で台枠にコネクタが垂れ下がっていたり、装飾が不完全だったりといった不備が相次いで見つかったと報道。MBTAの技術部門幹部は中国中車の生産担当幹部に抗議文を送り、「なぜこのようなプロセスの問題が起こり続けるのか?」と問うた。
MBTAは納期が大幅に遅れていることにも不満を募らせている。2024年初めの時点で導入されたのは1400系が106両、1900系が14両の計120両と、404両の納入を完了予定だった23年9月を過ぎても3分の1に満たない。
MBTA1400系の扉の上に張られた路線図=2024年4月28日、米マサチューセッツ州(筆者撮影)
▽実際に乗車すると…けたたましく耳障りな電子音
果たして中国中車はどんな乗り心地なのかを確認すべく、ボストン中心部のステート駅からボストン近郊の住宅街にあるオークグローブ駅まで利用した。先頭を真っ黒にした1400系はどんくさい印象で、川崎重工が製造を進めているニューヨーク地下鉄の新型車両「R211」(本連載第48回参照)がLED照明を駆使して近未来感を醸し出しているのとは大違いだ。
混雑時の乗降を円滑にするために両開き扉の幅を広くしているのは共通なのだが、1400系で気になったのは停車駅ごとに扉の両脇にある赤いランプと連動して「ピーポー、ピーピーピー…」と鳴り響く電子音だ。扉が閉まる際には「ピピピピ」と音の感覚が狭まり、余りの高頻度なので耳障りなのは否めない。
MBTA職員は「電子音の導入は視覚障害者を誘導するために基準が定められているが、同じく基準を満たしたR211はあんなにけたたましい音は鳴らない」と指摘する。しかもR211は扉が開いた際に脇にある縦長のライトが緑色に光って乗降できることを知らせる一方、扉が閉まる時はライトが赤色に変わって駆け込み乗車をしないようにいさめるが、そのようなエッジが効いた装備はMBTAの1400系にはない。
車内の扉の上を眺めても、R211がカラー液晶画面で行き先や停車駅を分かりやすく案内してくれるのに対し、1400系は昔ながらの路線図のステッカーが貼り付けられているだけだ。
MBTA1400系の天井にある案内表示=2024年4月28日、米マサチューセッツ州(筆者撮影)
▽もたれかかれない、寝過ごし防止用いす!?
外側の側面や車内の天井にある行き先表示もニューヨーク地下鉄のR211がカラーで鮮明に案内するのに対し、MBTAの1400系はオレンジ一色で表示した単調なもの。色は路線名のオレンジラインと合わせているものの、前時代的な印象をぬぐえない。
これも路線名と引っかけたオレンジ色のロングシートに腰かけると、驚かされたのは背もたれが低いことだ。繊維強化プラスチック(FRP)製の堅い座り心地で、もたれかかることすらままならない。まるで公園に急いでこしらえた安上がりなベンチのようで、「乗客が目的駅の先まで寝過ごしてしまうのを防ぐ配慮だろうか」と勘ぐってしまった。おそらくはコストを抑えたので安普請なだけであろうが…。
R211の座席もFRP製のロングシートではあるものの、背もたれはしっかりしているため野球場のいすに匹敵するような一定の品質を確保している。
これらの車両の座席が堅いFRP製なのは同情の余地がある。必ずしも治安が良くないアメリカの大都市では、日本の鉄道車両で一般的に使われるパイル織物「モケット」は「汚されたり、刃物で損傷されたりしかねないために使用を避けている」(日本の鉄道車両メーカー関係者)という。
MBTAの1400系は立っている利用者向けのつり革があるが、日本の鉄道車両に見られるような握るための持ち手はない。合成樹脂の輪が上部の手すりからつり下がっているだけで、客室デザインの安っぽさに輪をかけている。
MBTA1400系の車内=2024年4月28日、米マサチューセッツ州(筆者撮影)
▽「悪い買い物だった」納入遅れで中国中車に約230億円追加支給
中国中車からの受領が大幅に遅れていることに焦燥感を募らせたMBTAは今年4月、このままでは納入完了は2029年になると試算し、27年末までに納入が完了させることを条件に中国中車に対して1億4800万ドル(約230億円)を追加支給することを決めた。
知り合いのMBTA職員は「中国中車が納期を破ったのだから多額の損害賠償をせしめればいいのに、どうして盗人に追い銭をやらなければいけないのか?」と憤る。
これで中国中車への404両の支払総額は10億ドルを超え、1両当たりの平均価格は現在の為替レートの日本円換算で4億円程度となった。皮肉なことにこの平均価格は、入札で川崎重工が提示していた約3億7千万円を上回る。
川崎重工業グループが製造したニューヨーク地下鉄R211の外観=2024年5月1日、米ニューヨーク(筆者撮影)
中国中車製車両はもはや「安値」とは言えず、利用者の安全性を脅かしかねないトラブルを起こしてきた上に、納期も大幅に遅れている「三重苦」をMBTAは抱え込んだ。アメリカの製造業関係者の「悪い買い物だった」という評価には合点がいく。
対照的にニューヨーク地下鉄のR211は乗り込んだ女性客が「これがニューヨークの地下鉄の未来なのね!」と興奮する様子が見られるなど、洗練されたデザインと優れた乗り心地が反響を呼んでいる。
「MBTAも価格一辺倒ではなく、技術力や実績も正当に評価して川崎重工を選んでいれば『良い買い物』ができただろうに」と考えてしまうのは日本人ゆえであろうか。
川崎重工業グループが製造したニューヨーク地下鉄R211は、扉が閉まる際にLED照明が赤く光り、扉の上にあるカラーの案内表示も見やすい=2024年5月1日、米ニューヨーク(筆者撮影)
※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!
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