56時間黙秘を貫く元弁護士に、検事は「ガキ」「お子ちゃま」と迫った 精神的拷問か、必要な説得か。国を訴え、映像を公開して世に問う「取り調べ」
47NEWS / 2024年6月11日 10時0分
黙秘すると言っているのに、検事が取り調べを続けることは許されるのだろうか―。こんな問題意識から、元弁護士の江口大和氏(38)が国に対して損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。検察に逮捕され、21日間で56時間以上に及ぶ取り調べの間、「ガキ」「お子ちゃま」などと言われつつも黙秘を貫いた当事者だ。江口氏側は裁判でこうした取り調べを「精神的拷問」と表現。国側は「真実を供述するよう説得しようとしたものだ」と反論しており、裁判所がどう判断するか注目される。7月18日に予定される判決を前に、裁判がどのような経緯をたどったのか、そして江口氏が受けたとされる「拷問」がどんなものだったかを振り返ってみたい。(共同通信=帯向琢磨)
▽黙秘する理由と検事側の理屈
「あなたの弁護士観っていうのはね。ガキだよね」
「どうやったらこんな弁護士ができあがるんだ」
記者が裁判所で訴訟記録を閲覧して確認した映像では、目をつむりながら微動だにしない江口氏に対し、年上の検事が延々と叱責する様子が映っていた。映像の一部は、弁護側の訴えを受けて公開の法廷でも流された。
江口氏は2018年、無免許での死亡事故を巡り関係者にうその供述をさせたとして、横浜地検特別刑事部の独自捜査により犯人隠避教唆罪で逮捕・起訴された。無罪を争ったが23年に最高裁で執行猶予付きの有罪が確定し、弁護士資格を失った。
今回の訴訟を起こすことで「負け惜しみじゃないか」「結局有罪になっている」という批判が起こることを懸念しつつ、それでも見逃すことができない問題だと考えているという。
インタビューに答える江口氏=2023年10月24日、東京都千代田区
そもそもなぜ黙秘が必要なのか。江口氏は、説明することで起訴を免れる可能性がある場合など弁解した方が良いケースもあるとした上で、今回は起訴される可能性が高いと考えていたため「捜査段階で供述すると、先回りして言い分をつぶす捜査をされることもある。自分の弁解は公判で述べれば良い」と説明する。
一方、黙秘している容疑者に取り調べを続けることは刑事訴訟法に根拠規定があるとされ、「取り調べ受忍義務」と呼ばれる。国側は「人権を侵害した取り調べは許されない」としつつも、「真実を述べるよう説得することは許される。江口氏側の主張は検事の発言の一部を切り取っただけだ」と違法性を否定する。
▽取り調べ映像が証拠で出て来る異例の展開
2022年3月に提訴した江口氏側の主張は次のようなものだ。
(1)逮捕直後に「これ以上話すことはありません」「黙秘に入ります」と言ったにもかかわらず取り調べが続けられたのは黙秘権侵害
(2)検事が刑事裁判の弁護人と江口氏の信頼関係を壊すような発言を繰り返したのは弁護人依頼権侵害
(3)検事が「ガキ」などと人格や弁護士としての能力を侮辱したのは人格権侵害
江口氏側は、取り調べの在り方が問題となる以上、取り調べを録音・録画した媒体を提出するべきだと求めた。国側は当初拒んだが、裁判所の勧告を受けて2時間20分のデータを証拠として提出した。取り調べの録音・録画映像が民事訴訟の場に証拠として出されるのは極めて異例のことだ。
東京地裁が入る合同庁舎
▽微動だにせず一言も発さなかったが…
記者は昨年10月、2時間20分にわたる映像を確認した。
最初の場面は逮捕されて4日目。映像は2画面に分かれ、一方に江口氏、もう一方に検事を含めた部屋全体が映る。検事は黙秘権があることを告知してから取り調べを始めたが、目を閉じる江口氏に対し、黙秘をやめるよう迫った。「奥さんとか子どもさんにも迷惑が掛かるんですよ」
一言も発さないままその日の取り調べが終わると、検事は取り調べ状況を示した書面への署名を求めた。
江口氏「サインはしません」
検事「なぜそんなこともできない。弁護士だろ。ルール守ってくださいよ」
江口氏「怒鳴られたのでなおさらサインはしません」
検事「怒鳴ってないし。強く言っただけで。でも録音してるから後で分かるね」
緊張が走ったやりとりだったが、検事は録音していることを意識しているようだった。映像では机をたたいたり怒鳴り散らしたりすることはなかった。ただ、人格攻撃ややゆと取れるような言葉はその後も続いた。以下は検事の発言だ。
▽中学時代の成績を基に「論理性ずれている」
7日目 「あなたの言っている黙秘権って何なんですか。全然理解できないんだけども。あなた自身も分かってないんじゃないの」。(弁護活動について)「着眼点が修習生だね」「視野が狭い」
9日目 (トイレに行って戻ってくると)「取り調べ中断してすみませんでしたとか言うんじゃねえの、普通。子どもじゃないんだから。あんた被疑者なんだよ犯罪の」
12日目 「お子ちゃま発想だったんでしょうね、あなたの弁護士観っていうのはね。ガキだよね」「正しいものと正しくないものを見分ける感覚っていうのが異常に劣っている」
13日目 「どうやったらこんな弁護士ができあがるんだ」
14日目 「うっとうしいだけなんですよね。手ごわいなっていう感じにはならないんですよ」「僕ちゃん強くないし、弁護士として」「弁護士自体、資格がないんですよ、あなたには」
18日目 (江口氏の中学時代について)「中学校の成績を見ていたら、あんまり数学とか理科とか、理系的なものが得意じゃなかったみたいですね。論理性がずれているんだよな」。(人格について)「もともとうそつきやすい体質なんだから」「やっぱり詐欺師的な類型の人たちですよ」
▽法廷で公開映像、8万回再生
江口氏は取材に「まさか中学時代の成績まで持ち出されるとは思わなかった。人格や能力を否定して精神的に屈服させようという意図は分かっていたが、繰り返し言われ精神的ダメージがたまっていった。耐えなければと自分の中で繰り返し、反論したくてもぐっとこらえていた」と振り返った。
江口氏が勾留中に記載した当時のメモからは、自身の状況を冷静に分析しようと努めつつも、苦しい思いを抱いていたことがうかがえる。
「検事のやり方は、被疑者を人間性の面から批判し、その人間性が事件にも繋がっていると思い込ませ、事件も含めて全面的に自信を喪失させるというもの。つまりはマウンティングだ」
「黙秘すると、取調官は様々な悪い情報を吹き込んでくる。悪い情報を吹き込まれることが続くと、拘置所の閉鎖的環境も相まって、被疑者に対して暗示として働く」
江口氏が勾留中に取り調べなどについて記載したメモ(弁護団提供)
今年1月の弁論で、取り調べ映像が法廷で公開された。2時間20分のうち、さらに一部となる約13分だけだったが、傍聴席で聞いた人からは「よく黙秘を貫けた。自分なら耐えられない」といった感想も聞かれた。
弁護団は法廷で再生されたのと同じ13分の映像をユーチューブで公開。8万回以上再生されている。
弁護団が公開した取り調べの録画データ
裁判は4月に結審した。最後の意見陳述で代理人の宮村啓太弁護士は、取り調べの実態に迫る証拠調べだったと意義に触れた上で、こう訴えた。
「21日という日数を想像してほしい。来る日も来る日も罵詈雑言を浴びせられる。これが黙秘権が保障されている国の刑事実務なのか。裁判所が適法だとお墨付きを与えれば、全国の取調室で同じことが起きる」
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