習近平氏は「不運な」指導者?方向性見えず、強まる統制 中国分析40年の研究者が抱く危惧【中国の今を語る③】
47NEWS / 2024年6月13日 10時0分
「父親が中国共産党革命に参加した習近平総書記(国家主席)は『創業家一族』として大変な決意と迫力で反腐敗闘争を展開し党内の政敵を打倒した。一方で、集団指導体制による分業の弊害でさまざまな領域で汚職が深刻化しており、多くの党員は、1人に権力を集中させることで解決すべきと考えた。この二つが習氏による『1強体制』が生まれた要因だ」
約40年間にわたり、中国の政治や外交を第一線で研究し続けてきた高原明生・東京女子大特別客員教授が習指導部の思考回路を分析した。(聞き手・共同通信前中国総局記者 大熊雄一郎)
▽党内分裂
胡錦濤前指導部は2期10年続いたが、その後期の2008年に米国発の世界金融危機が起きて、中国ではチャイナモデルが世界を席巻するという機運が盛り上がった。中国で経済改革や政治改革などもはや不要で、外交は強気でいいという声が高まった。一方で政治改革を進めないと経済改革は貫徹できないという幹部もおり、真っ向から対立した。改革を進めるべきか否か、中国の将来にとって重要な命題について激しい論争が噴出した。
そういう党内分裂の状況下で習氏はトップのバトンを渡された。強い人物が党をまとめることへの期待もあった。ところが習氏が明確な方向性を示せているかというと、うまくできていない。論争は抑えつけられ、水面下でしか議論できなくなった。
胡錦濤国家主席(左)に声を掛けられる習近平国家副主席(いずれも当時)=2009年3月、北京の人民大会堂
▽国家安全観
習氏はある意味、運が悪かった。経済が減速し、環境問題が深刻化したタイミングでトップに立った。彼は歴史的な文脈で自身の政権を捉えようとし、毛沢東は民族を立ち上がらせ、鄧小平は豊かにし、自分は強くするのだと考えた。
重度の大気汚染の中、北京の天安門広場を訪れた観光客=2013年4月(共同)
そこで国内の治安と対外的な国家の安全を合わせた「総体的国家安全観」を打ち出した。習氏が経済発展より国家の安全を優先すると言ったことはないとみられる。ただ邦人拘束など、外国人からすれば自ら市場開放の足を引っ張るような治安対策を行っているように見える。
国家の安全を重視しているのは間違いないが、おそらく習氏には経済発展の順位を下げているという自覚はない。安全保障の観点から対米依存を減らしながらも、米国との協力は大切だと考えている。
総体的国家安全観によれば、最優先は政権の安全。政権の安泰を守るため社会統制を強化しており、国民は相当息苦しいだろう。新型コロナウイルスの感染を阻止するために地方の工場が封鎖された際、不満を爆発させた従業員が一斉に逃げ出す騒ぎがあった。多くの人が同時に行動を取ればいくら共産党でも軍でも止められない。
新型コロナウイルスの規制に対し、白い紙を掲げて抗議する人々=2022年11月、北京(ロイター=共同)
安定を実現するのは良いことだが、習氏の場合は方法論がおかしい。「同質化」を進める。新疆ウイグル自治区やチベット自治区、香港でも(多様性を排除し)漢族や大陸の政治体制との同質化を図った。力で不満を抑えつければ短期的な安定は実現できるだろうが、長期的にはどうだろうか。
中国新疆ウイグル自治区で反テロに向けた集会に参加する武装警察隊員ら=2017年3月(共同)
2019年11月、香港で抗議活動を行っていた若者(右)に銃を向ける警官。この後実弾を発砲した(香港メディア「丘品新聞」提供・共同)
▽対米競争というレンズ
国際秩序は本来、ルールや制度、価値観により形成されるが、中国が重視しているのは主に力の分配。「米国の一極支配から多極化を目指す」というのは、力の分配を変えたいからだ。中国の影響力を高めたいと考えている。メディア、言論の世界においても、自分たちは発言力がないと思い込んでいる。
米国とは戦略的競争に入ったとの自覚があるものの、当面は関係を安定させて、その利益を得ようとしている。米国への警戒感が強いのは間違いない。いつか自分たちの政権を転覆させようとしているという強迫観念が強い。
5月、シンガポールで会談したオースティン米国防長官(左手前)と中国の董軍国防相(右手前)(オースティン氏のXから、共同)
中国は世界の何を見るにも対米競争というレンズを通すようになった。対米関係が厳しい局面下で、日本と事を構えるのは有利ではない。対日関係を安定させるために「戦略的互恵関係」の枠組みを使っているのだろう。
沖縄県・尖閣諸島周辺海域や台湾海峡、南シナ海での中国の行動は全て日本の安全保障に関わる。近年、尖閣周辺に船を出してきたのは中国で、日本人が警戒するのは当然。もめ事があっても、手を出してはだめだというのが、日本が過去の戦争で得た教訓。船を出すなとしつこく言わなければならない。日本は中国の実力行使を抑止し、したたかな外交を実践しないと危うい。
握手する岸田首相(左)と中国の習近平国家主席=2023年11月、米サンフランシスコ(代表撮影・共同)
▽日本は研究の先頭に
私が中国の研究を始めた1980年代は日中友好の時代で、中国に行くと大歓迎された。政治も経済も良くなると中国人自身も思っていた。貧しかったが、明るくて幸せな時代だった。1989年に学生たちの民主化要求運動が武力弾圧されたいわゆる天安門事件で局面は変わり、政治統制が再び強化された。
1989年6月4日未明、当局の武装車両の上に乗る市民ら=北京(AP=共同)
中国を訪れる機会が増えれば、社会に対する理解が深まる。昔は中国に行けず、政策を追いかけて、それが実践されていると思い込む研究者もいたが、政策とその執行は異なることが分かってきた。その意味でも(反スパイ法などで)今後現場に行けなくなると困る。
インタビューに答える高原明生・東京女子大特別客員教授=2024年4月9日、共同通信本社で撮影(撮影・小島健一郎、共同)
日本は中国研究をもっと盛んにすべきだ。日本では中国理解への社会の需要に対して研究者が少なすぎる。日本にとっていろんな意味で中国は大事なのに。日本はアジアで初めに近代化し、さまざまな経験を積んできたため、他国に比して中国を理解しやすい面もある。また、日本人の特徴の一つは中国人の友人が多いこと。
世界から見ると日本は割とうまく中国と付き合っているイメージがある。日本人の見方に関心を持つ人が増えている。日本の中国研究者はもっと世界に貢献しなければならない。中国と共存共栄するためのノウハウをどう積み上げていくか。日本はその先頭に立っている。
× × ×
高原明生氏(たかはら・あきお) 1958年、神戸市生まれ。1981年東京大学法学部卒、1988年英サセックス大で博士号取得。在中国日本大使館専門調査員や立教大教授などを歴任し、2005年東大大学院教授に。今年3月末に定年で退職。約40年にわたり中国の政治・外交の第一線で研究に従事し、後進の育成にも尽力。4月から東京女子大特別客員教授。
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