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五輪控えるパリの「不都合な真実」。でこぼこの石畳、階段しかない地下鉄…花の都は「バリアー」だらけ

47NEWS / 2024年6月19日 10時0分

石畳の横断歩道

 夏に五輪・パラリンピックが開かれる「花の都パリ」は、障害者に優しくない街なのかも―。記者が実際に車いすユーザーとパリの街を歩いてみた感想だ。大きくうねった石畳は、記者がスーツケースを転がして歩くだけでも一苦労。同行者の乗った車いすはひっくり返りそうになった。
 地下鉄は網の目のように張り巡らされているが、車いすで乗れるのは1路線だけ。主要駅では人波をやりすごし、スリにも注意を払う必要がある。迂回に迂回を重ね、移動には通常の3倍の時間を要した。
 東京やロンドンは五輪・パラリンピック開催を機にバリアフリーが進んだとされる。「パリは大丈夫?」。記者が当事者と街を歩き、思いを聞いた。(共同通信=村越茜)

▽車いすパラリンピアンの実感は

 4月下旬、パリ近郊ナンテールの鉄道駅で、フランク・マイユさん(53)と待ち合わせた。車いすで暮らす元パラ競泳選手。1988年のソウル大会の銅メダリストだ。長年、フランスの障害者団体「APFフランスハンディキャップ」のメンバーとして、交通機関などのバリアフリー化を求め闘ってきた。


階段しかない地下鉄の入り口

 まずは競技やセレモニーの会場となる中心部のコンコルド広場へ向かうことにした。車いすでなければ約20分だが、マイユさんは苦笑い。「そう簡単じゃない」。コンコルド広場の最寄り駅に止まる地下鉄3路線は、どれも車いすでは利用ができないからだ。
 パリの地下鉄は1900年に開通。名所が集まる中心部を走り、パリジャンや観光客の主要な移動手段だ。しかし、1~14号線のうち、車いすで乗れるのは「14号線」だけ。ほかの路線は駅にエレベーターがなかったり、車両とホームの段差があったりして利用できない。

▽乗り換え、迂回、スリにも緊張

 コンコルド広場までどうやってたどり着けば良いのか。マイユさんとバリアフリー対応のルートを相談する。車いすで乗れる14号線の駅のうち、コンコルド広場に最も近い「マドレーヌ駅」に向かい、そこから移動することに決めた。


マイユさんの道のり

 まずは、鉄道で「シャトレ・レアール駅」へ行き、14号線に乗り換える必要がある。鉄道に乗ろうと駅の案内所に行って声をかけると、駅員が車両に乗り込むためのスロープをすぐに用意してくれた。「ここは顔見知りだからね。ほかの駅では存在をアピールしないと、長く待たされることもあるよ」
 「シャトレ・レアール駅」に到着。多くの鉄道や地下鉄が交差するマンモス駅だ。人波をやり過ごしつつ、乱立する案内表示を解読する。スリも多いと聞くので緊張感がある。乗り換えルートを見つけ出し、14号線に乗車。「マドレーヌ駅」で降りると、付き添いに手を引かれ構内を歩く白杖の女性を見かけた。床に点字ブロックはないようだ。

▽うねる道路、かかった時間は3倍

 マドレーヌ駅の出口からコンコルド広場までは約600メートルを歩く。石畳の路面が大きくうねっている箇所があり、マイユさんは慎重に車いすを走らせる。「ひっくり返りそう。電動車いすだからなんとかなるが、手動だったらまず無理だ」
 工事現場や段差は回り道して避けながら、ようやくコンコルド広場に着いた。五輪では即興でダンスを競い合う新種目「ブレイキン」や、東京で関心を集めたスケートボードなど都市型スポーツの舞台になる。パラリンピックでは開会式の会場。周囲では観覧スタンドの設置工事が進んでいた。期間中のにぎわいを想像しつつ、時間を確認すると午後4時。出発から1時間で、時間は通常の3倍かかった。
 次にブラインドサッカーや柔道などがあるエッフェル塔周辺へ向かう。移動手段は「完全バリアフリー」と言われているバス。安心して乗れると思いきやここにも壁が。マイユさんが「降りられないバス停もあるから注意して」と声をかけてくれた。
 路線図を見ると、車いすが使えないと表示された停留所がいくつもある。目的地に表示が無いことを確認。可動式スロープを出してもらい乗り込んだ。


パリのバス路線図。車いす乗降不可のマークが付いた停留所も多い(パリ交通公団のホームページより)

▽バリアフリー、なぜ進まない?


周辺が競技会場となるエッフェル塔とマイユさん

 無事にエッフェル塔に到着し、近くのカフェで一息つきながらマイユさんに改めて話を聞いた。パリでの五輪開催は3度目だが、パラリンピックは初めてだ。マイユさんは「自国開催は誇り」としつつ、「バリアフリー化に関してはレガシーがほとんどない」と残念がる。
 改善が進まないのはなぜなのか。パリを含むイルドフランス圏の交通当局によると、パリの地下には水道管やガス管が張り巡らされている。路線によってはバリアフリー工事に耐えきれず崩壊する危険性がある。そのため「地下鉄を完全にバリアフリーにするのは不可能」(当局幹部)なのだという。


ニコラ・メリーユさん

 この説明に当事者らは反発する。マイユさんと同じAPFフランスハンディキャップのニコラ・メリーユ評議員は「パリより古く、深く走っているロンドンの地下鉄は(2012年の)五輪・パラリンピックを機に改善された」と指摘。進まない原因を「政治的意志の欠如」と批判する。
 マイユさんは「高齢化するフランス社会でバリアフリーは障害者だけの問題ではない。大会を機に意識が高まってほしい」と思いを明かした。

▽背景にあるのは国民性の違いなのか

 パリ在住のウェブ開発者で車いすユーザーの市田享さん(59)にも話を聞いた。市田さんは昨年久しぶりに日本に帰国し、パリと東京のバリアフリー格差に改めて驚いたという。「東京では車いすでも地下鉄でどこでも行ける。エレベーターはちゃんと動くし、間違えてエレベーターのない出口に向かうと駅員さんがどこからともなく飛んできて教えてくれました」
 パリでの住まいは地下鉄駅に近い市内の住宅街。地下鉄を使うことはできず、車でも困ることは多い。例えばパリに多くある地下駐車場。駐車したのに地上へのエレベーターが故障していることが非常に多いという。妻富美子さん(54)は「駐車する前にエレベーターが動いているかを必ずチェックするようになりました」と話す。


市田さん夫妻

 日本ならすぐに修理され、放置しようものなら苦情が殺到しそうだ。なぜなのか。市田さんが常々感じているのは、「日本のような完璧なサービスは目指していないのかもしれない」ということだ。「フランス人だって故障はないほうがいいし、壊れたらすぐに直してほしい。でも『そんなもんだよね』という諦観があるのでしょう」
 困ることもあるが、市田さんはフランスの“緩さ”に居心地の良さも感じているようだ。理由を尋ねると「僕の主観ですが」と前置きしつつこんな答えが返ってきた。「日本の『完璧』を目指す姿勢は素晴らしい。でもそれを維持するためには誰かが大変な無理をしてるのではないかとも思うのです」

▽市井の人が支えるバリアフリー

 気さくなパリジャンに助けられた経験についても教えてくれた。まだ松葉づえを使って歩いていた若いころの話だ。地下鉄駅の階段を上っていたら「君はヒーローだ」と励まされた。ライブハウスの階段を前に諦めて帰ろうとしたら、断る間もなく屈強なスタッフが車いすごと担いでくれた。市田さんはそれを「市井の人が支えるバリアフリー」と表現する。
 それを聞いて疑問が浮かんだ。インフラのバリアフリーは日本の方が充実しているようだが、心のバリアフリーはどうなのだろう。話題は、車いすでの映画館利用を巡る「炎上事件」に及んだ。車いすインフルエンサーとして活動する女性が、映画館で車いすを持ち上げてもらい席に着いたところ、次は別の劇場で鑑賞するよう促され、「行き場のない怒り」などとSNSに投稿、批判が相次いだという一件だ。投稿が逆に障害者バッシングにつながるのではと不安を抱いた当事者もいたようだが、市田さんはどう受け止めたのか。
 「投稿の内容や報道から知った範囲で感じたことですが」とした上で「過剰なクレームとも受け取られかねず、正直共感はできませんでした」。いったんはこう話してくれた。
 「でも…」と悩んだ末に口にしたのは、アメリカのドキュメンタリー映画「ハンディキャップ・キャンプ 障がい者運動の夜明け」。障害者差別撤廃をうたう法律の制定を巡り、座り込みや道路封鎖、ハンガーストライキに参加する当事者が登場する。「障害者が時に過激な手段も使って問題提起することでバリアフリーが実現されてきた歴史があって、僕もその恩恵は受けているんです」と明かす。


パリ五輪・パラリンピック組織委が発表したパラ開会式のイメージ(組織委提供・共同)

 さらに自らの経験に照らして答えてくれた。「ライブハウスの人はリスクを顧みず僕を車いすごと持ち上げてくれた。でもバリアフリーが徹底していればそんなリスクを負わずに済んだはず」
 持ち上げてもらった市田さん自身も恐怖心があったと明かす。「それに車いすに乗っているとどうしても人の手を煩わせ『すみません』と思ってしまう機会が多い。誰かの手を借りずにどこにでも行ければやっぱりそれが一番理想的ですよね」

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