Xで知り合った「投資の先生」に従い、海外FXで月利10% 信じた女性を待っていたSNS型投資詐欺の手口とは
47NEWS / 2024年7月1日 10時0分
「貯蓄から投資へ」。テレビから聞こえてきた言葉に、兵庫県の30代会社員のアユミさん=仮名=は思わず反応した。物価高が続く2022年夏、日用品や食品はできるだけ安い価格のものを選ぶようになった。日本経済への不安が募る中で耳にした「投資」に背中を押された気がした。自分で何とか資産を増やすしかないと決意し、ツイッター(現X)で情報収集を始めた。そして、あるアカウントが目に留まった。(共同通信=後藤直明)
※記者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴き下さい。
▽収益5600万円のデイトレーダー
「Manaka」という名前のアカウントだった。アイコンには人気漫画「ドラゴンボール」のキャラクターであるブルマの画像が使われていた。プロフィル欄には「1980年代生まれの元保育士の女性デイトレーダーで収益5600万円達成」と記載があった。
女性の名前で投資情報を発信するアカウントは多くはなく、親しみやすさを感じた。「フォローする」。スマートフォンの画面をタップした。
Manakaは外国為替証拠金取引(FX)に関する助言を頻繁に投稿していた。FXとは、取引業者に預けた証拠金を担保に、日本円と米ドルなど2カ国の通貨の為替相場を予測して売買する取引のことだ。アユミさんも独学で売買していたが、うまくいかず損失が出ていた。だが投稿の助言通りにすると成功し、お金を増やすことができた。
質問を送ると丁寧な返信があり、やりとりを重ねたところ、FXのこつをまとめたPDFデータまでくれた。投稿の中には、顔こそ写らないが友人との旅行の写真もあり、さらに親近感を覚えた。一度も対面したことはないが「投資の先生」という存在になった。
半年ほどたった2022年末ごろ、Manakaは新たな投資を始めると投稿した。プロのトレーダーに取引を任せて損益が自分専用の口座に反映される「コピートレード」というもので、海外の証券会社が運営する「Assassin(アサシン) FX」を使うという内容だった。
アユミさんは怪しいと感じたが、半年間ずっと親身に指南してくれた信頼感が上回り、参加を決めた。連絡手段はツイッターからLINE(ライン)に変わった。
Manakaが配布したFX取引のこつをまとめたPDFデータ
▽チャット埋め尽くす「ありがとう」、生まれる仲間意識
招待されたラインのオープンチャットには既に数百人の参加者がおり、投資に使うためのインターネット口座を開設するよう指示を受けた。「詐欺かもしれない」。疑念が拭い切れていなかったことから、1万円だけを振り込んだ。実際に取引が始まると、トレーダーの予測が当たり、ホームページ上に表示された口座の金額がわずかに増えた。
その後、徐々に投資額を増やしても安定して月利10%の収益が得られたため、やがて月10万円を振り込むようになった。常に取引に勝てるわけではなかったが、そのことが逆に信用を強めた。
チャット上は「お金が増えました! Manakaさんありがとうございます」という参加者たちのメッセージで埋め尽くされた。投資以外の節税対策の話でも盛り上がるなど、「投資を一緒に頑張っている仲間」という意識が生まれていた。アユミさんは次第に、より高額を投資してもいいかと思い始めていた。その機会はすぐに訪れた。
投資で使用するとした「コピートレード」を運営するとされるアサシンFXのホームページ
▽意を決して振り込んだ200万円が消えていく
アサシンFXへの投資が始まって半年たった2023年6月ごろ、振り込んだ額の倍の取引ができるという「ボーナスイベント」がチャット上で案内された。ただし、この期間中に口座から引き出すと、倍になるボーナスは消えてしまうという説明があった。
安定してお金は増えているが、物価高は深刻になっていた。100円台で買えた卵パックは一時300円台に。「もう日本経済に頼ることはできない」。手持ちのお金を増やそうとアユミさんは200万円を一度に振り込んだ。
ところが入金して間もない7月3日。いつものように取引が始まると、画面に表示された口座の金額が減り始めた。負けることは度々あったので気にしなかった。だが再び画面を見ると、負けが続いていた。あっという間に表示が0円になった。
チャット上では、参加者からのメッセージが乱れ飛んだ。「何が起きたのか」「説明しろ」「詐欺だったのか」。Manakaが「確認するから落ち着いて」と呼びかけていた。アユミさんは「何とかなるのでは」と信頼していた。しかし、1週間後にManakaのアカウントが削除され、そのまま音信不通となった。
だまされたのか―。アユミさんは、およそ1年間もやりとりを重ねたのに裏切られたとショックを受けた。人間不信になり、ツイッターなどの交流サイト(SNS)からは離れた。「信用しきっていたのに詐欺だった」。深いため息とともに振り返った。
▽2023年から急増、被害は1件1200万円超
SNSで投資家や著名人をかたって投資に勧誘し、金銭をだまし取る手口は「SNS型投資詐欺」と呼ばれ、2023年から多発している。警察庁が被害状況を初めて集計した同年の認知件数は2271件、被害額は約277億9千万円となった。今年1~3月の認知件数は1700件、被害総額は計約219億3千万円と、前年を上回るペースで急増している。
2023年と今年1~3月の被害計3971件のうち勧誘側が詐称したとされる肩書が判明したのは半分ほどで、多い順に「投資家」「その他著名人」「会社員」「会社役員」と続いた。
1件当たりの平均被害額は約1200万円超。投資詐欺の入り口となるSNSはフェイスブックやインスタグラムが多く、その後の連絡はラインに移行する場合が大半を占めた。
2023年1月~2024年3月のSNS型投資詐欺の認知件数と被害額
▽無断で広告塔にされたZOZO前沢さん「なめてんの?」
4月には茨城県内の女性が経済アナリストの森永卓郎さんをかたるラインアカウントで勧誘されるなどして、過去最多の被害額とみられる約7億円をだまし取られたことが判明した。詐欺に遭ったのは、インスタグラムで見つけた投資広告にアクセスしたことがきっかけだった。
SNSの投資広告には、森永さん以外にも衣料品販売大手ZOZO(ゾゾ)創業者の前沢友作さんや実業家の堀江貴文さん、ジャーナリスト池上彰さんら著名人の名前も無断で悪用されている。
この投資広告を巡る動きもあり、インスタグラムやフェイスブックで前沢さんら著名人をかたる投資広告によって金銭をだまし取られたという男女4人が4月下旬、広告の内容が真実かどうかの調査を怠ったとして、両SNSを運営する米IT大手メタ(旧フェイスブック)に損害賠償を求めて神戸地裁に提訴した。
原告側弁護団によると、SNSの投資広告を巡って運営企業側に賠償を求める訴訟は初めてとみられる。
これに先立つ4月中旬、メタは「著名人になりすました詐欺広告に対する取り組みについて」と題する声明を発表。「詐欺広告をプラットフォーム上からなくすことは、必要不可欠なことです。詐欺対策の進展には、産業界、専門家や関連機関との連携による社会全体でのアプローチが重要だと考えます。その中で役割を果たすべく注力する所存です」と述べた。
発表を受け、前沢さんはXで「おいおい。まずは謝罪の一言は? 社会全体のせい? なめてんの?」などと不快感を示した。その後も「日本政府はメタ社に対して広告配信業務停止の行政処分を出すべき」などと投稿している。
また5月には「氏名、肖像を無断で使用した広告の掲載を許可している」として、メタなどに損害賠償と掲載差し止めを求め、東京地裁に提訴。Xに「彼らの行為が違法なのか合法なのかまずははっきりさせたい」「詐欺広告対策についての具体的な内容提示、責任者への証人尋問を求めます」と記した。
成り済まし広告による被害(イメージ)
▽背景に投資ブーム、その成功談「サクラ」では?
SNS型投資詐欺の相談を数多く受ける大地総合法律事務所(東京都港区)の佐久間大地弁護士は、被害急増の背景には近年の投資ブームがあるのではないかと指摘する。インターネット証券の広まりや、新NISA(少額投資非課税制度)の今年1月開始に向けた周知によって、投資そのものや、ネット上で金銭をやりとりすることへの抵抗感が薄まったとみる。
SNS型投資詐欺の相談を数多く受ける佐久間大地弁護士
また、ラインなどの投資グループに招待する手法は「仲間意識」を育み、詐欺被害に気付きにくくさせる効果があるとも語る。チャットで投資に成功したという声は勧誘側が仕込んだ「サクラ」の可能性を疑った方がいいとしており、注意を呼びかける。「SNSで多くの人と知り合うことが日常になったが、顔も合わせたことがない人に多額のお金を預けることは危険と認識するべきだ」
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