教員の裁判で傍聴席が満員「動員されているのでは…」尾行、質問状、記者会見。取材を重ねて組織の不祥事を明らかにした2か月半
47NEWS / 2024年6月17日 11時0分
2024年3月、裁判取材を担当していた私(記者)は、教員が被告になっていると思われる、ある性犯罪事件の公判を取材するため横浜地方裁判所にいた。だが、傍聴席が満員で法廷に入ることができない。座っている人々の顔ぶれは、よく見かける傍聴を趣味とする人たちとも違う。誰だろう。強い違和感を覚えた。
その後も、性犯罪事件で傍聴席が満員となるケースを次々と確認した。並んでいた人に聞いても、はぐらかされるばかり。「動員されているのではないか」「だとすれば、公開が原則の裁判で、そんなことが許されるのか」―。
私は同僚とともに、この人たちが公判後、どこに向かうのか突き止めることにした。裁判所から出た男性が姿を消した先は、行政機関が入っているビル。疑いが、確信に変わった瞬間だった。組織の不祥事を追った2か月間を振り返りたい。(共同通信=團奏帆)
※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。
▽情報提供をきっかけに満員の傍聴席を目撃
横浜地方裁判所
取材のきっかけは、2024年初めごろの、とある情報提供だった。共同通信横浜支局にかつて所属した記者から「まだ公になっていない小学校教員による児童への性犯罪事件で、公判が始まったらしい」という趣旨の連絡があった。
横浜地裁は毎日、その日予定されている裁判の期日を「開廷表」として地裁内で掲示する。私は教えられた情報の内容と合う可能性のある公判をリストアップし、次回期日を傍聴することにした。
それが3月、不同意わいせつ罪に問われた匿名の被告の第2回公判だった。
同僚と赴いたが、傍聴席は満員で、傍聴できなかった。廊下に漏れ聞こえてきた審理の内容などから、教員による児童への性犯罪事件であることが察せられた。
事前に報道された注目事件以外で、横浜地裁の公判の傍聴席が満員となることはまれだ。性犯罪事件では傍聴を趣味とする人らが訪れる場合もあるが、傍聴していた人々の顔ぶれは、よく見かける人らとも違っており、強い違和感を覚えた。
閉廷後の被告弁護人への取材や検察側への取材でも、「なぜ傍聴席が埋まっているのか分からない」と首をかしげられ、大量の傍聴人の詳細は分からずじまいだった。
▽複数事件で「異様な行列」を確認
以降、匿名で審理され詳細の分からない性犯罪事件公判を片端から傍聴し、冒頭のものを含む3事件で同様の満員を確認。スーツや落ち着いた服装の男女がよそよそしく整列して長時間待っていた一方、傍聴中はメモを取ることもなく、事件への関心もうかがえなかった。不可解さから、並んでいた女性に「関係者の方ですか?」と話しかけたが「違いますけど、何ですか」と言葉少なだった。
3事件に共通していたのは「教員による児童・生徒への性犯罪事件」だということ。一部事件では被告が「横浜市の教員」と明かされたため、市教委の関与を疑う気持ちが強くなっていった。
▽他社記者とも遭遇
取材を続けていくと、公判期日に複数の他社の女性記者と遭遇した。「なんでこんなに並んでいるんだろう」「これだけ大勢集まっているということは組織的な動員かも」「教育委員会とか、教職員組合だろうか」「もし動員なら、そんなこと許されるのか」―。そんな雑談を交わし、違和感や問題意識を共有した。
私たち記者は、傍聴するために長時間並ぶのも仕事のうちであり、最終手段としては、傍聴席を記者用に確保してもらうよう地裁に申請することもできる。だが、一般の傍聴希望者はそうではない。長い行列を前にして諦めて帰って行く人の姿も目にし、この状況を放置することはできないと感じた。
いずれにせよ、誰が動員をかけているのかを明確にしなければ始まらない。焦りが募った。
▽尾行に成功も「理論武装」慎重に
4月下旬。傍聴席が満員となった公判に3人態勢で臨み、取材するとともに閉廷後の尾行を試みた。
何度も傍聴している私では警戒される恐れがあったため、別の記者が地裁前で待機。閉廷し地裁から出た男性を追いかけた。男性は横浜市営地下鉄に乗車し、上大岡駅(横浜市港南区)で下車。ラーメン屋で昼食を済ませ、横浜市教育委員会の出先機関「南部学校教育事務所」の入るビルへと姿を消した。
やはり、動員をかけたのは教育委員会だったのだ。疑いが、確信に変わった瞬間だった。
しかし、すぐ報じることはできなかった。記者個人の違和感や憤り以上の、専門家の見解を踏まえた取材が必要だった。ある弁護士は「最大の焦点は、動員の目的だ」と指摘した。憲法82条は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と定めている。裁判当事者の支援で傍聴人が多数集まるケースなどはあるが、市教委が「第三者の傍聴を妨害する」目的で動員をかけていたのだとしたら、それは極めて問題だ、ということだった。
▽市教委が動員を認め、記者会見へ
目的を知るためには、正面から市教委に聞くほかない。取材方法を検討した末に、5月7日、質問状を市教委に送った。
15日夕、市教委教職員人事課長から口頭で「第三者の傍聴で被害児童・生徒の情報が拡散することを恐れ、複数部署に傍聴を呼びかけた」と回答があり、17日夜、「今後はもうしない」とする正式な書面回答がなされた。市教委自ら、動員には問題があったと認めたのだ。
横浜市教委から5月17日夜に届いたメール
そして、専門家への取材依頼や、記事の準備を進めていた5月21日の正午前。課長から突然「本日午後発表する」と連絡が入った。聞けば「質問状が届いた7日以降、内部で傍聴動員の適切性について検討を進めた結果だ」という。取材が契機にもかかわらず、記事を封じるようなかたちでにわかに発表となったことに強く抗議し、準備していた記事で報じた。
▽「結果的に加害者を守っているように見えてしまうかもしれないが、被害者側の視点に立っている」?
ふたを開けてみれば、共同通信への回答では「回答できない」「記録は取っていない」としていた、動員開始時期や、動員対象事件が何件あったかも、記者会見では公表された。2019~2024年度にかけて、4事件、計11回の公判に1回当たり最大50人を送り出していたと陳謝した。
市教委は記者会見後、2024年1月30日付で「関係部長」宛てに出された「協力依頼」の文書を公開した。
横浜市教委の学校教育事務所長名で出された文書(横浜市教委提供)
「教職員による不祥事事案にかかる公判が2月に予定されています。当該事案は、児童の人権に関する事案であり、被害児童保護の観点から、部外者による児童の特定を避ける必要があります。つきましては公判の傍聴について、職員の動員をお願いします」
その上で、注意事項を記していた。
・関係者が集団で傍聴に来たことをわからないようにするため、裁判所前の待ち合わせは避けてください。また裁判所内で、お互いに声かけや挨拶(会釈を含む)などはしないようにお願いします。
・ドアが開いたら入室し、1番前の列から座り、席を埋めてください。
・裁判所内や裁判所近くで、被害者名や学校名などの口外は控えてください。
動員が明るみに出ないように指示しており、身内の事件を外部に知られまいとする強い意志がうかがえる。
「憲法が定める〝裁判公開の原則〟をないがしろにしたのではないか」―。各社から厳しい質問が相次いだ会見は2時間半以上に及んだ。被害児童・生徒の保護目的と言いつつ教員以外から性暴力を受けた場合には傍聴動員をかけていなかったことや、動員による傍聴を業務として扱い職員に交通費を支給していたことも露呈した。
市教委は、動員はあくまで「被害者側からの要望で行った」もので、いずれの事件でも市教委側から提案はしていないと強調。一方、当事者の氏名や、場合によっては犯行場所なども秘匿される公判で、具体的にどのような内容について被害者特定につながる恐れがあったのかという質問には明確に答えず、「結果的に加害者を守っているように見えてしまうかも知れないが、被害者側の視点に立って対応している」などと、理解に苦しむ釈明を繰り返した。
▽なお疑問多く、続く取材
その後の横浜支局の取材で、市教委が、懲戒処分について公表していた事件の公判には傍聴動員をかけていなかったことも判明した。処分が公表されていれば、被害者側のプライバシーを守る必要はないということだろうか。市教委の対応の偏りが改めて浮き彫りとなった。
市教委は、動員のきっかけとなった被害者支援団体からの要請文書も、一部黒塗りにした上で公開した。
2019年4月21日付の文書の宛先は、組織や部署名でなく、単に「各位」とだけ。本文では「被害者の両親と伴走支援してきた支援者の意向でもあり、性被害傍聴マニアの傍聴を狭めたいという狙いもあります」と説明し、傍聴を「人権研修」と位置付けるよう市教委に求めていた。
また、市教委が動員を指示した「協力依頼」の通知にも記されていた、「関係者が集団で来たと悟られぬようにするための注意点」も、すでにこの文書に列挙されていた。
本当に市教委に宛てた要請文書だったのかどうかや、市教委側がこれを受け取って動員を決めるまでの経緯には、なお多くの疑問が残る。さらに識者からは、動員した職員への給与支給について違法性を問われる可能性を指摘する声も上がる。
今後、弁護士の検証チームによる調査で、経緯や適法性について詳細な検証がなされることを願ってやまない。
問題発覚後に開かれた横浜市教育委員会の臨時会。委員からは「意識を根本から変えなければいけない」などと批判の声が上がった=2024年5月24日
▽動員方針撤回という結末と今後に寄せて
性犯罪事件では、警察は摘発時の発表を控えたり匿名発表としたりする場合がある。社会の中で事件が認知され得る機会は公判のみ、というケースも少なくない。裁判が公開されていることには、第三者による事案の検証や再発防止に向けた情報収集を可能にするなど、さまざまな観点から大きな意義があることを、取材を通じ改めて強く感じた。
満員を確認した3事件のうち、2事件では横浜地裁で有罪判決が出された。生徒に対する不同意性交罪に問われた中学校教員の男には懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役5年)の判決が、校長室で児童にキスしたとして強制わいせつ罪に問われた元小学校長の男には懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役2年)の判決が言い渡された。どちらも控訴はなく、その後確定した。
被害に遭った児童・生徒や家族の苦痛の大きさは想像を絶する。子どもが、子どもを本来守る立場の教員から性犯罪に遭う悲劇を繰り返してはならないと思う。
取材を進める上では、社内で協力してくれた同僚がいたことや、他社の女性記者らも取材しており同様の問題意識がうかがえたことは、取材を進める上で大きな推進力となった。感謝したい。
一方、忘れてはならないのが、報じる上で被害者側に生じる不利益だ。過去、報道を含む情報拡散により被害者や家族が苦しんだ例があることを、報道機関の一員として肝に銘じなければならないと思う。今回の報道に当たっては、公判に参加していた「被害者参加弁護士」に接触できないケースもあり、被害者側の意向を個々に確認することはできなかったが、事件の詳細を不必要に明かすことのないよう注意を払ったつもりだ。被害者側への配慮を欠かすことなく、再発防止に寄与する事件報道のあり方を模索していきたい。
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