加害者の今を知ってしまった…「娘の未来は絶たれたのに」中2いじめ、遺族の憤りと煩悶 学校推薦で高校進学、実業団選手に。謝罪はないまま
47NEWS / 2024年6月28日 10時0分
2016年9月、兵庫県加古川市立中の2年生だった当時14歳の女子生徒が同級生らからのいじめを苦に自死した。7年後、両親は娘の死と向き合い続ける日々の中で、加害生徒の1人が実業団スポーツ選手として活躍していることを知ってしまった。「娘の未来は絶たれてしまっているのに、なぜ…?」。もう会うこともできない娘とのあまりの“落差”に、抑えきれないほどの憤りと悔しさが再燃した。
事件後、加害生徒から直接謝罪の言葉はなく、いじめを本人らが認めたかどうかもはっきりしないままだった。両親は当時から生徒らへの厳しい指導を学校や市教育委員会に求めてきたが、学校側はその裏で加害生徒たちの一部を学校推薦で希望の高校に進学させていた。遺族に情報が開示されていないため定かではないが、同級生らの証言によると、後に実業団選手となった生徒もいるとみられる。父親は信じられない思いで、こう疑問を投げかける。「遺族をバカにしている。こんなことが許されていいのか」―(共同通信=木村直登、岩崎真夕)
▽認定された12人の加害者
両親は学校が適切な対応を怠ったとして、加古川市に対し損害賠償を求めて提訴し、現在も係争中だ。2023年9月、陳述書を作成するため過去の資料を精査していた時、母親はふと気になって、加害生徒のうち1人の名前をインターネットで検索してみた。ヒットしたのは、とある実業団の選手の紹介ページ。名前、出身地、出身校、そして顔写真…。間違いない。あの生徒だ。いじめ自殺があった1年半後、強豪高校に進学し、その後もスポーツ選手として着実にキャリアを積んでいた。現在は退団している。
いじめの内容と自死の因果関係を調べた第三者委員会が報告書をまとめたのは、加害生徒が中3だった2017年12月。高校への進路を決めるタイミングだった。
第三者委員会の調査報告書
報告書によると、いじめの始まりは小5の時にさかのぼる。本人の嫌がるあだ名が付けられ、無視が始まった。15年に中学校に入学後も複数の生徒から頻繁にからかわれた。いじめが深刻化したのは中1の3学期。「スクールカースト」の上位にいたクラスメートらが容姿をやゆするような名前のLINEグループを作成。影響を受けたクラス全体から明らかに孤立するようになった。報告書で「いじめた側」と特定された数は12人に上る。
16年2月には「ミジンコ以下 死ねばいいのに」などと書かれた作成者不明の紙を渡された。中2になっても状況は改善せず、夏休み明けの16年9月、登校途中に自死を図り、1週間後に亡くなった。自室の机の上にはメモが残されていた。
「どうして世の中こんなになってるの?クヤシイ…イタイ…シニタイ…」
後日、第三者委の報告書を受け取る際、両親は委員会のメンバーから口頭でこう伝えられた。いじめ行為について12人の多くが自ら話すことはなく、聞き取りを最後まで拒んだ生徒もいる、と。両親の元には「いじめた人たちが『自分たちのせいではない』と言っていた」との同級生の証言も寄せられていた。
▽不十分な指導、そして推薦へ
記者会見で謝罪した加古川市教育委員会の教育長ら(当時)=2017年12月
「なぜ娘をいじめたのか」。両親はその後も一貫して学校や教育委員会に12人に対する指導を求めてきた。こうした要望を受け、市は加害者への指導計画を策定。「自らの言葉で事案を振り返らせ、反省の気持ちを継続して持たせる」方針を両親に提示してきた。
しかし、その指導内容は遺族の納得とはほど遠かった。市教委に設置されている「少年愛護センター」の所長がまとめた「関係生徒、保護者説明及び指導概要に関する報告」は、指導日時をまとめた表を入れてA4用紙3枚分しかない。それによると、指導は2017年12月~18年2月、各生徒に1~3回行われ、「涙を流していた」「嫌な思いをさせたのかもしれないと話した」と指導時の様子が数行書かれている程度。中には「あだ名で呼んだことはない」と、いじめ行為を否定する言い分も含まれていた。
加害生徒らの卒業が間近に迫っていた。両親は「反省もないままに進学してしまうのではないか」と焦りを感じていた。そうした疑念の中で持ち上がったのが学校推薦の問題だ。スポーツなど特定の分野に優れている生徒を学校として進学先に推すことが多いが、何よりもこれまでの学校生活から生徒の「人格が優れている」と認められることが前提のはずだ。
「まさか推薦してないでしょうね」。18年3月、弁護士事務所で両親は関係教員や市教委職員に問いかけている。だがその時に回答はなく、市教委側は年度が変わった4月になって推薦した事実を正式に認めた。面談の場で「加害者だから推薦しないという基準はない」と伝えてきた。
加害側が堂々と人生を歩んでいる事実に納得できるはずがなかった。当時の音声データには母親の悲痛な叫びが記録されている。「人を死に追い詰めた人をどうして推薦するの?」「どこまで私たちを苦しめたら気が済むの?」。父親も「(加害者)本人のためにもよくないでしょう?」とたまらず諭している。当時の校長は「中学を卒業したら終わりとは思っていない」と、この先も加害者への指導を続けるかのような発言をしているが、その後、学校側からさらなる指導について何も報告はない。
あらためて今年6月、市教委の担当者にどう指導してきたのか取材したが、裁判で係争中であることを理由に「答えられない」とし、推薦については「具体的に誰とは答えられないが、総合的に判断して出す人には出したということです」と答えた。
▽優しい娘、絶たれてしまった夢
娘は末っ子で、9歳以上離れた姉と兄がいる。動物好きで、こんなエピソードがある。小3の6月、早朝に灰色のメス猫を抱えて父親の枕元に立っていた。「飼ってもいい?」。前日、勝手口の近くで雨宿りしていた野良猫だという。その時は近寄ろうとしたら逃げてしまったが、安否が気になって朝早くに起き出して探し出したようだ。父親は「ダメとは言えなかった」と顔をほころばせて振り返る。
女子生徒が保護して自宅で飼うようになった猫(遺族提供)
娘の死後も、下校時間になると猫は窓際から外を見つめ、帰りを待ち続けていた。もう会えないことを悟ったのか、その後は遺品に顔をすり寄せ、匂いをかぐようになった。その姿に今も母親は胸が締め付けられる。
亡くなる直前の夏休みはいつになく行動的だった。花火大会に行ったり浴衣で夏祭りに出かけたり。父親はこう思っている。「今振り返れば思い出作りだったのかな」。母親は一緒に加古川駅近くを歩いていた時のことをよく覚えている。道ばたで困った様子の人を見つけると、駆け寄って声をかけていた。
「亡くなる直前まで人に優しかった」。普段と同じように振る舞い、家族には弱音を吐かなかった。2016年9月12日の朝。「お弁当に梨入っている?」「梨はみんな好きだから。帰ってからみんなで食べようね」。これが最後の会話になった。
それ以来、食卓に梨が出ることはなくなった。母親は娘と何度も一緒に買い物した近くのスーパーには今も行くことができず、少し遠くの店舗を利用している。
女子生徒が幼い頃に描いた、母親と手をつないでいる絵(遺族提供)
小さい頃は、将来の夢はケーキ屋さんやトリマーと言っていた。ただ、友達には別の夢を語っていたようだ。それは「お嫁さん」。恥ずかしかったのか、両親には言わず、亡くなった後に弔問に訪れた幼なじみから聞いた。大人になった娘の「お嫁さん姿」はどんなだったろうか。思いをはせることしかできない。
冷たくなった娘の髪の毛を洗っていた時、母親は出産直後の病院で娘を沐浴させた時のことを思い出したという。姉や兄の時と違い、入院中に母子同室で過ごすことができた。傍らで眠る娘。「この子を絶対に手放さない」と誓った。こんな終わりが来るとは思いもしなかった。「どうして?」。今も同じ問いに苦しめられている。父親は言う。「ずっと同じ場所にとどまっている」
▽断ち切れない思い
取材に応じた父親=2020年12月
娘の死後、「いじめた側」に認定された12人のうち、弔問に訪れたのは2人だけだ。両親によるとその2人も自身の行為について謝罪の言葉はなかった。その他の生徒とは直接面会していない。
両親の心理的負担を考慮して、代わりに担当弁護士が加害生徒に対し個別に面談を実施している。聞き取りできたのは6人で、記録には「自分だけが悪いわけではない」と責任転嫁するような姿勢も垣間見られた。
両親は、適切な指導をしないまま加害生徒を高校に推薦した学校や市教育委員会の対応に深い不信感を抱いていた。いじめの存在をうかがわせる生前の娘が書いたアンケートの存在を学校側が当初、両親に示さなかったという問題もある。
両親が提示した和解案は市側に拒否され、「ずさんな教育現場を糾弾したい」と2020年9月に市を相手に訴訟に踏み切った。いじめ事案に通じた弁護士の意向もあり、未成年だった加害生徒は被告に含まなかった。
数カ月に1度やってくる裁判の期日が近づく度に精神的に追い詰められる。父親は「裁判に集中する」と自分に言い聞かせ、少しでも事態を前に進めるために加害生徒のことはなるべく考えないようにしてきた。
しかし、スポーツ選手として活躍していた生徒がいたと知り、怒りに震えた。加害生徒への思いは断ち切れるものではないのだと悟った。
父親は言う。「謝罪してほしいとは思わない。謝罪は生きている者にするのであって娘には謝罪できない。せめて娘が抱えた当時の苦しみ、そして遺族が今も苦しんでいること、つまり自分たちがしたことの重大さを知らしめたい」
▽いびつな「成功体験」にならないか
教育評論家の武田さち子さん=2023年11月
教育評論家の武田さち子さんによると、いじめ自死遺族の多くは加害側の言動に長く苦しめられる。一度、謝罪を受け入れても、その後、反省の色が見えなければ「穏やかになりかけた気持ちが後戻りしてしまう」ことがあるからだ。
加害生徒が推薦で進学するケースは多いのか。武田さんは「万引などの犯罪や有形の暴力の場合は推薦が取り消される可能性が高い。でも、言葉や態度による暴力は相当悪質でも許されてしまう現状がある」と指摘する。
進学先にいじめの情報が伝わらなければ、加害生徒を注意する人がいなくなる。何のペナルティーも受けぬまま、自身の行為を反省する機会が失われてしまうと、同じことが繰り返されることにもなりかねない。「相手が死んでさえ、大したことはないという、いびつな成功体験になってしまう」。
加害生徒に当事者としての自覚を促し、いじめを繰り返さないようにすることが大切であり、教育機関の責任だと考える武田さん。推薦に際して遺族側に許可を求めるなど、何らかのハードルがあってもいいのではないか、と提唱した。
一方で、加害者もまた未成年であることは留意すべきとし、「子どもは失敗を繰り返して成長する。一度失敗したからと言って未来を閉ざし、さまざまな制度から除外するべきではない」とも指摘した。
その上で武田さんは、加古川市の一連の対応を厳しく批判する。「学校や行政が保身に走り、再発防止の取り組みに逆行している。学校や先生が反省しないままでは、子どもを反省させることは到底できない」
× ×
厚生労働省は自殺防止のための相談窓口をホームページで紹介している。主なものは次の通り。
▽いのちの電話
(0570)783556(午前10時~午後10時)
(0120)783556(午後4~9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)
▽こころの健康相談統一ダイヤル
(0570)064556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)
▽よりそいホットライン
(0120)279338(24時間対応)
岩手、宮城、福島各県からは(0120)279226(24時間対応)
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