目の前で殺された家族、でも「泣くことさえ禁止された」 ガザで人質、イスラエル人女性が振り返る50日間
47NEWS / 2024年6月25日 10時30分
「(イスラム組織)ハマスは、私たちが泣くことさえ禁止しました」―。2023年10月7日のハマスによる奇襲攻撃で拘束され、人質となったイスラエル人女性ヘン・アルモグゴールドシュタインさん(49)が4月、共同通信の電話取材に応じた。ヘンさんはイスラエル南部のキブツ(集団農場)、クファルアザで夫と長女を目の前で殺害された上、次女、長男、次男と共に捕らえられ、パレスチナ自治区ガザへ連行された。23年11月26日に解放されるまで、約50日間に及んだ人質生活。恐怖と悲しみに満ちていた過酷な日々を振り返った。(年齢は取材当時、共同通信エルサレム支局=平野雄吾)
ハマスの襲撃で連れ去られた人質のポスター=2024年5月17日、イスラエル・テルアビブ(ロイター=共同)
▽常時監視下の暗闇で
ガザでの拘束生活の大半、約5週間を過ごしたのが一般の集合住宅だった。地下トンネルなどで5日過ごした後、次女アガムさん(18)、長男ガルさん(12)、次男タルさん(9)と共に乗用車で集合住宅に連行され、その一室に入れられた。看守は6人。1人はヘブライ語を少し、別の1人は英語を話した。ローテーションで3~4人に見張られ、常に最低1人は部屋にいたため、寝る時間を含めてプライバシーは全くなかった。電気が利用できたのは1日1時間ほど。夕方の日没の時刻を過ぎると、部屋は暗闇に包まれた。「夜が長く、時の流れがとても遅く感じられたのを覚えています」
パレスチナ自治区ガザ南部ラファで、イスラエル軍の攻撃により破壊された建物=2024年5月5日(ロイター=共同)
部屋の窓には重いカーテンが引かれ、新鮮な空気はほとんど入らない。住宅の水回りは劣悪で、洗面所の水は塩辛く、トイレの水はうまく流れなかった。ヘンさんがシャワーを浴びられたのは拘束生活の中で一度だけだった。
食事はピタパンやオリーブオイル、ザアタル(中東の香辛料)、チーズなど。拘束直後は量も十分にあったが、徐々に減っていった。時にはライスやパスタなど温かい食事も提供され、おやつにチョコレートが配られたこともあったが、それも初期のころだけだったという。
子どもたちは部屋の中にあった紙にペンで絵を描くなどして時間をつぶした。ヘンさんは「子どもたちはうまく振る舞ってくれましたが、退屈そうにしているときもあり、私にはそれがつらい時間でした」と振り返る。子どもたちが紙にヘブライ語を書いていると、看守がライターを持って近づいてきて、「ヘブライ語を書いたら燃やすぞ」と脅されたこともあった。
「毎日毎日、ガザで考えていたのは夫ナダブと長女ヤムのことでした。彼らとの生活を思い出していたんです。ところが、彼らは私に『泣くな』と強く命じました。これは精神的な虐待でした」
▽現れた戦闘員、悲劇の朝
家族全員の集合写真。右からヤムさん、タルさん(手前)、ヘンさん、ナダブさん、ガルさん、アガムさん(ヘンさん提供、共同)
2023年10月7日早朝、アルモグゴールドシュタイン一家はロケット弾飛来を告げる警報で目覚めた。一家6人は、自宅での簡易シェルターも兼ねていた長女ヤムさん(20)の寝室に集まった。地元コミュニティーの連絡手段となっていたスマートフォンのアプリには、いったんはシェルターから出て自宅の窓のブラインドを閉じるよう指示があったが、すぐにシェルターに戻るよう別のメッセージを受け取った。ハマス戦闘員が侵入したとの警告も届いた。ヘンさんは夫ナダブさん(48)と共にベッドをシェルターのドア付近に動かし、外部からの侵入を防ぐバリケードにした。
「しばらくすると、爆発音が聞こえました。家の中で何かが起きたと思い、簡易シェルターのドアを慎重に開けて家の様子を眺めると、玄関ドアが破壊され、少し開いている状態でした」
ヘンさんは慌ててシェルターに戻る。家族全員、恐怖に震え、ヤムさんはユダヤ教の祈りの言葉をずっと口にしていた。死の恐怖を感じたのは間もなくだった。
「ユダヤ人だ!ユダヤ人だ!」。叫び声が家の中から聞こえてくる。
「連中がシェルターに入ってきたら、全員殺されるだろうと思いました。ナダブはベッドの板を手に、連中を殴る準備をしていました」
銃撃音は聞こえなかった気がした―。ヘンさんはそう振り返るが、床には複数の薬きょうが転がっていた。ドア越しに発砲したハマス戦闘員。簡易シェルターに侵入してきたため、ナダブさんは殴りかかろうとしたが、瞬時に倒れた。胸部などを2、3カ所撃たれていた。
ハマス戦闘員はヘンさんらに外に出るように命じ、1人ずつ簡易シェルターを後にした。「倒れたナダブの上をまたがざるを得なかったのを覚えています」
1人ずつ歩いていたが、長女ヤムさんが突如気を失い倒れた。次女アガムさんがヤムさんを抱え風呂場へ向かう。息子たち2人はハマス戦闘員に連れられ屋外へ。ヘンさんは息子たちの様子を見にいったん外へ行き、風呂場へ戻ると、ハマス戦闘員がヤムさんの顔面に銃を撃ち込んだのを目撃した。
「自分が目にしていることを信じられませんでした。私はヤムの手当てをすることもできず、別れの言葉も言うことができずにまた外に出てしまったんです」
ヘンさんはアガムさん、長男ガルさん、次男タルさんと共にガザに連行された。
監視カメラが捉えたイスラム組織ハマスの戦闘員=2023年10月7日、イスラエル南部(South First Responders・ロイター=共同)
▽「俺たちの家族は殺害され、故郷を追われた」
ガザでの拘束生活では、看守たちとも会話があったとヘンさんは言う。特に覚えているのは、パレスチナ問題を語ったときのことだ。看守の1人がまくし立てた。「俺たちはユダヤ人に家族を殺されたパレスチナ人の子孫だ。1948年、俺たちは故郷を追われたんだ」
余計な緊張状態を作り出さないよう、パレスチナ問題については踏み込んだ会話を避けた。一方、ヘブライ語を少し理解する看守にアガムさんがヘブライ語を教えるなど、良好な関係作りに努めたという。
「なぜ、あんたたちはナダブとヤムを殺したの?」。ヘンさんはあるとき、看守に尋ねた。するとその看守は謝罪した。
「ご主人と娘さんを殺害したやつは、死んだ後にアラー(神)にその理由を尋ねられるだろう。もし理由なく殺害したならば、アラーはそいつを地獄に送る」
パレスチナ自治区ガザでイスラエル軍の戦車を破壊するイスラム組織ハマスの戦闘員ら=2023年10月7日(ゲッティ=共同)
イスラエル軍の攻撃は、ヘンさんらのいる住宅周辺でも激しく続いた。空爆や戦車による砲撃。「日中は比較的静かだったけれど、夜になると激しく、近くの集合住宅が爆破される音を聞きました。私たちは戦場の真ん中にいたんです」と振り返る。「報復として私たちが殺害されるのではないかとの恐怖もありました」
上からの指示があれば戦闘員にいつでも殺害されかねない恐怖。だが、看守はこう強調していたという。
「俺たちの仕事はあんたたちの世話だ。俺たちは死ぬかもしれないが、あんたたちは死なない」
ハマスにとっては自分たちが重要な取引材料になっているとも感じたという。解放される数日前、ヘンさんらは再び地下トンネルに連れて行かれ、最終的に2023年11月26日、戦闘休止や人質解放を巡るイスラエルとハマスとの合意枠組みの下で解放された。
パレスチナ自治区ガザ中部デールバラハで、国連から支援物資の小麦の支給を受け取る人々=2024年3月3日(ゲッティ=共同)
▽子どもたちのため、新たな日常を
夫と長女を失った中で、ヘンさんは新たな生活になじむ努力を始めたと話す。「日常生活をきちんと送ることが大切なんです」。子どもたちは学校に戻り、放課後も多くの活動に参加している。ヘンさん自身は体を動かす運動に力を入れる。「元々運動好きでしたが、ランニングやウエイトリフティングなどの時間を増やしました。これが今の私には重要だと思っています」。カフェに座り、時には1人で、時には友人と時間を過ごす。そんな時間も大切にしている。
イスラエル軍とハマスとの戦闘は8カ月を超えた。ガザでは3万7千人以上が殺害される中、戦闘終結の兆しは見えない。
「かつてはパレスチナ人との共生も可能だと考えていましたが、今は正直、可能かどうか分かりません。考えることさえできません」
夫ナダブさんとは15歳のときに知り合い、34年間連れ添った。「ティーンエージャーの淡い恋から始まりましたが、強い愛に変わりました。私は彼を愛していたし、彼はいつも私をわくわくさせてくれたんです。家庭を大切にし、いつも優しかった」
家族との思い出を振り返ると、ヘンさんは声を詰まらせた。
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