30年たった今も見つかる2千人の骨、殺りくをあおったラジオの教訓 80万人犠牲のルワンダ大虐殺、今も続く悲しみと希望
47NEWS / 2024年6月23日 10時0分
今から30年前、アフリカ中央部の小国ルワンダで悲劇が起きた。この国で多数派を占める民族、フツ人主体の政府軍や民兵が1994年4月から7月までの約100日間で、少数派ツチ人と穏健派フツ人の殺りくを繰り広げたルワンダ大虐殺だ。当時、権力を巡る争いなどが続いていたルワンダで惨劇の引き金となったのは、フツ人の大統領を乗せた航空機が何者かによって首都キガリで撃墜されたことだった。国際社会の介入が遅れて被害は拡大し、犠牲者は約80万人に達した。今年4月上旬、30年の節目にルワンダを訪れると、今なお発見される大量の遺骨を前に肉親を思う遺族や、虐殺を助長したメディアの過ちを胸に民族和解を促すラジオ番組を制作する人々に出会った。(共同通信ナイロビ支局=森脇江介)
▽家の下に埋まっていた2千人
虐殺の追悼式典を前に訪れたルワンダ南部フエ。学校で子どもたちが打ち鳴らす太鼓の音色が心地よい丘陵地帯に、空き地がぽっかりと口を開けていた。殺りくの現場だったとは想像できないほど、周囲にはのどかな風景が広がる。そんな場所で虐殺の犠牲者の遺骨が見つかったのは、昨年10月のことだった。
ルワンダ南部フエの遺骨発見現場(共同)
遺骨を見つけたのは、住民に住宅の拡張工事を依頼された建設業者だった。バナナの木が生い茂る約50メートル四方の土地で作業を始めたところ、地中から人骨が出てきたのだ。近隣住民によると、依頼主の女性は遺骨が埋まっていることを知っていたとみられ、口止めのために業者に金を支払おうとしたという。骨は女性の家の下からも見つかった。バナナの木は隠ぺい目的で植えられた可能性があり、地元警察は女性を含む複数人を逮捕した。女性の親族は虐殺への関与をほのめかしたという。
遺骨発見現場を見つめるアリス・ニラバゲニさん(共同)
「言葉にならない。家族がここに埋められたかもしれない」
現場で出会った遺族は30年たってもなお生々しい虐殺の記憶に苦しんでいた。両親ときょうだい計8人の遺骨が見つからず、自らも九死に一生を得た生存者団体のメンバー、アリス・ニラバゲニさん(40)。現場の捜索作業などを統括し、この空き地で2060人の遺骨が発見されたと語った。自身も捜索に加わったニラバゲニさん。「きっとこの中に家族がいるはず」と祈るような気持ちで掘り、土にまみれた骨を一つ一つ丁寧に洗った。だが身元の特定はほとんど進まず、家族の行方も分からないままだ。
全土で虐殺の嵐が吹き荒れていたとはいえ、なぜこの場所に2千人もの遺体が捨てられたのか。ニラバゲニさんに問うと、「虐殺が起きた時、現場近くには民族を見分けるために検問所が設けられていた」と明かしてくれた。ツチ人を見つけ出すためにフツ人が作った検問所でツチ人が見とがめられて殺害されるたび、この場所に遺棄されたという。当時、ルワンダ国民の身分証には民族を記載する欄があり、たった1枚の紙切れが運命を分けた。
ニラバゲニさん自身は避難先のモスク(イスラム教礼拝所)に押し寄せた男らに暴行を加えられて気を失い、死んだと勘違いされ助かった。だが胸元に残る傷痕が今も生々しく惨劇を物語る。一緒だった兄2人がなたで切りつけられて目の前で殺された光景が脳裏から離れず、話しながら嗚咽を漏らした。近隣にある大学で運転手をしていた父、優しかった母…安定した一家の幸せな生活は虐殺で破壊された。
ルワンダ南部フエで見つかった遺骨(共同)
近くにある地区の事務所に足を踏み入れると、薄暗い室内に整然と並ぶ大量の骨が目に飛び込んできた。子どもの骨もあり、鈍器で殴られて穴が開いたとみられる頭蓋骨が凶行を物語る。遺骨にも増して2千人の死を象徴するのは、傍らに並ぶぼろぼろになった衣服や靴だった。「この靴を履いていた子どもはどんな顔をしていたのだろう」。思わず想像力が働き、いたたまれない気持ちになった。その横でニラバゲニさんが1枚の黄色いTシャツを手に取り「服を手掛かりに特定できるかもしれない」とかすかな希望を口にした。
ルワンダ南部フエの遺骨発見現場から見つかった遺品のサンダル(共同)
虐殺後に就任したカガメ大統領はトップダウンで和解を推進し、加害者と被害者が同じ地区で暮らすことは珍しくない。30年の月日がたち、カガメ氏が追悼式典の演説で「75%近くの国民は35歳未満だ」と指摘したように、多くのルワンダ人にとって虐殺は直接の記憶ではなくなっている。だが近年もルワンダ各地で遺骨が相次いで見つかり、当時の出来事が過去のものになったとは言えない状況が続く。
加害者についてどう思うかニラバゲニさんに尋ねると、遠くを見やって少し考えてからつぶやいた。「人間は時に動物のように見境がなくなる。彼らには自分がしたことを正直に話してほしい」
虐殺記念館の墓所に手向けられた花=2024年4月2日、ルワンダの首都キガリ(共同)
▽ヘイト扇動したラジオ、教訓胸に
ルワンダ大虐殺の被害拡大の背景としてよく語られるのがメディアによる扇動だ。インターネット上で横行するヘイトスピーチが社会問題となって久しいが、30年前のルワンダでは憎悪が当時全土に普及していたラジオによって増幅され、惨劇につながった。虐殺終結から10年後、メディアが犯した過ちを教訓に始まったのは民族和解を促すラジオドラマ。制作者は教訓を胸に信頼回復に尽力し続けている。
ウェラス・ビズムレミさん=2024年4月2日、ルワンダの首都キガリ(中野智明氏撮影・共同)
「隠れているツチ人を探し出して殺せ!」。1994年4月、首都キガリ中心部のホテルに勤めていたウェラス・ビズムレミさん(70)はフツ系ラジオ局のアナウンサーが放った言葉を鮮明に覚えている。「まるでスポーツの試合を実況するような口調だった」と異様な雰囲気を振り返る。「それまでは娯楽番組やニュースを放送する普通のメディアだった」とビズムレミさん。変節したラジオは「ツチ人はゴキブリだ!」と連呼し、ツチ人が多い地区の名を挙げてフツ人に「向かえ」と叫んだ。人々の間では当時、現地のキニヤルワンダ語で「炎上」を意味する「ルトイーチ」がラジオの代名詞となったほどだった。
ラジオドラマの収録を再現するムサガラ・アンドレイさん(左)とルワンガ・ルクンドさん=2024年4月3日、ルワンダの首都キガリ(中野智明氏撮影・共同)
虐殺から10年後の2004年、オランダのNGOの支援で始まったのが、和解を促すラジオドラマ「ムセケウェヤ(新しい夜明け)」だ。架空の二つの村を舞台に起こる家庭内不和といった身近なトラブルを題材に、相手の立場に立つ大切さや不条理に抵抗する勇気を伝えてきた。1回約20分の番組は千本を超え、国民の7割が聴いているとの調査結果まである。
脚本家のムサガラ・アンドレイさん(59)が説明する。最近のエピソードでは「夫婦関係の不仲もあって集落の中で孤立し、酒におぼれて入院した男性」を登場させた。夫婦は別の民族という設定を背景に織り込み、妻に不信感を持った夫は妻の作る食事も喉を通らない。架空の人物を反面教師に、かつて虐殺をもたらした民族間の不和を繰り返してはならないとリスナーに意識してもらうことが狙いだ。番組の影響は絶大で、聴取を通じて対話の必要性を知ったツチとフツの村双方の若者2人がビールを酌み交わし、村同士の和解につながったことまであるのだという。
取材に応じるルワンガ・ルクンドさん(左)とムサガラ・アンドレイさん=ルワンダの首都キガリ(中野智明氏撮影・共同)
「ラジオは今、良い役割を果たしている」。制作責任者ルワンガ・ルクンドさん(50)が力を込めた。番組継続のために予算を確保しなければならないのが悩みの種だが、「メディアはどんな時でも正しい情報を伝えなければならない。虐殺が起きていようがいまいが関係ない。あと20年は続けるよ」と決意を語るルクンドさん。その表情に、同じメディアの人間として襟を正す思いだった
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