1人で5分の訪問看護、でも記録上は〝2人で30分〟 「患者や家族はおかしさに気付かない」ホスピス型住宅の「手厚い」ケア
47NEWS / 2024年7月2日 10時0分
末期がんや難病の高齢者を対象に、みとりに対応する有料老人ホームや高齢者住宅が近年、各地で増えている。「ホスピス型住宅」などと呼ばれ、高齢化による多死社会を迎えていることが背景にある。訪問看護・介護のステーションを併設していることが多く、運営事業者は「手厚い」ケアをうたう。事業者は看護・介護を提供すればするほど、公的な報酬をたくさん受け取れるため、業界ではビジネスモデルとして確立。中には報酬目当てで不正、過剰に訪問看護を提供している事業者もいる。ところが、ほとんどの患者や家族は不審に思わない。行政のチェックも行き届かず、現場の看護師からは「やりたい放題。こんなのおかしい」との声が相次ぐ。何が起きているのか。(共同通信=市川亨)
▽入居者1人で月100万円の収入
「疑問に思うことがたくさんありました」。ホスピス型住宅を各地で運営する大手の会社に3年前まで勤めた首都圏の看護師はそう話す。
「記録上はどの入居者も1日3回、1回30分、複数人で訪問ということになっていたが、実際には5分で終わる場合もあった。複数人で訪問するのは一部の人だけだった」と証言。
加算報酬を受け取るため、早朝や夜間に訪問したように装う不正も行われていたという。「倫理的にどうなのか、ジレンマを感じていた」と漏らす。
会社からは「早く満床にするように」と指示が出され、「営利優先だな」と感じた。社長からは「理想を追うな」とも言われた。
この会社は各地でホスピス型住宅を運営。昨年までの5年間で施設数を6倍近く増やし、急成長している。今後もさらに増やしていく方針だ。
訪問看護だけでなく訪問介護ステーションも併設しており、介護業界の調査会社によると、この会社が得る医療と介護の報酬は、入居者1人当たり推定で月平均100万円を超える。高額の入居料を取る超高級老人ホーム並みの収入だ。
訪問看護は介護保険が適用される場合と医療保険適用の2パターンがあり、高齢者は通常は介護保険。ただ難病や末期がんなどの場合は医療保険で、報酬も高めに設定されている。厚生労働省の規定に基づき1日複数回、複数人で毎日訪問でき、その分報酬を受け取れるため、過剰な実施を招きやすいという構造的な問題がある。
▽チョコを食べる付き添い
同様の実態は他社でも指摘されている。
千葉、京都、大阪の3府県で有料老人ホームや訪問看護などを手がける「アプリシェイトグループ」(大阪市)。同グループが運営する大阪市内の有料老人ホーム「アプリシェイト東淀川」での訪問看護について、複数の現・元社員が証言した。
有料老人ホーム「アプリシェイト東淀川」=4月、大阪市
それによると、同ホームでは難病や末期がんの入居者が10数人いるが、大半の人は状態が安定していて、以前は看護師1人で1日1回の訪問が多かった。ところが、同グループが契約する外部のコンサルタントが昨年春から訪れるようになり、「報酬を取りこぼしている」「制度上、認められている」として、訪問回数の増加や複数人での訪問を指示。難病などの患者には可能な限り1日3回、2人で訪問するように変わったという。
看護師らは次のように証言した。
「『チョコを食べる際に付き添いが必要』と理由をつくって訪問看護に入る」
「散歩の付き添いやマッサージなど、1人で十分と思われる場合でも2人で訪問する」
「複数人での訪問には患者の同意が必要なのに、同意がなくても続ける」
「入居者さんから『カネもうけのためやろ』と言われた」
「回数を増やすため、入居者が寝ている夜間に訪問して、かえって生活リズムを崩している」
アプリシェイト東淀川を担当するステーション管理者のLINEメッセージの抜粋。訪問看護の回数や訪問職員数を増やすとしている(画像の一部を加工しています)
▽「都合のよい指示書を書く医師にも責任」
訪問看護には医師の指示書が必要だ。だがアプリシェイト東淀川で、ある入居者の指示書を見た看護師は「あぜんとした」と話す。
指示書には「ほぼ寝たきり」「がん末期のため痛みと嘔気(おうき)強く、複数人での訪問を許可する」と書いてある。ところが「この人、自力で車いすで動けます。実際の状態と全然違う。はっきり言ってうそです」。
ホームへ訪問診療に入っている医師に会社側が指示書の発行を頼み込み、医師も応じているのだという。
「訪問看護ステーションに頼まれるまま、都合のいいように指示書を書く医師がいる」。訪問看護について取材していると、こうした声をたびたび聞いた。「医師も訪問診療に入っているので、持ちつ持たれつ」「指示書を書けば、医師にも診療報酬が入る」。複数の看護師が「必要ないのに指示書を書く医師にも責任がある」と訴えた。
アプリシェイトグループはどう答えるのか。取材に対し、こう回答した。
「必要性に関係なく、訪問看護の回数を増やしたり複数人での訪問をしたりしている事実はない。患者・家族の意向や状態を鑑みて実施している。療養生活を支援し心身の機能維持・回復のためには、状態観察をしっかり行うことが必要だ。訪問看護の指示書を医師に頼み込むということも一切ない」
▽「助かっている人もいる」悩ましさ
ホスピス型住宅は、比較的大手の4社だけで北海道から九州まで約200カ所(定員計約9千人)あるほか、中小の事業者による開設も各地で相次いでいる。
背景には、高齢化に伴う死者数の増加と国の医療費抑制策がある。日本の年間死者数は2003年は約101万人だったが、23年には約158万人となった。
一方、国は医療費を抑えるため病院の長期入院を少なくする政策を取ってきた。家で最期を迎えたいという国民の希望に応える面もあるが、自宅でのみとりに困難と不安を感じる家族は多い。
難病などがあると、一般の老人ホームでは受け入れを断られることも。そこで、ニーズに応える形で登場したのがホスピス型住宅だ。厚労省の幹部は「診療報酬を過剰に取っているという問題意識はあるが、難病患者らの受け皿となっていて、助かっている人もいる。悩ましい」と話す。
財務省は昨年11月、審議会で医療費を巡り適正化すべき項目の一つとして訪問看護を提示。ホスピス型住宅の運営会社が一般の介護大手と比べて高い利益率を上げていることを指摘した。介護保険の場合は、要介護度に応じて利用限度額が設定されているが、医療保険にはそうした仕組みがないという制度的な課題も挙げた。
「報酬が高すぎる」「『おいしい』と言える状況になってしまっている」。そうした声は介護業界の中からも上がる。ホスピス型住宅の訪問看護の報酬について、実施すればするほど受け取れる現在の「出来高払い」ではなく、一定額の「包括払い」に変更すべきだとの提案が出ている。
▽行政の監査は「ザル」縦割りの壁も
ホスピス型住宅のビジネスモデルを可能にしている要因としては、患者や家族が医療費の負担を感じにくいという点もある。通常は1~3割の自己負担を求められるが、月の医療費が高額になった場合は患者負担を一定額にとどめる「高額療養費」という制度がある。難病の場合は医療費助成を受けられる。
さらに、生活保護受給者であれば自己負担はゼロ。生活保護の人を多く受け入れている老人ホームでは、看護師が過剰な訪問看護に異を唱えても、会社側に「入居者さんが不利益を受けるわけではないから」とかわされる。
複数の看護師は終末期ならではの事情も指摘する。「みとりの際は家族も余裕がなく、医療費がどうなっているかを気にすることはほぼない」
行政のチェックも機能していない。訪問看護の回数が適正かどうか1件1件確かめることは事実上、不可能。監査の担当職員は少なく、内部告発がなければ不正が発覚するのはまれだ。ある看護師は「行政の監査はあまりにも『ザル』だ」と嘆く。
縦割りの壁も立ちはだかる。訪問看護は介護保険と医療保険の二通りある上、医療保険の場合は利用者が加入する保険によって指導監査の担当が国の地方厚生局と自治体に分かれる。
生活保護の場合は、自治体の中でも担当がまた別で、内部告発した複数の看護師は「たらい回しにされ、途中でいやになった」と話した。現場で行われていることを行政の各担当部署がブツ切りでしか見ていないという実情がある。
東京都内にあるホスピス型住宅(記事本文とは直接関係ありません)=6月
▽取材後記
入居先の老人ホームで「うちは看護師が1日3回、複数で訪問する手厚い態勢を敷いています」と説明されたら、多くの人は「安心だ」と思うだろう。「診療報酬を多く取るためではないか」などと疑問を持つ人はほぼいない。
「でも、回り回って税金や保険料が無駄遣いされている。こういう実態があることを一般の人に知ってほしい」。ある看護師はそう訴えた。
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tkh.joho@kyodonews.jp
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