「孤独死が発生しています」憧れだったマンション群でまさかの掲示 都心の一等地なのに超高齢社会…日本の未来の縮図で起きた悲しい現実
47NEWS / 2024年7月13日 10時0分
遠藤シマ子さんは、86歳の今も現役のヘルパーだ。毎週2回、早起きしてバスで全身まひの男性宅へ通い、身の回りの世話全般を担当する。帰宅は深夜になることも多い。
東京・新宿区の都営団地「戸山ハイツ」で独り暮らしをしている。総戸数約3千戸の大規模なマンション群は、1960~70年代に建てられた。当時は、好立地や手ごろな価格から爆発的な人気を呼んだが、現在は住民の半数以上が65歳以上の高齢者とみられている。都心に生まれた局所的な「超高齢社会」。遠藤さんは昨夏、友人を失った。孤独死だった。「明日はわが身だわって思ったの」。日本の「未来の縮図」のような場所で今、何が起きているのか。(共同通信=鷺沢伊織)
隣接する戸山公園から望む戸山ハイツ=2023年8月、東京都新宿区
▽70年代は入居時に抽選、1500倍
戸山ハイツは、JR新宿駅の北東約2キロの地点にある。戦後の住宅難を解消するため、GHQの提唱によって旧陸軍の学校跡地に平屋が建てられた。その後、中高層住宅への建て替えで人気の住宅地に。1970年代の新聞記事には、入居のための抽せんで、約1500倍の高倍率で3DKの部屋を射止めた4人家族の話が紹介されている。小学校や公園も隣接し、当時は都民の憧れの住まいだった。
遠藤さんが住み始めたのは20年以上前。当初の印象は「緑が多くて、なんて良いところなんだろう」。
夫は10年前にがんで亡くなり、独り暮らしが続いているが、団地の集まりに積極的に参加し、趣味にも精を出す。はじけるような笑顔で「1日が24時間じゃ足りないのよー」と話してくれた。
戸山ハイツのシニア館で他のメンバーと談笑する遠藤さん(左から2人目)。笑顔がはじけた
▽「帰りはヘトヘト」
ヘルパーをするのは月曜日と金曜日。勤務時間は毎回12時間にも及ぶ。午前6時に起床し、7時50分のバスに乗る。9時には別のヘルパーが男性の体を拭きに来るため、それまでに適温のお湯、着替え、タオル、おむつなどをそろえておく。
ほかにも食事の補助、電話対応もこなし、午後9時20分の最終バスで帰路につく。
用事を済ませ戸山ハイツの部屋に戻る遠藤さん
「帰りはヘトヘト」
寝過ごして先の停留所から歩いて帰ったことも。帰宅して簡単に夕食を済ませ、家事をこなす。寝られるのは午前1時ごろだ。
娘からはたびたび言われる。「母さんの年齢だと、ヘルパーの助けを受ける側だよ」
介護されている男性には「けがなどで動けなくなったらもうできませんからね」と伝えてはある。それまではもうしばらく続けるつもりだ。
「戸山ハイツ」の自宅でくつろぐ遠藤さん
▽近所の人が集うカラオケ会
勤務がない日もじっとはしていない。楽しみは近所の人々が集う月1回のカラオケ会。主催者も遠藤さん。場所は戸山ハイツの近くにある。スナック風のカラオケ店を貸し切りにする。
カラオケ会の前日には20食以上の手料理を仕込み、みんなに振る舞う。赤飯、里芋の煮物、おしんこ、南蛮漬け、魚のフライ―。そうめんのつゆも手作りだ。味が染みこんだ煮物は特に評判で、食事を楽しみに足を運ぶ人も多いという。
遠藤さんが主催したカラオケ会=2023年8月、東京都新宿
手料理は会が始まる前に、車輪付きのカートで運ぶ。参加者の中には電動車いすで来る人もいる。店が地下にあるため、足腰がまだ元気なメンバー2、3人が介抱し、階段をゆっくりと降ろしてやる。
常連の1人は笑いながら話した。「ここに来られなくなったらおしまいだわ」
参加者は最年長がもうすぐ90歳。最年少でも65歳。半数以上は戸山ハイツの住民という。遠藤さんはカラオケ会の最中もほとんど座らず、気配りを欠かさない。みんなのグラスが空いていないか気に留め、マイクが回ってこない人がいればデュエットに誘う。カラオケ会は毎回盛り上がり、帰宅が午前0時を過ぎることも少なくない。
戸山ハイツのシニア館でカラオケを楽しむ遠藤さん。曲のレパートリーは今でも増え続けている
▽ある日突然、カラオケに来なくなった友人
仕事と遊びでハリのある毎日だが、高齢者ばかりだけに死と向き合うことも少なくない。
昨年9月、残暑が厳しい中でカラオケ会が開かれたが、近くのアパートに住む70代の女友だちが姿を見せなかった。遠藤さんは何度も電話をかけたが、自動音声が流れるだけ。胸騒ぎがした。
アパートの大家に事情を話し、鍵を開けてもらってこの友人の部屋に入ると、冷房が効いた部屋の布団の上で手を天井に向けて伸ばしたまま、目を見開いて亡くなっていた。孤独死だった。
発見者として警察の事情聴取を終えて自室に戻ると、張り詰めた気持ちが緩んだせいか、涙があふれ出た。ただ、悲しい現実を知ったのはその後のこと。大家によると、遺体や遺品の引き取りについて親族に連絡したところ、こんな返答だった。
「一切関わりたくない」
戸山ハイツの廊下
女友だちの共通の友人からは、プロ野球でピッチャーをしていた自慢の息子がいたこと、離婚したこと、その後は独り暮らしだったことを知らされた。彼女が生きている間に身の上話をしたことはなかった。
「長く生きていると、いろんな事があるから」
せめて手を合わせたいと思い、葬儀や墓の場所を大家に尋ねたが「個人情報だから」と教えてもらえなかった。亡くなった後のカラオケ会では、彼女の「おはこ」をみんなで合唱して弔った。参加者はみんな泣いていたという。
「独りで暮らすってこういうことなんだ。明日はわが身だわって思ったの」。遠藤さんは瞳に涙をためながら語った。
夕暮れに部屋の灯りがつき始めた戸山ハイツ。左奥には新宿のビル群が見える
▽「遺影は10年前に撮ってある」
「悲しい話ですが、団地内で孤独死が発生しています」。遠藤さんが暮らすマンション1階の掲示板には、いつの間にかこんな案内文が貼られていた。「どきっとした」。独居している隣人の顔が浮かんだ。友人や知人を孤独死させたくない。定期的に電話をかけ、郵便物がたまっていないかどうか注意しているが、1人でやれることには限界がある。
一昔前なら、新聞受けに新聞がたまっていると「おかしい」と気づくことができた。でも今は、異変が見えづらくなっているという。「孤立したら駄目。つながりがないと」。せめてカラオケ会は、誰もが来られる場所にしたいと考えている。
遠藤さんはふと漏らした。「私もぽっくりと死ぬ気がするの」。遺影用の写真は既に10年も前に撮り、居間のテレビの横に用意してある。もしものとき、娘に迷惑をかけないためだ。
10年前に撮影した自身の「遺影」を手にする遠藤さん
写真立てに収まった10年前の自分は、今も穏やかな表情を浮かべている。「前髪をもう少し整えれば良かったかな。こんなもの用意して、おかしいでしょ?」
娘にはこんな風に言われたという。「90歳まで生きたとして、20年前の写真が遺影だったら若すぎておかしいでしょうが」
遠藤さんは、娘に今度そう言われたらこう返そうと思っている。
「今の方が若く見えるんだから、撮り直したらもっと若返っちゃうよ」
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