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「日本の民主主義が笑いものになる」。都知事選でSNSを席巻した掲示板ポスター問題。なぜこんな事態になったのか、改めて振りかえる

47NEWS / 2024年7月9日 10時30分

東京都知事選のポスターが掲載された掲示板=6月、東京・秋葉原

 7月7日に投開票された東京都知事選は、6月20日の告示直後からSNSの話題をさらった。その内容は、国政を背景にした与野党の代理戦争でも、現職と新人の政策論争でもなかった。
 爆発的に拡散したのは、普段注目を浴びることが少ないポスター掲示板の画像。他の候補のポスターを取り囲むように、凹型に同じデザインのポスターが並んでいた。
 ポスターの内容は風俗店の紹介、有料SNSへの誘導、亡くなった俳優の肖像など。選挙に無関係と思われるものが多かった。掲示板が選挙以外の目的に使われている―。さらに、裸同然の女性のポスターが張られていたことも判明した。都選挙管理委員会には苦情が殺到した。
 なぜこんな事態が起きたのか、表現の自由、選挙、政治参加―。どれも市民の重要な権利に関わる問題だ。きちんと振り返っておきたい。(共同通信=東京都知事選取材チーム)

▽「孫の描いた絵」が掲示板に


JR蒲田駅近くの掲示板に張られた、女の子や花の絵と共にQRコードが掲載されたポスター(左右と下)=6月4日

 JR蒲田駅近くの掲示板に大量に張られたポスターには、女の子や花の絵と共にQRコードが掲載されていた。ここから連絡の取れたアルバイトの男性(69)が投開票日直前に取材に応じた。自身は候補者ではないとし、「注目が集まるよう、孫の絵を使わせてもらった」と掲示を認めた。「ユーチューブの登録者数を増やす方法を探していた。こんなアイデアもあるんだと驚いた。違法ではないし、次も機会があれば張りたい」と話す。悪びれる様子はなかった。

 中野区役所前の掲示板も「ジャック」されていた。さまざまな人物の画像とともに、デザインの同じピンク色のポスターが24枚、ずらりと張られている。QRコードも記載され、読み込むと有料SNSの画面に誘導される。画像の人物は女性とみられ、ほとんどは選挙と無関係のようだ。


中野区役所前の掲示板

 有権者はどう感じたのだろうか。通りかかった50代の男性会社員は「広告なのか、候補者ポスターなのか分からない」と困惑した様子。30代の女性会社員も「目的が選挙からかけ離れている」と非難した。
 事の発端は、ネットで「ポスター掲示場をジャックせよ。」と呼びかけられた企画だった。政治団体「NHKから国民を守る党」によるものだ。団体は関係する立候補者のスペースに自由にポスターを張れるとした。掲示板1ケ所あたり24人分。条件は団体に一定額を寄付をすることだった。


記者会見で選挙ポスター掲示板のイメージを示す政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首(前列左から2人目)

 告示直後から、実際に都内各地の掲示板にポスターが張られた。内容は女性キックボクサーやホストを名乗るもののほか、風俗店を紹介するものもあった。警視庁は風俗店のポスターについて、風営法違反容疑でNHK党の立花孝志党首に警告を出した。
 他にもトラブルは起きた。芸能事務所アミューズの法務部は、同社に所属していた俳優の故三浦春馬さんの肖像や氏名を無断使用したポスターが張られているとして、撤去を求める声明を公式X(旧ツイッター)で発表した。
 立花党首は三浦さんのポスターを掲示した人物に連絡を取り、アミューズに許可を取っていないことを確認したとXで明かした。そして、自ら別のポスターを上から張るといった対応を取るとした。同社や遺族、ファンらに向けては「大変失礼致しました!ごめんなさい」と記載した。

▽目的


東京都庁近くの掲示板

 団体の目的は何だったのか。ホームページなどによると、必要な寄付額は5月末日までは1カ所5千円で、その後値上げなどで変動した。都知事選に立候補するには1人300万円の供託金が必要とされ、24人分だと7200万円。仮に都内の掲示板約1万4千ケ所に1万円ずつ寄付が集まれば、これを上回る額になる。
 立花党首は6月の記者会見で「掲示板ジャック」を展開した理由を明かした。「設置費用がかさむ掲示板をなくせば供託金の額が下がり、政治参加がしやすくなる。問題提起だ」
 また、4月の記者会見ではこうも述べていた。「『選挙でお金もうけをするな』としかられるが、それは大間違い。国家経営や自治体運営は金銭感覚、ビジネスセンスがないと税金の無駄遣いになる」

▽裸同然

 ポスターを巡っては別の問題も起きた。裸同然の女性の画像を張った別の政治団体の候補者が、都迷惑防止条例違反容疑で警視庁に警告を受けたのだ。子どもや多くの人の目に触れる場所に、性的な画像が張られる結果になった。ポスターは撤去されたが、陣営側は取材に「性的な表現の自由を表そうとした」と主張した。
 都選管には苦情や問い合わせが殺到したが、なすすべはなかった。総務省によると、公職選挙法などには選挙ポスターの記載内容を直接制限する規定が存在しない。選管が事前にチェックすることもない。一方で、他人が勝手に剥がせば公選法違反に問われる。
 選挙制度をもてあそぶような動きに、各地の知事からは危惧する声が上がった。


鳥取県議会で東京都知事選に苦言を呈した平井伸治知事

 全国知事会長の村井嘉浩宮城県知事は6月24日の記者会見で同一ポスターに関し、「ふざけた、人をばかにしたようなものは良くない」と述べた。さらに「公選法に違反しなければ何をしてもいいというわけではない。『自分ならこのように東京を変えたい』という主張を伝えるためのポスターであってほしい」と注文を付けた。
 鳥取県の平井伸治知事は県議会で「いかがわしいサイトに誘導したり、24枚も同じポスターを張ったりこれのどこが選挙運動なのか」と批判。「日本の民主主義が世界中の笑いものになる」と苦言を呈した。

 ▽良識


候補者の訴えに耳を傾ける聴衆

 こうした状況に有権者としてどう向き合えばいいのか。3人の識者に聞いた。
 まずは裸のポスターについてだ。武蔵野美術大の志田陽子教授(憲法学)は、「わいせつ物と疑う紛らわしい画像であることは確か」として「学校の近くへの設置などは、配慮があってもいい」と指摘した。
 一方で、表現の自由を保障する観点では、政治的主張は見る人の不快感より優越し、これらの画像を使って訴えていることも含め「有権者に判断を委ねるべきだ」と指摘。警察など公権力は候補者に再考を促すことにとどめるべきだとした。
 自民党派閥の裏金事件などが政治への不信や軽視に拍車をかけ、今回の事態につながったと見る識者も。一橋大大学院の只野雅人教授(憲法学)は「日本の選挙制度は有権者や候補者の良識に任せてきた面がある。今回のような問題が続けば、より窮屈な制度を作らざるを得なくなる」と危惧する。
 「候補者の主張や表現を規制するのは難しく、候補者側も確信犯的だ」とした上で、「有権者の意識も問われる。面白おかしく扱うことはせず、言動を冷静に見極めるべきだ」と話した。


東京都庁

 最後に、掲示板の占拠を含め、今回の問題を総括的に法政大大学院の白鳥浩教授(現代政治分析)に聞いた。
 白鳥教授は「掲示板は候補者の政策や顔、人となりといった情報を有権者に提供するためにある。法に触れないとしても趣旨から外れた行為だ」と断じた。
 選挙を使って利益を上げるようなことはあってはならないと強調し、「表現の自由を考慮すれば直ちに法改正までする必要はないが、選挙運営の規則などで禁止していくべきだ。時代の変化に合わせ選挙の在り方を見直す時期が来ている」と指摘した。


東京都知事選で、半分ほどの枠が同一のポスター(左右と下)で埋め尽くされた掲示板=6月20日夜、東京・霞が関

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