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「頼りないと言われても権力は健全じゃないといけねぇんだ」 何が岸田首相を派閥解散に駆り立てたか【裏金政治の舞台裏②】

47NEWS / 2024年7月17日 10時0分

裏金問題について記者会見する岸田首相=2023年12月13日

 「裏金事件の責任をとっていない」として岸田文雄首相に逆風が吹いている。ただ、首相にとってのけじめは事件発覚直後に決断した自民党宏池会(岸田派)の解散方針だった。5人の首相を輩出した「名門派閥」は近く67年の歴史に幕を閉じる。誰より派閥に愛着があった岸田首相が宏池会解散をなぜ決断したのか。経過をたどると、最高権力者の矜恃とその代償が浮かんだ。(共同通信裏金問題取材班=村山卓也)


岸田内閣支持率の推移

 ▽「岸田政権のせいでこんな目に遭っている」

 東京地検特捜部の捜査がヤマ場を迎えていた昨年末、首相は周囲にぼやいた。「『なんで岸田政権は捜査をつぶしてくれないのか。けしからん』と、そんなことを言ってくるやつもいるんだよ」


 裏金事件は政権を揺るがし、この時期に首相は安倍派の要職一掃に踏み切った。当時の松野博一官房長官、西村康稔経済産業相ら4閣僚が退場し、自民党の萩生田光一政調会長、高木毅国対委員長、世耕弘成参院幹事長らも要職を外された。安倍派の副大臣、政務官の多くも交代させた。


辞表提出後、首相官邸を出る松野博一氏=2023年12月14日

 危機管理としての判断だった。だが、党内からは「安倍派切りで政権基盤を安定させるつもりだ」との声が出てきた。議員や秘書が連日のように事情聴取を受け、やり場のない怒りを生んでいた。役職を外れた安倍派幹部は「岸田政権のせいで、こんな目に遭っているんだ」と水面下で矛先を首相に向けていた。

 ▽一升瓶を片手にした首相の口調が変わった

 反省すべき安倍派がそんなことを言ってくる背景は、翌年9月に控える自民党総裁選だ。約100人を擁する最大派閥の動向が岸田首相の命運を左右すると考えていた。総裁選では国会議員の票が重く、岸田派は第4派閥に過ぎないからだ。事件が本格的に表面化する前から世耕氏は参院本会議で岸田首相について「国民が期待するリーダーの姿を示せていない」と糾弾するなど、けん制を繰り返していた。
 しかも、安倍派内の多くには「総理大臣は検察ににらみを利かせることができる」という政権像が共有されていた。故安倍晋三元首相が2020年に検察幹部の定年延長を決定した際には、野党から「安倍政権に都合のいい幹部を残すことで、検察をコントロールするつもりではないか」と追及を受けることもあった。
 こうした事情から安倍派の一部から「安倍さんだったら簡単に捜査をさせなかったはずだ」と検察に圧力をかけるよう求める声が上がっていたのだ。


首相公邸の外観

 そうした声を耳にした夜、岸田首相は公邸で一升瓶を片手に日本酒をあおった。政界きっての酒豪が珍しく突っ伏して寝てしまったという。
 葛藤の末、最後には自分に言い聞かせるように語った。「官邸と検察は健全な関係じゃないといけねぇんだ。国民が安心して、それなりに公権力を信頼して平穏な生活をできることが民主主義には大事なんだよ。これは、そういう問題だと思うんだがなぁ…。権力は国民のために使わないといけねぇんだ」
 「真面目な人間がばかを見ない社会にしたい」とたびたび語る岸田首相。丁寧な言葉遣いがべらんめえ調になるのは感情がこもっているときだ。

 ▽不安が最悪の形で的中した

 その後の経緯は必然でもあり、皮肉でもある。捜査から距離を置いた代償として、検察の動きを察知するのが遅れた。
 当初、岸田派の政治資金収支報告書への不記載問題について岸田派幹部は「事務的ミスで、安倍派、二階派とは性質が全く違う。立件はされない」と楽観視していた。首相も報告を受けて「検察としては大きな問題はないと考えているようだ」と安堵していた。
 事態が急変したのは1月17日だった。宏池会の元会計責任者が立件されそうだ、との情報が首相の耳に入った。漠然とした不安が最悪の形で的中した。翌日から「岸田派立件」の報道が火を噴いた。
 岸田首相の反応は素早かった。1月18日午後、総理執務室に岸田派幹部を官邸の裏口から呼び込んだ。時間をずらして一人一人と向き合い、今後の対応方針を相談した。隣には岸田派ナンバー2の座長を務める林芳正官房長官を座らせた。
 「自民党の未来を守らなければなりません。そのために宏池会を解散しようと思います」。岸田首相が静かに切り出すと、ある幹部は「総理の判断にお任せします。解散しても人間関係は変わらないですから」と応じた。「では攻めの気持ちで解散しようと思います。派閥の若い連中をよろしく頼みます」。反対する幹部はいなかった。


岸田派解散の意向を記者団に明らかにする岸田首相=1月18日

 ▽断腸の思いか、責任回避か

 宏池会を1957年に創設したのは池田勇人元首相である。岸田首相が最も尊敬する人物だ。「軽武装・経済重視」の理念を長年掲げ、タカ派と称される清和政策研究会(安倍派)と比較して、自民党内のハト派と位置付けられてきた。大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一も首相に輩出した。官僚出身者が多く、政局に弱い「お公家集団」とやゆされることもある。
 岸田首相は宏池会について「誰よりも愛着があるつもりだ」と自負してきた。そんな派閥を巡る急転直下の解散決断について、その日の夜に複雑な心境を周囲に明かした。
 「俺は宏池会と同じ年に生まれたんだ。人生、宏池会と一緒にあったようなものだと思っている。それに自ら終わりを告げるってのは、やっぱり思うところはある。だけど、ここで決断しなければ自民党が終わると思ったんだ」


解散方針についての説明が行われた岸田派会合。後ろには歴代宏池会会長の写真=1月23日

 岸田首相としては断腸の思いで、政治改革に取り組む姿勢を示したかった。ただ裏腹に裏金問題の早期の幕引きを図り、首相自身の責任論をかわす思惑があるのではないかとの見方が広がる。
 それを助長したのが手続きに時間がかかる現実だ。派閥解散を表明しても事務所や資金の清算に数カ月かかってしまう。しかも派閥存続論の麻生太郎副総裁への根回しがなく、政治的後ろ盾の不興を買ってしまった。
 再発防止策となるはずの改正政治資金規正法の成立を経ても裏金批判のうねりは消えず、自民党内の「岸田降ろし」につながる。6月の通常国会閉幕に合わせるように、菅義偉前首相がインタビューでのろしを上げた。
 「岸田首相自身が裏金事件の責任に触れずに今日まで来ている。そのことに不信感を持っている国民は結構多い」
 対する岸田首相は周囲にこう漏らした。「何をどうしたって今は批判されるんだろうなぁ。でも、中途半端に投げ出すわけにはいかねぇんだよ」

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