「箱根山戦争」舞台の芦ノ湖、新遊覧船は五輪開催地の公園を意識 JR西日本「ウエストエクスプレス銀河」デザイナーが明かす裏話 連載『鉄道なにコレ!?』【番外編】
47NEWS / 2024年8月2日 10時0分
首都圏大手私鉄の小田急電鉄、西武鉄道の両グループがリゾート開発で約20年間火花を散らした「箱根山戦争」の舞台となった芦ノ湖(神奈川県箱根町)で、西武側の事業を買収した富士急行が遊覧船「箱根遊船 SORAKAZE(そらかぜ)」を導入した。デザイナーを務めたのは、JR西日本の長距離列車「ウエストエクスプレス銀河」を手がけた川西康之氏だ。川西氏は小田急グループの海賊船の形をした遊覧船とは大きく異なる〝湖上の公園〟のような船上空間を実現するため、オリンピック(五輪)開催地の有名公園を意識したことを明らかにした。(共同通信=大塚圭一郎)
▽訪日旅行客でV字回復
快晴の日には富士山を望むことができ、「パワースポット」とされる箱根神社などの名所がある神奈川県・箱根に外国人旅行者が大勢押し寄せている。訪問者数は新型コロナウイルス流行時の低迷から「V字回復」した。
小田急電鉄子会社で箱根海賊船を運航する小田急箱根(神奈川県小田原市)によると、小田急グループの箱根の乗り物を自由に乗り降りできる「箱根フリーパス」の販売枚数はコロナ流行中の2020年度には約21万6千枚まで落ち込んだ。これが23年度は約81万4千枚となり、コロナ禍前で好調だった18年度(約95万8千枚)に近づいた。
中でも人気を集めているのが、今年7月16日に就航60年を迎えた芦ノ湖の箱根海賊船だ。箱根山戦争で火花を散らしていた西武側との遊覧船競争で劣勢に立たされていた中で「当時の運航会社社長だった山添直氏がアメリカのディズニーランドで見た船をヒントに発案した」(小田急箱根)という。
中世ヨーロッパの帆船を模して造り上げた初代海賊船「パイオニア」が登場すると子どもらの人気を呼び、旅行者が押し寄せた。
小田急箱根の海賊船「クイーン芦ノ湖」=2024年7月10日、神奈川県箱根町
▽一番人気はクイーン芦ノ湖
現在は3隻の海賊船が活躍しており、小田急箱根が「一番人気だ」と指摘するのが2019年4月に登場した「クイーン芦ノ湖」(318総トン)だ。
JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」を手がけた水戸岡鋭治氏がデザインし、建造費は約12億5千万円に達した。
クイーン芦ノ湖の特別船室にある「女王陛下の玉座」=2024年7月10日、神奈川県箱根町
▽箱根寄木細工をイメージ
船体は湖面に映える黄金色を基調とし、船内の床は地元の伝統工芸品の箱根寄木細工をイメージした高級感のある雰囲気が特色だ。普通船室より料金が高額な「特別船室」にはゆったりとしたソファーが並んでおり、黄金色の壁面に沿った「女王陛下の玉座」に腰かけて記念撮影を楽しめる。定員は541人。
小田急箱根は「お子様に人気があり、大人の方々にも上質なクルージングを楽しめる室内空間などが好評を得ている」と説明する。
神奈川県箱根町の芦ノ湖と周辺の地図
▽「国鉄と同じような」座席生地
これに対し、西武グループの遊覧船事業を2023年3月に買収した富士急は子会社の箱根遊船(箱根町)を通じて「そらかぜ」の運航を今年2月に始めた。1985年に完成した旧「はこね丸」を約2億円かけて改造した。
旧日本国有鉄道(国鉄)時代に登場した電車「117系」を改造したウエストエクスプレス銀河を手がけた川西氏は「旧はこね丸も国鉄(時代の車両)と同じようなモケット生地の座席だらけだった」と笑う。
旧はこね丸の船内は正面を向いたシアター形式の長いすが並び、「ふさがれていたものの灰皿も付いていた」と昭和時代にタイムスリップしたかのような雰囲気だった。
JR西日本の長距離観光特急列車「ウエストエクスプレス銀河」=2020年1月25日、大阪府吹田市
▽箱根本格進出「悲願だった」
そんな「質より量」を優先した昭和時代の設計思想は、外国人旅行者が増えるなど利用客のニーズが多様化している時代の変化に対応できなくなっていた。
しかし、西武鉄道が有価証券報告書で株式保有の名義を虚偽記載していた事件などで西武グループは経営危機に陥り、芦ノ湖での遊覧船事業は後手に回っていた。
事業を買収した富士急は世界遺産に登録されている富士山の北側で、遊園地「富士急ハイランド」(山梨県富士吉田市)やホテル運営などのリゾート事業を積極的に手がけてきた。
続いて事業エリアを富士山の南側へ順次広げており、代表的な保養地となっている箱根への本格進出は「悲願だった」と富士急関係者は打ち明ける。
「そらかぜ」の船尾のツタの前に立つ川西康之氏=2024年6月4日、神奈川県箱根町
▽すみ分け
〝切り込み隊長〟となる「そらかぜ」の設計に当たり、川西氏はコンセプトを「箱根・芦ノ湖に浮かぶ緑の公園」と定めた。川西氏は「芦ノ湖はカルデラ湖のため(周辺に)子どもが遊べるような所がすごく少なく、公園のニーズがあるだろうと考えた」とし、海賊船と大きく異なる設計にすることで「はっきりすみ分けられる」との狙いもあったと話す。
公園のような雰囲気にするため、4階建てになった船体の屋外になった3階のデッキの先頭部には天然芝を敷いた。さらに船尾にツタを生やしており「運航前の朝方には乗組員らが水をまいて手入れをしている」(富士急)という。
長いすが無機質に並んでいたはこね丸時代に700人だった定員は550人へ減り、座席は15種類に膨らんだ。2階の屋内には支柱からつり下げたハンギングチェア、屋外の3階にブランコ風のベンチ、3階にはくつろぎながら景色を一望できるデッキチェアといった具合だ。
「そらかぜ」のデッキチェア=2024年6月4日、神奈川県箱根町
▽意識したパリの公園
川西氏がデザインに当たって意識したのは、今年7月26日にオリンピックが開幕したフランスの首都パリのリュクサンブール公園だ。「いすを好きな場所に動かし、自分の居場所を作れる」のを望ましいと受け止めているからだ。
だが、航行中に衝撃があった場合にも安全性を確保することが必要となる船舶では「基本的に動くいすを固定しなければいけない」(川西氏)。自由に動かせるいすを置き、乗客が好きな場所に動かせるようにするのは不可能だ。
そこで、位置は定まっているものの、さまざまな種類の座席を設けることで「自分の居場所を発見して快適に過ごせるようにした」と打ち明ける。
「そらかぜ」のデッキにある富士山の形のオブジェ=2024年6月4日、神奈川県箱根町
▽〝大人の事情〟で立ち消えに
多種多様な座席とともに目立つのは、人工芝の部分やテーブルなどの随所に見られる富士山の形だ。川西氏は「富士急なのだから、富士山のモチーフ(を採り入れるの)は絶対だと考えた」と力説する。
それでも「あそこは富士山の形にするつもりはなかった」と指をさしたのが、4階のデッキにある富士山を模したオブジェだった。
芦ノ湖畔にある箱根神社の「平和の鳥居」が名所となっているのを念頭に、デザインを進めていた過程では「鳥居を造ろうと言っていた」。ところが難色を示す〝大人の事情〟で立ち消えとなり、「代替で富士山(のオブジェ)になった」と明かした。
芦ノ湖畔にある箱根神社の「平和の鳥居」=2024年6月4日、神奈川県箱根町
▽「あっという間」の対策
「そらかぜ」の導入で箱根海賊船に挑む富士急側だが、課題として挙げられているのが短い航路だ。双方が発着する元箱根港から1周した場合に箱根海賊船は原則70分なのに対し、富士急側は40分のため乗船客からは「あっという間の船旅で、もう少しゆっくり楽しみたかった」と残念がる声を聞いた。
この点を富士急関係者に尋ねたところ「将来は1周75分ほどにする計画だ」と明らかにした。西武グループから買収した飲食店・物販店施設「箱根湖尻ターミナル」を改修し、完了後には「遊覧船を湖尻まで延伸する」という。湖尻では観光バスなどを駐車できるため「団体客がバスで湖尻まで来て、『そらかぜ』に乗ってもらえる」との算段だ。
「そらかぜ」の就航について小田急箱根は「芦ノ湖の船旅や箱根の魅力が高まることを歓迎いたします」とコメントし、富士急も「私たちは教えていただく立場だ」と謙虚な姿勢を示す。
小田急、富士急の双方が遊覧船のサービスを磨くことで健全な競争を繰り広げ、箱根の素晴らしい思い出を持ち帰った旅行者が繰り返し訪れることが望ましい〝航路〟と言えそうだ。
富士急行が買収した飲食店・物販店施設「箱根湖尻ターミナル」=2024年7月10日、神奈川県箱根町
【箱根山戦争】神奈川県と静岡県にまたがる箱根地区を舞台に、小田急電鉄と西武鉄道の両グループが1968年まで約20年間にわたって繰り広げたリゾート開発の主導権争い。故獅子文六氏は箱根山戦争を題材にした小説「箱根山」を世に出し、映画化もされている。
西武グループが遊覧船事業を手がけていた芦ノ湖に小田急グループが1950年に参入し、56年に大型船を導入したことで対立がエスカレートした。西武側は所有している有料自動車道の入り口に遮断機を設置し、この自動車を経由していた小田急グループの路線バスが通行できなくする強硬措置に打って出た。
双方の法廷闘争に発展し、西武側が小田急株を大量購入するなど争いが泥沼化した。1968年12月に西武、小田急両グループの首脳らが箱根の路線バスの相互乗り入れで協力するとの調停書を交わしたことで激しい争いは事実上終結した。
西武鉄道の電車4000系=2024年6月1日、埼玉県日高市
※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道に乗ることや旅行が好きで「鉄旅オブザイヤー」の審査員も務める筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。鉄道以外の乗り物の話題を取り上げた「番外編」も。ぜひご愛読ください!
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