80年代の「5強」がプレミア発足を画策、有料衛星放送スカイで飛躍的な発展へ 【プレミアリーグ 巨大ビジネスの誕生②】
47NEWS / 2024年7月21日 10時30分
フーリガン問題やスタジアムにおける事故などが相次ぎ、イングランドのサッカー界が冬の時代を迎えた1980年代。水面下では新リーグ発足の動きが本格化していた。主導したのが当時の「ビッグ5」だったリバプール、エバートン、アーセナル、トットナム、マンチェスター・ユナイテッド。高い人気と知名度を誇るクラブはテレビ放映権が1~4部リーグの全92クラブに分配されていることに不満を募らせ、リーグを統括していた「フットボール・リーグ」からの独立を企てた。(共同通信=田丸英生)
▽テレビとの冷え切った関係
ユニホームに企業スポンサーが付き、スタジアムに多くの広告看板が立つなどサッカーの商業化が進み始めても、テレビ放送に対する抵抗は根強かった。試合が生中継されればスタジアムに足を運ぶファンが減ると危惧され、1983年から本格的に始まった地上波の放送も年に数試合と限られた。
1985年は3月にルートン―ミルウォール戦の暴動、5月には多くの死者を出した「ブラッドフォード火災」と「ヘイゼルの悲劇」が相次いで発生。負のイメージがつきまとうサッカーは、テレビ局にとっても魅力的なコンテンツではなかった。
翌1985~86年シーズンに向けてBBC放送と民放ITVが提示した放映権料は「4年1900万ポンド」(当時のレートで約61億7500万円)。これにリーグ側が首を縦に振らず交渉は決裂し、シーズンの前半戦はテレビの画面からサッカーが消える事態となった。その後、妥協案で合意して1986年1月から試合中継は復活したものの、リーグやクラブと放送局の関係は冷え切っていた。
▽幻に消えた「ビッグ5」のリーグ脱退構想
そんな時代に先鋭的な視点でテレビの価値を見いだしていたのが、トットナムのアービン・スコラー会長だった。1983年にサッカークラブとして初めてロンドン証券取引所に上場したトットナムは、テレビCMでシーズン開幕戦のチケット販売を宣伝するなどサッカーのビジネス化で他クラブを先行していた。
1980年代にサッカーのビジネス化で先行していたトットナムが発行していた月刊紙
広告代理店「サーチ&サーチ」で、そのCMを担当したアレックス・フィン氏は「彼はサッカーが持つ商業価値にいち早く目を付けていた、イングランドのサッカー界では珍しい存在だった」と振り返る。
スコラー会長を含む「ビッグ5」の代表者がリーグ脱退へ動き始めたのは、放映権料の更新時期を迎えた1988年。ITVスポーツのトップだったグレッグ・ダイク氏と極秘会談の場を設け、それまでBBCとITVがカルテルを結んでいたことを認めさせた。
その上でITVから人気5クラブのホーム戦の独占放映権料として、それぞれに年間100万ポンドずつという破格の条件が提示された。この「抜け駆け」の画策はリーグや他クラブに察知されて結果的に実現しなかったが、既にテレビマネーを柱としたプレミアリーグ創設へと歯車は動き始めていた。
▽イングランド協会は改革案を拒否
新リーグ発足に向けた動きが秘密裏に行われていた頃、広告代理店のフィン氏はサッカー界でコンサルタントとして広く知られるようになっていた。旧知のスコラー会長から依頼されて「最初のプレミアリーグ構想」をまとめたのは1985年のこと。1990年代に入るとイングランド協会(FA)のアドバイザーに任命され、プレミアリーグ創設に向けてさまざまな提言をまとめた。
インタビューに答えるアレックス・フィン氏=2024年4月、ロンドン
「18もしくは20チームによる最上位リーグの下部に全国リーグ、そのさらに下に三つの地域リーグを置くことが私の考えたプラン。特に最下層を地域別に分けてピラミッド型にする点が重要だと思ったが、FAが興味を示したのはトップの部分だけだった」。その背景にはフットボール・リーグとのパワーバランスで脅威を感じていたイングランド協会の思惑があった。
1990年秋にリーグはイングランド協会と一つになってサッカー界を統括する改革案を発表したが、協会側がこれを拒否。最上位リーグが独立することで、2~4部だけ残されたフットボール・リーグが弱体化するシナリオを好都合と捉えていた。最高機関としての立場を守ることしか考えていなかった当時のイングランド協会をフィン氏は「無能で自己中心的」だったと断罪する。
▽クラブ主導で構想実現へ
プレミアリーグ創設に向けた動きが水面下で進んでいた頃にFAが発行していた公式イヤーブック
フィン氏はイングランド協会にこう提言した。「FAが主導して新リーグを運営すれば、チーム数を絞って試合数を減らすことでイングランド代表の強化や伝統あるFA杯により重点を置ける」―。だが聞き入れられず、サッカー界の底辺まで考えたピラミッド型のリーグ構造が理想的と訴えても理解してもらえなかった。
新リーグ創設に向けた会議はクラブ側が中心となって進められ、決議事項もイングランド協会のバート・ミリチップ会長が「あなたたちのリーグなんだから、あなたたちで決めなさい」と放任した。こうしてトップから事実上のゴーサインが出ると、構想は一気に現実味を帯びてきた。
▽「メディア王」の切り札にサッカー中継
プレミアリーグ誕生の機運が高まってきたのと時を同じくして、テレビ業界にも衛星放送という新たな波が訪れていた。1988年から4年分の放映権を取得していたITVに対抗したのが、1990年にスカイTVとライバルの英国衛星放送(BSB)が統合して生まれた有料の「BスカイB」だった。
オーストラリア出身で「メディア王」の異名を持つルパート・マードック氏の支配下にあったBスカイBは、なかなか一般家庭に普及せず経営が傾いていた。そんなタイミングで加入者を増やすための切り札として、サッカー中継に狙いを定めて新リーグの放映権獲得に名乗りを上げた。
▽対抗勢力が推した衛星放送
多くのスポーツチャンネルを持つ「スカイ」のスタジオ=2021年6月、ロンドン郊外
当初は「ビッグ5」と蜜月関係にあったITVが有力視されたが、チェルシーのケン・ベーツ会長とクリスタルパレスのロン・ノーズ会長を中心とした対抗勢力はBスカイBを推した。そして1992年5月、ロンドン中心部の高層ホテル「ロイヤル・ランカスター」で行われた放映権の譲渡先を決める会議で、陰の主役となったのがトットナムのアラン・シュガー会長だった。その前年にスコラー氏の後を継いだシュガー会長は、自身の所有する会社が衛星放送を受信するアンテナを製造販売していた。
そのため「5強」の代表者のうち、1人だけBスカイB派に転じて暗躍。ホテルのロビーでBスカイBの幹部に電話口で「彼ら(ITV)をあっと言わせる額を提示するんだ!」と促したことが決定打となって放映権を勝ち取ったエピソードは、リーグの歴史を変えた逸話として語り継がれる。
▽「サッカーを変えた」スカイTV
最初の契約は5シーズンで3億400万ポンド(当時のレートで約726億5600万円)というのが定説として伝わるが、フィン氏によると実際の金額はもっと低かったという。「スカイが1億9150万、ハイライト番組を流すBBCが2200万で、合わせて2億1350万ポンド。3億という数字は外国の放映権を見込んだ金額だったが、それが実現することはなかった」と明かす。リーグの国際化が進むまでさらに数年を要したが、1992年8月にプレミアリーグが華々しく幕を開けるとBスカイBは加入者が急増して黒字に転じた。
テレビカメラの存在がサッカー界を大きく変えた。今では動画配信サービスなど視聴方法は多様化している=2021年1月、マンチェスター
今では当たり前となった「お金を払ってテレビで試合を見る」という新たな観戦スタイルは、この時から徐々に浸透していった。フィン氏の言葉を借りれば「スカイがサッカーを変えた」―。無料の地上波から有料放送へと舵を切ったイングランドのサッカー界は、そこから右肩上がりに飛躍的な発展を遂げることになる。
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