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世界最高峰のサッカーリーグ誕生はどのようにして誕生したのか 相次ぐ事故や火災で死傷者、暴動と悲劇を経て動き出した改革【プレミアリーグ 巨大ビジネスの誕生①】

47NEWS / 2024年7月20日 10時30分

ブライトンで活躍する三笘薫(右)=2023年10月、ブライトン(共同)

 サッカーの「母国」イングランドの「プレミアリーグ」は世界最高峰のリーグとして知られる。世界的スターが名声を確かなものとし、三笘薫や香川真司といった日本を代表する名手も活躍の場を求めて海を渡った。

 リーグの人気は欧州域内にとどまらず、試合の視聴世帯は世界約190カ国・地域の9億に上る。市場規模は1兆円とスペインやドイツの約2倍に及び、イタリア、フランスを含めた欧州5大リーグの中で群を抜き、サッカーは王室と並ぶイギリスを代表するブランドになった。

 だが1992年のリーグ開幕以前はフーリガンと呼ばれる過激な集団が暴れ回り、スタジアムでは痛ましい死傷事故も相次ぐ苦難の時代にあった。どん底の状況から、どうやって成功への道を駆け上ったのか―。元選手やクラブの幹部、サポーターなど時代を知る関係者の証言とともに、イギリスのサッカー界と社会が変ぼうする軌跡を全12回の連載でたどる。(共同通信=宮毛篤史、田丸英生)


 ▽物価高にスト頻発、経済の長期停滞で「イギリス病」に

 1970年代のイギリス社会は鬱屈した空気が支配していた。18世紀に世界で最初に産業革命が起こり「世界の工場」として長く繁栄したが、2度にわたる石油危機で激しいインフレに見舞われ、景気の後退と物価高が同時に起きる「スタグフレーション」に悩まされていた。

 労働党政権の下で労働組合が強い発言力を持ち、賃上げを求めて国中でストライキが頻発。合理化が進まず、企業は国際競争力を失い経済の活力は衰退していた。経済規模は日本や西ドイツといった第2次世界大戦の敗戦国に差を開けられ、1960年代から1970代まで景気の長期停滞を招いたことから、「イギリス病」という不名誉な称号を得た。

 失業率は戦後最悪の水準に達し、職にあぶれた若者は社会への反抗心を募らせた。ニューヨーク発のパンク・ブームがイギリスに飛び火し「セックス・ピストルズ」に代表されるブリティッシュパンクが音楽業界を席巻した。この頃、スタジアムでは一部のファンが暴徒化し、破壊や暴力行為に及んだ。


騒ぎを起こしたフーリガンを追いかけるイタリアの警官隊=1990年6月(AP=共同)

 ▽フーリガンの誕生

 それぞれのサッカークラブでは「ファーム(Firm)」と自称するフーリガンのギャング集団が生まれた。スタジアムや駅の周辺で相手チームのファンを待ち伏せし、ナイフを持ち乱闘を繰り返した。

 現場にはファームの名を記したメッセージカードを残し、力を誇示した。欧州大陸でのアウェーゲームでも暴動や窃盗などの騒ぎを起こし、イギリスは「フーリガンの輸出国」というレッテルを貼られた。

 特に悪名高かったのが、ロンドン南東部の港湾労働者を中核ファンとするミルウォールのフーリガンだ。「誰も俺たちのことを好きじゃない。でもそんなこと気にしないぜ」。今でもスタジアムでこだまする応援歌の歌詞そのままにイングランド中を暴れ回った。

 組織は鉄の結束を保った。11歳でミルウォールのファームに入り、トップの一人に上り詰めたジンジャー・ボブ氏は出演した番組で打ち明けた。「相手から逃げた奴はファームから完全に追放される。たとえ殺されることになったとしても立ち向かわなければならなかった」

 ミルウォールのホームスタジアムは「ザ・デン(巣窟)」という。アウェーチームのファンとして当時、ザ・デンを訪れた地方公務員アンソニー・マルシッチさん(59)によると、ミルウォールのフーリガンは狭い入り口の上に立ち、レンガを投げつけて来たという。「デンに行けばレンガがもらえるぞ。集めれば家を建てられる!」。そんなブラックジョークがサッカーファンの中で交わされた。


1993年に旧本拠地から移転したミルウォールの「ザ・ニュー・デン」=2023年7月、ロンドン(共同)

 ▽ヘイゼルの悲劇、スタジアム火災で39人が犠牲

 フーリガンの暴力行為は1985年にピークを迎える。3月13日、ミルウォールのフーリガンがイングランド協会(FA)カップ準々決勝のルートン戦でピッチに乱入し、大規模な暴動を起こした。5月11日には、老朽化したブラッドフォードのスタジアムで火災が発生。タバコの不始末が原因とされ56人が死亡した。さらに5月29日、ベルギーの首都ブリュッセルで「ヘイゼルの悲劇」と呼ばれる痛ましい事件が発生した。

 事件はヘイゼル・スタジアムで催された欧州サッカー連盟(UEFA)主催の欧州チャンピオンズカップ(現欧州チャンピオンズリーグ)決勝のキックオフ前に起きた。2年連続5度目の優勝を目指すイングランドのリバプールのファンが、フランス代表のミシェル・プラティニを擁するイタリアのユベントスファンに襲いかかり、逃げ惑う人が押しつぶされるなどして39人が亡くなった。試合は0―1でリバプールが敗れた。


「ヘイゼルの悲劇」の舞台となったスタジアム=2022年9月、ベルギー・ブリュッセル(共同)

 ▽サッチャー首相「テロリスト、フーリガン、麻薬密輸組織は悪」

 イングランド勢は欧州サッカー連盟が主催する全てのクラブ大会への参加を5シーズン、リバプールは6シーズンにわたり禁じられた。

 イングランド代表は国際試合を許されたが、メキシコで行われた1986年のワールドカップ(W杯)ではアルゼンチン代表と準々決勝で対戦し、ディエゴ・マラドーナの「神の手」と「5人抜き」のゴールで負けた。2年後の欧州選手権では1次リーグで3連敗を喫し、冬の時代を迎えた。


1986年サッカーW杯メキシコ大会準々決勝のイングランド戦で「神の手ゴール」を決めるアルゼンチンのマラドーナ(中央)=メキシコ市(ゲッティ=共同)

 ヘイゼルの悲劇を機に当時のマーガレット・サッチャー首相はフーリガン対策に全力を尽くす決意を新たにする。サッチャー首相は1985年8月、ロンドン警視庁を訪問した際にこう宣言した。「テロリスト、フーリガン、麻薬密輸組織は疑いようのない悪です。彼らは犯罪そのものなのです。私は必ずフーリガンを打ち負かします」

 ▽「ヒルズブラの悲劇」ユニホームに刻まれる「97」

 サッチャー首相は反共産主義を掲げ、周囲の反対を気にとめず強い意志で改革を成し遂げたことから「鉄の女」と呼ばれた。対立するソ連の機関紙につけられたあだ名だったが、本人は気に入っていたとされる。


ロンドンの首相官邸前で記者団に話をするマーガレット・サッチャー首相=1988年1月

 警察にはフーリガンの締め付けを指示した。観戦中やスタジアムに向かう電車内などでの飲酒を1985年に禁止した。1989年にはフーリガンの入場を防ぐためサッカー観戦者法を成立に導き、暴力行為や差別的な発言をしたフーリガンにはスタジアムへの入場を禁じた。

 ただ、そうした対策を進める最中の1989年4月15日、シェフィールドで行われたFA杯準決勝でイギリスのスポーツ史上最悪の事故「ヒルズブラの悲劇」が起きた。警察が誘導を誤り、定員を大幅に超えるリバプールファンが「テラス」と呼ばれるゴール裏の立ち見席に押し寄せて大勢が押しつぶされ、97人がこの事故で命を落とした。リバプールのユニホームに刻まれる「97」の数字は、犠牲者への哀悼の意を込めたものだ。


「ヒルズブラの悲劇」から35周年となる2024年4月15日の前日、試合前に記念碑前に集まったファン=リバプールの本拠地アンフィールド(共同)

 ▽大衆紙「ザ・サン」の捏造

 事故は暴徒化したリバプールファンが原因というデマが流され、被害者や遺族はいわれのない中傷に苦しんだ。拡散したのがゴシップ記事で知られる大衆紙「ザ・サン」だった。責任を逃れようと警察が捏造した情報を基に「これが真実」と題し、リバプールファンが亡くなった人から物を盗んだり、「勇敢な」警察官に小便をかけたりしたという目を疑う内容を書いた。

 遺族は名誉回復のための活動を展開し、イギリス政府は独立した調査委員会を設置。証拠を分析し直した結果、警察がファンに責任を押しつけるため多数の目撃者の証言を改ざんし、ファンに罪はなかったと結論付けた報告書を2012年に公表した。キャメロン首相は「心から謝罪する」と警察の非を認め、サンも「これが本当の真実」とする記事を出して誤りを全面的に認めて謝罪した。


リバプールの本拠地アンフィールド近くの商店。2階の窓には「ザ・サン」の不買を呼びかけるポスターが掲示されている=2017年12月(共同)

 ▽悲劇を機に老朽スタジアムを近代化、リーグ刷新を求める声

 サッチャー首相は、控訴院のピーター・テーラー判事に事故調査を命じた。テーラー氏は事故の原因を解き明かした中間報告書に加え、スタジアムの安全対策を盛り込んだ最終報告書を出した。報告書は「テーラー・リポート」と呼ばれ、クラブはこれを基にスタジアムの近代化を進めた。

 リポートはクラブに立ち見席の撤廃を促し、一人一人の観客に座席が設けられるようになった。フーリガンが乱入することを防ぐために観客席とピッチの間に設けられていたフェンスも姿を消していった。

 古びたスタジアムは最先端の施設に生まれ変わると同時にフーリガンに退場を求め、観客層の変化につながった。刷新を求める声はリーグの統治機構そのものに向かい、プレミアリーグ誕生に向けて歯車が動き出した。

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