ブリットポップに乗ってイメージアップ、選手はセレブ化。転換点は1990年ワールドカップ 【プレミアリーグ 巨大ビジネスの誕生③】
47NEWS / 2024年7月27日 10時0分
プレミアリーグが誕生する数年前まで深刻なフーリガン問題で威信が失墜していたイングランドのサッカーは、ピッチ内のプレースタイルも一面的な「キックアンドラッシュ(蹴って、走る)」というレッテルが貼られていた。荒れて泥だらけのピッチが当たり前で、技術よりパワーとスピードを前面に出す戦術が全盛だった。入場者数も減少の一途を辿るなど閉塞感に包まれた時代から、1990年代に入ると希望の光が差し込んできた。(共同通信=田丸英生)
▽専用練習場がなかった1980年代のチェルシー
サッカー界が暗いイメージに覆われていた時代に、プロとしての第一歩を踏み出した元イングランド代表のグレアム・ルソー氏(55)は「サッカーは世の中を映す鏡であると昔から思っていた。サッチャー政権で労働者のストライキも多く、社会全体にとっても難しい時期だったことがスタジアムにも反映されていた」と当時の記憶を辿る。
1987年にチェルシーとプロ契約を結んだ当時はクラブの専用練習場がなく、大学の施設を使っていた。食事など栄養面を含めた体のケアへの意識は決して高いとは言えず、旧態依然の戦術は選手から創造性を奪った。
「想像していたプロの世界とは違ったので、少しがっかりしたのを覚えている。ピッチの状態は常に悪かったため、GKやDFが自陣でパスをつなぐようなプレーは考えられず、そういうリスクの高いプレーをしたら無責任とさえ捉えられていた。試合前後にストレッチをするのも珍しがられたほどで今とは隔世の感があるが、そういう時代だったので仕方なかった」
インタビューに答えるグレアム・ルソー氏=2024年4月、ロンドン
▽劇的なW杯ベスト4に国民歓喜
球際の激しい攻防、互いにミスを突いて攻守がスピーディーに入れ替わる試合展開は昔ながらのファンを魅了した。その反面、リバプールのファンが試合前に相手ファンに襲いかかったことをきっかけに39人が亡くなった「ヘイゼルの悲劇」を受け、1980年代後半はイングランド勢が欧州連盟(UEFA)のクラブ大会から閉め出されていたこともあり、進化するサッカースタイルや戦術のトレンドで他国に後れを取っていった。
一つの転換点となったのが1990年のワールドカップ(W杯)イタリア大会。前評判の高くなかった代表チームが劇的にベスト4まで勝ち上がり、ポール・ガスコインやデービッド・プラットといった新星の活躍に国民が久々に沸いた。西ドイツとの準決勝は延長でも決着せず、PK戦の末に惜しくも敗退。
それでもロンドン郊外のルートン空港に帰国したチームを出迎えたファンは30万人に上り、選手を2階建てバスに乗せたパレードも行われるフィーバーとなった。準決勝はイギリスで3千万人がテレビで視聴したとされ、当時のイングランドサッカー協会(FA)公式年鑑にグレアム・ケリー最高経営責任者は「その3千万人が国内リーグの1試合でも観戦してくれたら、シーズンの総観客数が5割増しになる!」と興奮気味につづった。
イングランド代表で活躍したグレアム・ルソー氏(前列右端)。デービッド・ベッカム(前列左端)や現代表のギャレス・サウスゲート前監督(後列右から3人目)の姿も=1997年6月、モンペリエ
▽プレミア開幕後も伝統のスタイルは変わらず
旧1部リーグが独立する形でプレミアリーグは1992年8月に始まったが、ピッチ上で繰り広げられるプレーの水準がすぐに変わることはなかった。開幕節に出場した外国籍選手は前シーズン王者リーズにいたエリック・カントナ(フランス)やマンチェスター・ユナイテッドのピーター・シュマイケル(デンマーク)ら13人だけで、22チームの監督は全員イギリス人だった。
ルソー氏は1993年に移籍したブラックバーンで1994~95年シーズンに優勝を果たしたが、レギュラーの外国人はノルウェー代表へニング・ベルグだけで「まだ古風なイギリス式のチームだった」。ボールを持てばゴールに素早く向かう伝統のスタイルに、洗練された技術や戦術が持ち込まれるようになったのは数年後のことだった。
▽「ボスマン判決」で外国人流入に拍車
イングランド代表が出場を逃した1994年W杯アメリカ大会後にドイツ代表のユルゲン・クリンスマンがトットナムに加入して一躍人気者となり、1995年には世界最高峰だったイタリア1部リーグ(セリエA)からオランダ代表のデニス・ベルカンプがアーセナル、ルート・フリットがチェルシーに移籍。同じ年の12月、契約を満了した選手が他の欧州連合(EU)内のクラブへ自由に移籍することを認める「ボスマン判決」が出ると、大物外国人の流入にさらなる拍車がかかった。
イギリス特有のフェアで激しい攻防の中、外国籍のスター選手が華麗な技術と創造性で違いを生む―。プレミアリーグの魅力を一気に高めた組み合わせは、この頃から各チームに本格的に広まっていった。
チェルシー戦でタックルを受けるアーセナルのデニス・ベルカンプ=1996年9月(ロイター=共同)
▽若者文化と相乗効果
リーグの活性化と時を同じくして1990年代の半ばはイギリス文化にも新たな風が吹き始めていた。音楽界ではアメリカで人気だったグランジロックに対抗し、楽曲やファッションでイギリスらしさを前面に打ち出したアーティストが若者の支持を集めて「ブリットポップ」の総称でブームとなった。
その代表的なバンドのオアシスのノエルとリアム・ギャラガー兄弟はマンチェスター・シティー、ブラーのデーモン・アルバーンはチェルシーのユニホームを好んで着用したことで、多感な若者にサッカーがおしゃれな存在であることを広く浸透させた。
政界でも野党・労働党のトニー・ブレア党首が43歳の若さで首相に就任。ニューカッスルのファンであることを公言し、サッカー界や音楽界との交流をアピールしてフレッシュさを印象づけた。若者文化を中心に明るい時代の到来を予感させ「クール・ブリタニア(格好いい英国)」というキャッチフレーズも生まれた。
マンチェスターにゆかりのあるサッカー界と音楽界の有名人のモザイク画=2021年3月、マンチェスター
▽タブロイド紙賑わすスター選手
1996年にはイングランド代表が地元開催の欧州選手権でベスト4に躍進。円熟味を増したガスコインらを擁したチームは1990年W杯と同じく準決勝でドイツ代表にPK戦の末に敗れたが、大会前にブリットポップ・バンドの一つ、ライトニング・シーズが作曲した応援歌「スリー・ライオンズ」が全英チャートで1位を獲得する大ヒットとなった。
売り出し中だったマンチェスター・ユナイテッドのデービッド・ベッカムやリバプールのジェーミー・レドナップが人気アーティストとの交際でタブロイド紙を賑わせ、アイドル的な要素を備えていたリバプールの若手選手をメディアは人気絶頂だった女性グループ「スパイス・ガールズ」にかけて「スパイス・ボーイズ」と呼んでもてはやした。
女性誌の表紙を飾ったサッカーのイングランド代表デービッド・ベッカム(ロイター=共同)
▽プレーの質向上、セリエAを追い越す勢いに
サッカー界に華やかなイメージが広がり、新たな時代に突入したことをルソー氏も肌で感じていた。それまで全く縁のなかった男性誌のGQやエスクワイアに取り上げられ、有名ミュージシャンのライブに招待されて音楽界との交流も楽しむなどセレブの世界に足を踏み入れた。
選手同士でロンドンの繁華街で食事をすればパパラッチの標的となり、娘が生まれた時には自宅の前にカメラマンが待ち構えていたという。「ある日(高級ブランド通りの)スローン・ストリートのプラダで買い物をしていたら上品な貴婦人に声をかけられ、サインを求められた時にはサッカー界が確実に変わったことを実感した」と述懐する。
注目度とともに選手のステータスが上がると、プレーの質も高まり世界最高峰だったセリエAなど周辺国のリーグに人気、実力とも追い越す勢いをつけていった。
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