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栄光の裏で買収騒動に揺れたマンチェスターU、ファンは株主団体を組織し反発【プレミアリーグ 巨大ビジネスの誕生⑤】  

47NEWS / 2024年8月3日 10時0分

1999年5月の欧州チャンピオンズリーグ決勝でバイエルン・ミュンヘンを破り、トロフィーを手にして喜ぶマンチェスター・ユナイテッドの選手たち(ロイター=共同)

 1999年5月26日、バルセロナ(スペイン)の本拠地カンプノウで開かれた欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝は「カンプノウの奇跡」と語り継がれる名勝負となった。9万人もの大観衆が見守る中、プレミアリーグ、イングランド協会(FA)カップと合わせた「トレブル(3冠)」を狙うマンチェスター・ユナイテッドが、ドイツの強豪バイエルン・ミュンヘンと対戦。途中交代のテディ・シェリンガムとオーレグンナール・スールシャールが後半の追加タイムに相次ぎ得点を決め、2-1と歴史に残る大逆転劇を演じた。

 前身のチャンピオンズカップを含め、イングランドのクラブの欧州制覇は15年ぶりだった。「ヘイゼルの悲劇」でイングランド勢が欧州の舞台から退場を求められて以降初の栄冠で、プレミアリーグ誕生による復権を印象づけた。

 アレックス・ファーガソン監督は「人生で最高の瞬間だ。現実をなかなか受け入れられない」と試合後に振り返り、イギリスのブレア首相は「国民がそれぞれ応援するクラブの違いを超え、国中が歓喜の渦の中にある」とたたえた。だが、栄光に至る過程でクラブは大いに揺れていた。(共同通信=宮毛篤史)


欧州チャンピオンズリーグを制して凱旋し、地元ファンから熱狂的な歓迎を受けるマンチェスター・ユナイテッドの選手ら=1999年5月(ロイター=共同)

 ▽ほしかった放映権の約束

 1998年7月1日、マンチェスターUのマーティン・エドワーズ最高経営責任者(CEO)はロンドンのヒースロー空港近くで、衛星放送会社BスカイBのマーク・ブースCEOとの意見交換を兼ねた昼食会に出席した。持ちかけられたのは「クラブを買いたい」という予想もしない大胆な提案だった。

 BスカイBは有料衛星放送の黎明期に当たる1990年に、スカイTVとライバルのイギリス衛星放送(BSB)の統合で誕生した。2年後に発足したプレミアリーグの放映権を独占的に握り、リーグの発展とともに急成長を遂げた。

 経営は順調そうに見えたが、将来もリーグの放映権を得られ続けるという保証はない。海外のリーグのように人気クラブが独自に放映権料を切り売りする可能性があったためだ。リーグ随一の人気を誇るクラブを手中に収めれば、放映権が今後も約束される―。そうした算段が透けて見えた。


BスカイBのマーク・ブース社長(ロイター=共同)

 ▽放送とクラブ経営の両立目指した「メディア王」

 密談から2カ月後、BスカイBはクラブと共同で記者会見を開き、約6億230万ポンド(当時のレートで約1400億円)で買収することで合意したと発表した。マンチェスターUのエドワーズCEOは「ファンを裏切るわけではない。クラブの素晴らしい未来を確かなものにするためだ」と理解を求めたが、ファンの反応は冷淡だった。


米大リーグ、ドジャースを買収する「世界のメディア王」のルパート・マードック氏

 BスカイBは、オーストラリア出身で、アメリカを拠点に「メディア王」の異名を持つ実業家ルパート・マードック氏の影響下にあった。米大リーグのロサンゼルス・ドジャースの買収に成功したマードック氏が、放送事業からスポーツチーム経営との両立に乗り出す中で目を付けたのがマンチェスターUだった。

 ▽ブレア政権と蜜月、買収に自信

 買収の実現にはイギリス政府の承認が必要だった。ファンは「外資による金もうけのための買収だ」と猛反対したが、BスカイBはゴーサインが得られることに自信を持っていたとされる。イギリスメディアからも、政府が本格的に調査を始める前から「結論ありきの出来レース」と指摘された。その理由がマードック氏と政権との関係の近さだった。

 マードック氏はイギリスで大衆紙「ザ・サン」や高級紙「タイムズ」を傘下に収めていた。サンはもともと保守党寄りの報道で知られたが、1997年の総選挙ではブレア氏率いる労働党を支持。サンは「国民はビジョンがあり、意思を持ち、勇気のあるリーダーを求めている。サンはそれがトニー・ブレアだと確信している」と持ち上げ、イギリスメディアからは、労働党が18年ぶりに政権を奪還する「陰の立役者になった」とささやかれた。


支持者に手を振るブレア新首相=1997年5月2日、ロンドン(ロイター=共同)

 ▽ファンは株主団体を組織化

 マンチェスターUのファンはクラブの経営陣に面会を求めて書面を送ったが応じてもらえなかった。取った手段は、当時ロンドン証券取引所に上場していたマンチェスターUの株を買い集めることだった。それぞれが株を買い、ファンによる株主団体「シェアホルダーズ・ユナイテッド・アゲインスト・マードック(SUAM)」を組織化した。

 ロンドン大バークベック校で経営学部長を務めていたジョナサン・ミッチー氏も創設メンバーに名を連ねた。「イギリスでは同じクラブを応援していてもファン団体同士のまとまりはないが、この時は買収反対でみんなが一致した」と振り返る。

 「衛星放送事業者が直接クラブを経営することは利益相反に当たる」。株主団体はミッチー氏を理論的な主柱に据えてロビー活動を展開した。マンチェスターを地盤とする労働党の重鎮から「本来は市民のものであるべきフットボールが、スポーツ精神ではなく金に振り回されている」との声が上がるようになり、BスカイBに対する包囲網が狭まっていった。

 ▽サッカークラブは「地域社会の資産」

 マードック氏が活動拠点を置くアメリカでは、野球の大リーグ(MLB)、アメリカンフットボール(NFL)、バスケットボール(NBA)、アイスホッケー(NHL)の四大プロスポーツがいずれもフランチャイズ制を採用する。各チームに特定の地域で独占的に活動する権利が与えられる仕組みで、財政悪化や経営戦略上の判断などを理由に本拠地の移転が繰り返されてきた。欧州サッカーのような下位リーグとの「入れ替え」もない。

 一方、プレミアリーグは急速に商業化が進んだものの、イングランドのサッカー界には地域を大切にするという古き良き伝統が根付いていた。ミッチー氏は「アメリカ資本のBスカイBにはイギリスの地域社会への忠誠心はない。マンチェスターUの買収が成功すれば、プレミアリーグのフランチャイズ化につながる可能性があった」と危惧していた。サッカーに対する価値観の相違もあった。ミッチー氏は「イギリスでは、サッカークラブは地域社会の資産であり、営利事業であってはならないという明確なコンセンサスがあった」と指摘する。


マンチェスター・ユナイテッドの本拠地オールド・トラフォードの廊下に飾られるパネル。1990年代以降に活躍した選手が並ぶ=2022年3月(共同)

 ▽「全てのシナリオで市場支配力が強まる」

 「買収は放送局間の競争に悪影響を及ぼす」。1999年4月、ブレア政権が独占合併委員会に付託した調査結果を踏まえて出した結論は、周囲を驚かせる「ノー」だった。バイアーズ貿易産業相は「委員会が検討したほぼ全ての考えられるシナリオで、BスカイBの市場支配力を強めることになる」と結論付けた。

 BスカイBのブースCEOは決定に反発し、捨てゼリフを残した。「イングランドのクラブは今後、成功したメディア企業から支援を受けるクラブと欧州で戦わなければならなくなるだろう」。だが、この警告は杞憂に終わる。プレミアリーグの放映権料は世界的な金融危機を経た後も高騰を続け、「世界一裕福なリーグ」として今も君臨する。その成功を支えたのが、BスカイBとは異なるタイプの新たなオーナーたちだった。

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