「パンデミック条約」反対集会に1万人超、拡散する陰謀論 強制接種、その情報はどこから?「光の戦士」発言も
47NEWS / 2024年7月26日 10時0分
世界保健機関(WHO)で議論されている感染症の世界的大流行(パンデミック)の予防や対応を定めた「パンデミック条約」案を巡り、「ワクチンの強制接種を可能にさせる」といった情報が、インターネットの交流サイト(SNS)を中心に拡大している。賛同する国会議員によって条約反対の議員連盟が結成されているほか、大規模な集会も開かれている。だが、主張の内容は事実に基づかず、WHOが「超国家主体として国家主権の上位に君臨する」といった、陰謀論の影響が色濃い批判も目立つ。(共同通信=佐藤大介)
▽厚生労働省は「悪魔」、メディアはYouTube中心
「皆さんは光の戦士です」。5月31日、東京都千代田区の日比谷公園大音楽堂(野音)で開かれた「WHOから命をまもる国民運動大決起集会」で、共催団体の代表が呼びかけた。「光の戦士」は、世界を操る「ディープステート(闇の政府)」の存在を信じる陰謀論者が、それと戦う人との意味で用いる言葉だ。
東京都内で開かれた、パンデミック条約に反対する集会=5月31日
WHOが条約の制定と、疾病の国際的な流行防止を目的とする「国際保健規則」の改定によって権限を巨大化させ、日本の主権が侵害されると主張し、登壇者が「厚生労働省は悪魔だ」と糾弾する場面もあった。集会は新型コロナウイルスのワクチン接種に反対する団体が主導し、参加者は野音の外も含めて1万人以上にのぼった。
集会に参加した50代の男性は「ワクチン接種を強制しようとする動きをメディアは報じていない。われわれが阻止するしかない」と息巻いていた。娘と参加したという60代の女性も「政府やWHOの言いなりにはならない」と話し、ワクチンの危険性を力説した。
共通するのはメディアへの不信と、政府が何かを隠しているという考え方だが、そうした情報をどこから得ているのかを尋ねると、特定のYouTubeチャンネルなどを挙げ、新聞やテレビは「真実を伝えていないから見ない」と答える人が大半だった。
▽強制接種の記載、条約案になし 外務省も否定
パンデミック条約に反対する集会のデモで、プラカードを掲げる参加者=5月31日、東京都内
ステージには、立憲民主党の原口一博元総務相が登壇し、コロナのワクチンを「生物兵器」と呼んで批判した。原口氏はディープステートの存在を公言するなど陰謀論的な発言が目立ち、条約反対の議員連盟でも中心的な役割を担っている。原口氏は集会後の取材に、「テドロスWHO事務局長の横暴を許さない」と語り、活動を活発化させていく考えを示した。
6月のWHO総会では、条約案について加盟国間の意見がまとまらず、交渉を最長1年延期することが決まった。だが、問題となったのは医薬品開発の迅速性と公平性といった点で、ワクチンの強制接種は条約案に記されていない。国際保健規則は改定案が採択されたが、加盟国はこれまで通り、自国の政策に基づき保健行政を進められる。
外務省はホームページで、条約について「(交渉過程で)国家主権の制限や基本的人権の侵害について懸念を生じさせるような内容に関する議論は行われていない」と記し、SNSで拡散する情報を否定している。
NPO法人「アフリカ日本協議会」共同代表で、国際保健問題に詳しい稲場雅紀(いなば・まさき)さん(55)は「感染症の拡大や災害などに乗じて、政府が人権を侵害した歴史はあり、市民が監視をする必要はある」とした上で、WHOが主権を制限するといった主張は「陰謀論に基づく偽情報」と指摘する。
稲場さんは、こうした情報が「多国間協調を嫌うトランプ前米大統領の支持者の一部など、極右勢力の主張が基になっている」とみる。「条約制定交渉に市民として適切に関与していくためには、偽情報に惑わされないことが大切だ」と話している。
▽護憲派の小林節氏の参加に衝撃 現在は「反省している」
集会で注目されたのは、改憲に反対の立場で知られる慶応大名誉教授の小林節氏(憲法学)が参加し、壇上であいさつに立ったことだった。小林氏は「陰謀論者と言われてもいい」と述べ、運動に加わる考えを示すと、会場からは大きな拍手が起きた。一方、こうした模様は交流サイト(SNS)で拡散され、インターネット上では「(小林氏が)陰謀論に落ちた」と、驚きを示す書き込みが目立った。
パンデミック条約案に反対する集会に参加した、護憲派として知られる憲法学者の小林節氏=5月31日、東京都内
小林氏は集会に参加したことをどう考えているのだろうか。取材に対し、小林氏は「論争に参加するという考えで集会に参加し、治験がなされていないワクチンの危険性について啓蒙され、その点について賛同の発言をした」と説明した上で、「発言の一部が切り取られて拡散したが、多くの人から批判を受けて反省している」と話す。
パンデミック条約やWHOを批判する集会の主張については「前提知識に欠けていて、荒唐無稽な発想だ」として、相容れないとの考えを述べた。集会後、主催者らが小林氏の事務所を訪れ、長時間にわたって主張を説明したが「WHOが世界を支配しようとしているとか、人体実験をしているとか、被害妄想としか思えなかった」と言う。
小林氏は「批判の根拠がないと、周囲からは相手にされなくなり、被害妄想を強めて陰謀論に走っていく。それは新興宗教と同じものを感じた」と話している。
◎陰謀論に詳しいライターの藤倉善郎氏の話
反ワクチンの陰謀論は、新型コロナ禍によって以前とは比べ物にならないほど広まった。いくつもの団体やグループが乱立して、それまで政治活動をしたこともないような人々を巻き込んで拡大してきた。最近の特徴は、保守活動家だった人々が運動を組織化している点だ。「反パンデミック条約」は、昨年末から反ワクチン運動の最重要課題となっている。
5月の集会では保守系の団体が主催者側に本格参入し、反ワクチン運動は一気に保守的な色彩を帯びた。日本に限らず、陰謀論は強いナショナリズムを伴ってきたが、それが鮮明になった形だ。
小林節氏が集会に参加したのは、護憲運動と反ワクチン運動をつなげる接点にもなりかねず、衝撃だった。反省しているのであれば、それをしっかり表明し、自らも発信してほしい。
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