最大派閥の無責任体質はどこから来たのか 解体状態の安倍派、ちらつく森元首相の影【裏金政治の舞台裏③】
47NEWS / 2024年7月30日 10時0分
自民党派閥パーティー裏金事件の元凶となった安倍派(清和政策研究会)。既に所属議員は要職から一掃され、派閥の解散決定を経て、解体状態となっている。最近では安倍派議員から岸田文雄首相の退陣論も出た。一連の無責任体質はどこから生まれ、かつて栄華を誇った安倍派はどこへ向かうのか。取材を続ける記者が振り返った。(共同通信裏金問題取材班=高松亜也子)
▽あの一言から始まった
昨年11月30日夕刻、安倍派(清和政策研究会)の担当記者が急きょ、衆院第2議員会館の塩谷立座長(当時)の自室に集められた。ある発言を撤回するためだ。
先立つこと5時間前、塩谷氏は記者団の取材に応じた。派閥パーティー券の販売ノルマを超えた売り上げを派閥から議員側にキックバック(還流)する慣習があるのかどうかを問われ「そういう話はあったと思う」と語ったのだ。
現在ではキックバックの裏金化は周知の事実だが、当時この発言は永田町に大きな波紋を広げた。暗黙の了解が表面化した瞬間だったからだ。安倍派は過少記載の理由について「名寄せできなかった。あくまで事務的ミスだ」と強調し、派閥の「故意性」「組織性」は否定していた。その事なかれのシナリオを崩したのが塩谷氏の発言だった。
自民党安倍派の座長就任が決まった際の塩谷立氏=2023年8月17日午後、東京・永田町の党本部
銃撃死した故安倍晋三元首相の後継会長を置かず「安倍派5人組」を中心とする集団指導体制へ移行したのは昨年8月。塩谷氏は座長として事実上の責任者に就いていた。
夕刻、疲れた表情で現れた塩谷氏は、キックバックの慣習について「事実を確認している訳ではない」と前言を翻した。記者団は引き下がらず、「どうしてか。昼の段階で3回やりとりした上で、それでも『還流はあったと思う』と述べたではないか」とただした。塩谷氏は苦しい表情で「曖昧な話だった。誤解を与えたから撤回する」と繰り返すばかり。奥歯に物が挟まったような言いぶりに後味の悪さが残った。
▽特捜部を本気にさせてしまう
5時間の間に何があったのか。取材すると、安倍派5人組の一人がすぐ訂正するよう塩谷氏に迫ったのだという。その理由を聞いて驚いた。「東京地検特捜部が本気になってしまう」。根拠不明のこの情報もすぐ広がった。
自民党安倍派の有力者「5人組」。高木毅国対委員長、松野博一官房長官、西村康稔経済産業相、萩生田光一政調会長、世耕弘成参院幹事長
発言撤回の翌日となる12月1日、報道合戦の号砲が鳴った。朝日新聞が1面トップで「安倍派、裏金1億円超か/パー券不記載、立件視野/ノルマ超分、議員に還流/東京地検特捜部」と報道した。「裏金」をキーワードとした報道各社の取材合戦が過熱した。想定より早い展開だった。
新聞の1面やテレビのトップニュースには連日、関連記事の見出しが躍った。「キックバックは10人以上か」「安倍派議員複数1千万円超か」「安倍派議員の秘書らも聴取」
塩谷氏は改めて事実関係を記者団に問われても「精査する」と述べるにとどめた。普段は温和な表情がこわばった。地検の捜査が進むにつれ、本当のことを言ったがために「戦犯扱い」となる懸念が膨らんでいたからだ。
自民党安倍派の会合であいさつする塩谷立氏(左から2人目)=2023年12月7日、東京・永田町の党本部
4カ月後、塩谷氏は自民党処分で最も厳しい離党勧告を受けた。異議を申し立てたものの退けられた。
▽スポークスマンのだんまり
官房長官の辞表を提出後、記者会見する松野博一氏=2023年12月14日、首相官邸
安倍派の事務総長経験者だった松野博一官房長官(当時)も核心を知り得る一人として矢面に立った。1日2回の記者会見では「答えは差し控える」と、金太郎あめのように同じコメントを繰り返し、鉄仮面のように表情を崩さずに対応した。
そもそも松野氏は政治家には珍しい「前に出ないタイプ」。2020年に出版した著作「導き星との対話」は松野氏が有識者にインタビューする内容で、自身の信条を語る記述は少ない。政府スポークスマンとして「自分は霞が関の想定問答を超えない」ことを信条とし、裏金問題でもノーコメントを貫いた。
だが、官房長官の重要な役割は政権の危機管理だ。裏金事件へのだんまり対応は結果として「何も説明しない岸田政権」の像を形づくり、国民の深刻な政治不信を招いた。
5人組の不起訴が決まった後、松野氏は「最も事情を知る捜査機関が嫌疑なしのシロと判定した。これで批判は収まっていくだろう」と楽観論を周囲に語った。ところが、意に反して政治責任の追及はやまなかった。
1988年に発覚したリクルート事件を知る石破茂元幹事長は、早い段階から「検察に立件される前に自浄作用として、各派閥の責任者は実態を説明すべきではないか」とくぎを刺していた。
▽雲隠れしたドン
窮地に立たされた安倍派幹部がすがったのは森喜朗元首相だった。5人組の名付け親だ。
背景には、安倍派の歩んできた歴史がある。安倍派(清和政策研究会)は今でこそ主流派だが、1978年に福田赳夫氏が首相退任後、長らく首相を輩出できずにいた。田中角栄元首相の田中派や、流れをくむ竹下登元首相の経世会が最大派閥として影響力を誇り、その支援なしでは総理総裁にはなり得ないとまで言われていた。
そこへ変化をもたらしたのが森氏だった。小渕恵三元首相が急逝し、2000年に森政権が発足した。以降は森氏、小泉純一郎氏、安倍晋三氏、福田康夫氏の4人が続けて首相に就任し、主流派に躍り出た。森氏が後見人として支えた小泉政権は経世会支配からの脱却を目指し「自民党をぶっ壊す」と訴え、05年の郵政選挙で最大派閥の座を奪い取った。
衆院本会議場で小泉純一郎・森派会長(左)と話す森喜朗首相=2001年3月、肩書は当時
安倍元首相が22年7月に銃撃されて死去すると、森氏の安倍派への影響力はさらに増した。座長の塩谷氏をはじめとする派閥の集団指導体制は5人組が森氏と水面下で相談して決めた。
月刊誌「文芸春秋」のインタビューで森氏は5人組の依頼を受け、塩谷氏に議員辞職によって安倍派の裏金問題の責任を取るよう説得まで行ったことを明らかにしている。「全責任をとるので仲間を救ってください、と(首相に)申し出れば、君は立派だと光り輝くよ」と説得したが、塩谷氏は納得しなかったという。
一方、森氏は今回の裏金事件のタイミングと前後して都内の介護施設に入居した。外部と連絡が取れなくなると周囲に伝えたことが広まると「特捜部の動きに先手を打って雲隠れか」と臆測を呼んだ。というのも森氏が清和政策研究会の会長を務めていた05年に「派閥パーティー券の販売ノルマの超過利益を議員に還流していた疑いがある」と共同通信が報じているからだ。裏金の源流を知っている重要人物とみられていたのである。
4月の自民党処分で塩谷氏は離党に追い込まれ、松野氏は党役職停止1年の処分となった。岸田首相は4月初旬に森氏に電話して、形だけの聞き取り調査を行ったが、責任は問わなかった。
アンテナショップのオープン記念式典であいさつする森元首相=3月9日、東京都中央区
そして森氏は現在、安倍派メンバーと面会や会食を重ねている。会食に出席した議員によれば「森先生は自分の息のかかった議員を中心に据えたい思いがある」といい、萩生田光一前政調会長や福田達夫元総務会長らの名前を挙げた上で、党総裁選に向けてまとまって動くよう働きかけているという。
7月の東京都議補選で自民党が2勝6敗と大敗すると、安倍派の大西英男衆院議員から「首相は辞職し、9月には新しい総裁を選ばなければならない」と岸田降ろしの声が上がった。ある政権幹部は「岸田首相はあのとき森氏に直接会って、離党を突きつけるべきだった」と嘆息した。
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