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社会の排除に対抗「いっそのこと依存症当事者で映画を」 高知東生さんら演じる回復の物語、上映広がる

47NEWS / 2024年7月31日 10時0分

映画上映後に舞台あいさつする高知東生さん(中央)ら=7月5日午後、東京都新宿区

 ギャンブル、薬物、アルコール、買い物、ゲーム。さまざまな依存症からの回復が題材の映画「アディクトを待ちながら」が、6月下旬から上映されている。主演は、俳優の高知東生さん。2016年に覚醒剤取締法違反(所持、使用)などの罪で執行猶予付き有罪判決を受け、その後は治療を受けてきた当事者だ。同様に逮捕歴のある出演者が名を連ねる。依存症者(アディクト)を排除してきた社会へ対抗するように、自ら回復への物語を演じる。
 監督で脚本のナカムラサヤカさんは「悪人だから依存症になるのではなく、誰もが陥る可能性のある病気だ」と訴え、1人でも多くの回復と社会復帰を願う。作品上映は、東京を皮切りに各地へ広がっている。(共同通信=水内友靖)

 ▽「誰でも生き直せる」と高知さん、自身の経験重ね演じる


映画上映後に観客と話す高知東生さんとナカムラサヤカ監督(右)=7月5日午後、東京都新宿区

 東京・新宿の映画館「K’s cinema」では1週間上映され、約80席のチケットは連日完売した。最終日の7月5日、高知さんは舞台あいさつに立ち「依存症を通じて新たに出会った仲間との人間関係によって、きょうのおれがある。おれでもこうやって生き直せているんだから、誰でも生き直せる。自信を持ってほしい」と話した。
 高知さんは2016年に覚醒剤取締法違反などの罪で有罪判決を受けた後、依存症からの回復のため自助グループに参加した。近年は違法薬物防止の啓発活動にも加わる。
 映画復帰を果たす今作では、薬物事件で逮捕された大物ミュージシャン役。自身の経験を重ねるように、さまざまな依存症者らと共に再起を期す。
 このほか、俳優の橋爪遼さんや、元NHKアナウンサーの塚本堅一さんらも出演する。高知さんと同様に、違法薬物での逮捕歴がある。脇を固めるタレント青木さやかさんも、実生活でパチンコにのめり込んだ経験を公表している。

 ▽一歩一歩の回復の道、決して平たんでも一直線でもない


メインビジュアル

 映画では、高知さん演じる大物ミュージャンが逮捕されてから数年後、他の依存症者と共につくるゴスペルグループ「リカバリー」の初コンサートに臨む。
 各メンバーは「社会の落後者」「快楽に弱い人間」などと厳しい言葉を浴びせられる。不意に、再び薬物使用やギャンブルなどをする「スリップ」に陥りそうになる。それでも、支え合いながら踏みとどまろうとする。
 「やめたい…やめたい…助けて」
 「未来には絶望しかなくって、死ぬことばっかり考えていた」
 「自分が自分のこと好きになれなかったからだろ。依存症になるってさ」
 当事者の家族やファンら周囲も苦悩を抱え、翻弄されながら、回復を信じる。
 「またお金借りるの?なんでまたうそつくの?」
 「あなたたち、人生で1回も間違ったことないんですか。そんなことないですよね」
 それぞれが一歩一歩進む回復の道を丁寧に描きつつ、決して平たんでも一直線でもないという現実を映し出している。


「アディクトを待ちながら」より

 ▽誘惑は強まる一方、対策は脆弱

 依存症は、特定の何かに心を奪われ、やめたくてもやめられない状態だ。厚生労働省によると、アルコールや薬物といった「物質への依存」やギャンブルなどにのめり込む「プロセスへの依存」に大別される。睡眠や食事がおろそかになり心身両面を害し、仕事や学校を休みがちになったり、お金の工面などのためうそをつき家族らとの関係が壊れたりする。
 厚労省は「脳の病気」だとして、依存症者が自身の経験を語り合って互いに支える自助グループへの参加や、専門医療機関や精神保健福祉センターなどへの相談を呼びかける。
 厚労省推計では、ギャンブル依存症の経験が疑われる人は300万人超で、アルコールでも100万人超に上る。ただ、実際に治療を受ける患者は一握りだという。
 新型コロナウイルス禍を機にオンラインカジノの利用の広がりが指摘され、カジノを中心とする日本初の統合型リゾート施設(IR)計画も進む。誘惑が強まるのに対し、依存症対策は脆弱なのが現状だ。

 ▽依存症の親族を憎んだ過去、病気が理由だと伝える映画撮影


「アディクトを待ちながら」より


「アディクトを待ちながら」より

 ナカムラ監督は、過去に親族がギャンブル依存症を経験した。自宅を訪れ、ナカムラ監督の母親に金を無心する姿を何度も目撃した。「母はいつまたお金を求められるのかと恐怖にさいなまれていた。母をあんなに傷つけた親族のことを、私は最低だと思っていた」と打ち明ける。
 転機は、今作のプロデューサーを務めた「公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会」(東京)代表の田中紀子さんとの出会いだった。田中代表による依存症者や家族への支援活動を通じ、「大変な病気を抱えていたんだ」「依存症は“普通の人”でもなってしまう脳の病気であり、回復できる」と知った。お金の工面や借金の肩代わりが本人のためにはならない―ということも。
 一方、ナカムラ監督がそうだったように、社会で依存症を理解できている人は少ない。4年間、当事者らへ取材し、依存症をテーマにしたネット配信ドラマを制作するほか、今回の映画を撮った。ナカムラ監督は「もしも依存症に陥っても終わりではなく、大丈夫なんだと伝えたい。一人でも回復につながってほしい」と願う。

 ▽世界的スター巻き込み、厳しい視線も


「アディクトを待ちながら」より


「アディクトを待ちながら」より

 映画情報が事前公開された今年3月、奇しくも依存症は社会の注目を集めていた。米大リーグ大谷翔平選手の元通訳のギャンブル依存症と、違法賭博問題が判明したからだ。
 元通訳の水原一平被告は6月、米連邦地裁に出廷し、大谷選手の銀行口座から金を盗んで、賭博の胴元側に不正送金した罪を認めた。送金のため、選手を装って銀行に電話したとされる。
 世界的なスーパースターを巻き込んだ依存症に対し、厳しいまなざしが注がれた。

 ▽人格否定ではなく、病気への正しい理解と対応を

 ギャンブル依存症問題を考える会の田中代表は、うそをついてお金の工面などをすることは依存症に典型的な症状だと説明する。その上で「必要なのは人格否定ではなく、適切な治療だ」と指摘する。


映画上映後に舞台あいさつする公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会代表の田中紀子さん。左は橋爪遼さん=7月5日午後、東京都新宿区

 田中代表は「当事者バッシングや、逮捕された俳優の出演作品の放映中止など、排除の動きがあまりに強い。回復へ踏み出そうにも、相談すらしづらい」と話す。薬物などに手を伸ばしてしまった後もそれぞれの人生は続く。それなのに、社会から見えない存在へと追いやられ、やり直すことがなかなかできない社会の現状があると問題視する。国に対しては、自助グループや保健機関へつながりやすいよう啓発するよう求める。
 映画制作の動機について「排除されるなら、もういっそのこと依存症者をまとめて出しちゃえと考えた」と話す。作中でゴスペルグループが寄り添い合って再起を期したように、映画自体が回復へと歩むプロセスの一部とも言える。こうした依存症者らによる創作は「リカバリーカルチャー」と呼ばれる。
 田中代表は「依存症は家族をも分断させる残酷な病気だ。だからこそ、正しい対応の仕方を伝え、多くの人に理解をしてもらうことが大切だ」と話し、作品のメッセージが広まることを願っている。


「アディクトを待ちながら」の一場面の高知東生さん

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