古民家ホテル、案内役は村民 人口620人の村の風景が一変、外国人客も獲得【地域再生大賞・受賞団体の今】
47NEWS / 2024年8月8日 10時0分
東京の水源となっている多摩川の源流部、山梨県小菅村にある築150年を超える古民家を生かしたホテルが人気を集めている。交通が不便な山奥にありながら、標準的な宿泊料金は2人1室で1人当たり3万8500円と安くはない。だが、村民がコンシェルジュ(ガイド役)となり、山村の暮らしや自然を体感してもらうスタイルが受け入れられてリピーターや外国人旅行者も目立つ。移住希望者も出ており、人口約620人の村の風景を一変させた。(共同通信=藤田康文)
▽はりや柱を生かす
JR中央線と富士山麓電気鉄道が乗り入れる大月駅(山梨県大月市)から自動車で約40分。険しい山々に囲まれた谷間に「NIPPONIA(ニッポニア)小菅 源流の村 大家(おおや)」がある。
急勾配の大きな屋根を持つ合掌造り。内部は養蚕農家の名残である高い天井、いろりの煙でいぶされて黒光りするはりや柱がそのまま生かされ、モダンな家具と調和している。
手入れされた庭園に囲まれた「大家」(EDGE提供)
▽四季折々の山野草
宿泊客は夕食の前に、ガイド役の村民に案内されて近くの温泉までのあぜ道を散策する。斜面の小さな畑にウドやミョウガ、ソバといった四季折々の山野草が生えており、ヤマメの養魚場や水源の森も近い。
地元の人とのおしゃべりに花が咲き、家に招き入れられることもある。軒下にはまきが積まれ、昔ながらの自給自足の生活が残る。希望する人は地元農家での収穫体験もできる。
ガイド役の細川春雄さん(68)は「イノシシがタケノコを掘り返し、シカやサルも現れる」と笑う。建物は「大家」の愛称で親しまれていた名士の邸宅だったことや、ホテルに生まれ変わるまでの経緯などを宿泊客に説明する。
「大家」の客室(EDGE提供)
▽明かりが消えた
大家には小学校の先生を長く務め、村民から慕われた夫妻が住んでいた。 テレビが家庭に普及していなかった昭和30年代には、近所の子どもたちがテレビの前に集まって力道山のプロレス中継を観戦する様子が見られた。村にはピークの1955年に2200人余りが暮らしていた。
大家に住んでいた夫が亡くなり、高齢になった妻も住まなくなり、約3年間明かりが消えた。細川さんは大家の明かりが消えた当時を「子どもの頃に庭や玄関でよく遊んだ思い出の家。さみしかったね」と振り返る。
その頃、歴史的な建物を地域の活性化に生かすために古民家ホテルへ改装する話が持ち上がった。村では高齢化で旅館や民宿の廃業が続き、観光客を呼ぼうにも宿泊施設が足りないことが課題となっていた。
「大家」のラウンジでホテルの運営について語り合う細川春雄さん(右)と降矢拓磨さん=2024年6月28日
▽黒字経営が続く
2018年にホテルの運営会社「EDGE(エッジ)」が立ち上がった。東京のコンサルティング会社、小菅村が出資する企業、古民家を再生した物件を「NIPPONIA」のブランドで展開する企業「NOTE」(兵庫県)の3社が共同出資した。「大家」は翌19年の夏にオープンした。
2020年には第2弾として村内に別の古民家を生かした施設も開業。EDGEによると、両施設で最大19人を受け入れ、年間延べ約1800人の客が訪れる。 1億円を超える改修費の半分は国の補助金を充て、残りを10年で返済する計画だ。返済費を含めても黒字経営が続いている。
「大家」周辺を散策しながら山村の自然や暮らしについて語る細川春雄さん=2024年6月28日
▽「おじいちゃんに会いに」の感覚
大家の20~30代の利用者は、記念日など特別な日に訪れて「田舎のおじいちゃん、おばあちゃんに会いに来る」感覚で楽しんでいる。 全体の利用者の3分の1は欧米やアジアなどからの外国人で、日本の伝統的な建築や暮らしを体験したいと思って訪れる。
4歳まで村で育ったマネジャー、降矢拓磨さん(25)は「NIPPONIAを冠した施設は全国にあるが、ここは宿泊客と住民との距離が近い」と語る。 スタッフの大半は村民や移住者。食事のメニューは野菜や川魚、シカなどのジビエといった地元産が基本だ。食材などの納入に多くの人が出入りする。
「大家」を舞台に結婚式を挙げた県外の新郎新婦を、多くの村民が祝福した=2023年6月(EDGE提供)
▽村民が祝う結婚式
昨年には村の支援を受けて、大家を舞台とした婚礼事業も始まった。埼玉県の新郎新婦など5組が挙式した。村民が集まって郷土料理を振る舞い、カップルは特別村民として登録される。
かつて村全体で結婚を祝う風習があり、外の人を呼び込んで復活させた。挙式を予定し、その後の移住を検討する人もいる。
ホテルに生まれ変わった邸内でかつての住民夫妻のことや、庭で遊んだ子ども時代を懐かしむ細川春雄さん(左)と降矢拓磨さん=2024年6月28日
▽にぎわい生まれた
細川さんは「高額な宿泊料で、始めは本当に来るのかと思った。60過ぎの人が若者と呼ばれるこの地域を、若い人や外国人が歩いている。考えられなかったにぎわいが生まれ、村民も生き生きしている」と話す。
降矢さんは「お客さんには村全体で消費してもらい、村民にホテルがあって良かったと思ってもらいたい」と強調する。
運営会社のEDGEは47の地方紙とNHK、共同通信が各地の地域づくりを応援する「地域再生大賞」の2022年度の優秀賞に輝いた。地域再生大賞は24年度に第15回の節目を迎える。
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