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拝金主義に嫌気をさしたファンは市民クラブを創設「観戦をみんなで楽しむ」地域社会に根差したチームを運営【プレミアリーグ 巨大ビジネスの誕生⑦】

47NEWS / 2024年8月10日 10時0分

グレーザー一族への反発を示す横断幕を掲げるマンチェスター・ユナイテッドのファン=マンチェスター(ゲッティ=共同)

 ロシアの富豪アブラモビッチ氏のオーナー就任に伴いチェルシーが躍進するのを尻目に、マンチェスター・ユナイテッドは新たな騒動の渦中にあった。名将アレックス・ファーガソン監督が率いるチームは毎年優勝争いを繰り広げ、BスカイBの買収構想がファンの反対で頓挫したことを反省の糧にクラブはファンとの対話を重視するようになっていた。しかし、その裏側で「メディア王」マードック氏とは別の米国人実業家マルコム・グレーザー氏を中心とした一族が、マンチェスターUの買収を水面下で進行させていた。(共同通信=宮毛篤史) 

 ▽成功あてに買収資金を前借り

 ファンは今回の買収計画にも強い拒否反応を示した。というのも、グレーザー家が驚愕のスキームを検討していることが明らかになったためだ。それは、クラブの資産を担保とし、買収資金の大部分を金融機関から借りる「レバレッジ・バイアウト」という手法だった。

 マルコム氏はやり手の実業家だった。その有能さとしたたかさを示す逸話が、米プロフットボール(NFL)のタンパベイ・バッカニアーズの新スタジアム建設だ。マルコム氏は1995年のオーナー就任後、スタジアムの設備に不満を表明。フロリダ州タンパからの本拠地移転を地元自治体にちらつかせ、建設費の支援を引きだすことに成功した。財源となったのは地方税。負担を背負わされたのは地元市民だった。

 その一方でグレーザー家は濡れ手に粟で新スタジアムを手にした。米フォーブスによると、1億9200万ドル(当時のレートで230億円)で買収したチームの価値は42億ドルに拡大した。この価値のうちスタジアムは4億4400万ドル分を占めるという。 


FAカップを掲げて優勝を喜ぶマンチェスター・ユナイテッドのクリスティアノ・ロナルド=2004年5月(ロイター=共同)

 ▽最も裕福なクラブが「最も負債の多いクラブ」に転落 

 一族が目を付けたのは「世界一のサッカークラブ」と称されたマンチェスターUのブランド力だった。「ポケットマネー」を投下し、チェルシーを強豪クラブに導いたアブラモビッチ氏とは対照的に、クラブを「金のなる木」に見立てた。

 「グレーザー家はマンチェスター・ユナイテッドの敵だ!」。本拠地オールド・トラフォード周辺でファンは抗議デモを展開した。クラブも反対の姿勢を示し、株主に賛同しないように呼びかけたが、グレーザー家は一枚も二枚も上手だった。

 大株主を次々に説き伏せて2005年に75%もの株式を取得し、経営の支配権を得ることに成功した。買収額は約7億9000万ポンド(当時のレートで約1550億円)。100年近く無借金経営を続けてきたクラブは5億2500万ポンドもの多額の負債を抱えることになり、世界で最も裕福なクラブは「最も負債の多いクラブ」の一つに転落した。


 BスカイBによる買収計画の反対運動に参加した英オックスフォード大のジョナサン・ミッキー教授は「グレーザー家は十分な買収資金を持っていなかった。借金をクラブに転嫁できるのであれば、われわれにも同様の事ができた」と振り返る。ヘッジファンドの担当者とも当時協議したが「巨額の借金を返済するためにはチケット代を値上げせざるを得ず、われわれの本来の目的に反するという懸念が消えなかった」と打ち明ける。 

 ▽ファンが創設した「FCユナイテッド」 

 グレーザー家の拝金主義に嫌気をさしたファンは2005年に「独立」を宣言し、同じマンチェスターに市民クラブ「FCユナイテッド・オブ・マンチェスター」を創設した。一部のメディアから「クリスマスまでもたないだろう」と冷ややかな声も聞かれたというが、クラブは今も存続する。

 本拠地のスタジアムは、マンチェスター中心部からバスと徒歩で約50分かかる郊外にある。週末に地元のファンが集い、再会を祝してビールを片手に談笑する。今年4月に取材でスタジアムを訪れると、そこにはサッカーを絆にした伝統的なイギリスの地域社会の姿があった。

 チケット代は大人が13ポンド(約2600円)、18歳未満の小中校生は3ポンドと、今や高嶺の花となったプレミアリーグのクラブと比べて格段に安い。スタッフは普段別の仕事をしているボランティアが務め、選手も他の仕事を掛け持ちするセミプロだ。

 特徴的なのは監督や選手とファンの近さ。試合前にはファンの食事会場に監督が姿を現し、チームの状況を解説する。試合中に選手が負傷すると、チームのシャツを来た子供たちがタッチライン際に駆け寄り「大丈夫?大丈夫なの?」と心配そうに声をかけていた。 


FCユナイテッド・オブ・マンチェスターの本拠地で行われた試合。スタジアムには「テラス」と呼ばれる立ち見席がある=4月、マンチェスター(共同)

 ▽今も残るゴール裏のテラス席 

 スタジアムではサッカーが高度に商業化する以前の光景が見える。イギリス国内で雑踏事故が相次いだため、上位リーグでは廃止された「テラス」と呼ばれるゴール裏の立ち見席も設置されている。

「よし今だ。シュートだ!」「ほら、だからパスしろって言ったのに」。高齢者も子供も総立ちで大声を出し、応援歌を合唱して選手を鼓舞する。

 プレミアリーグの試合では、相手チームの選手がミスをするとファンがどっと沸くが、このスタジアムでは必要以上にやじる姿は見られなかった。普段は真面目に働き、週末に地元チームを仲間と応援する。ビールを飲み、ファン同士が交流する地域の共同体そのものが体現されている場所だった。

 試合はFCユナイテッドが3―0で完勝した。試合後は選手がファンにあいさつに訪れ、子供たちとハイタッチを交わしていた。テラスでは犬も飼い主の横で試合を観戦し、試合後はピッチにある看板に前足をかけて選手を出迎えていた。 


試合後にファンと交流するFCユナイテッド・オブ・マンチェスターの選手=4月、マンチェスター(共同)

 ▽スポーツのルーツに立ち返るクラブ 

 クラブの広報を務めるマシュー・ヘイリーさん(42)は「サッカーが人気になったのは100年以上前で、その中心にいたのは労働者階級の人間だった。当時は週に6日か5日半働いていて、土曜の昼に仕事を終えた後はスタジアムやパブに行き、みんなで交流していた」と、サッカーが地域社会で重要な役割を果たしてきたと話す。

 ただ、サッカーの商業主義が肥大化するにつれ、そうした伝統や文化が次第に失われてきたと危惧する。マシューさんは「このクラブは、スポーツ観戦をみんなで楽しみ、その一部でありたいと思う人たちのルーツに立ち返っている。このことこそが、このクラブの価値観だ。ピッチで勝ちたいが、それだけが目的ではない。地域社会に本当の意味で良い影響を与える存在でありたい」と強調した。


FCユナイテッド・オブ・マンチェスターの広報を務めるマシュー・ヘイリーさん(共同)

 この日の試合のキックオフは土曜の午後3時だった。この時間帯はイングランドのサッカー界で特別な意味を持つ。下位リーグの観客動員数が減少するという悪影響を避けるため、海外のプロリーグを含むサッカーのテレビ放送が禁じられているためだ。このルールは「ブラックアウト」と呼ばれる半世紀以上続く伝統だが、収益性を重視するクラブからは解禁を求める圧力が高まっている。

 アメリカ人投資家やクラブオーナーとイギリスの地元ファンとの価値観の相違は、なぜ起きるのだろうか。スポーツビジネスを専門とするロンドン大のショーン・ハミル教授はこう解説した。「ヨーロッパでは、スポーツは主に文化的な活動からビジネス的な特徴を持つようになった。一方、アメリカでは、スポーツは最初からビジネス活動であり、それが文化的な意味を持つようになった」


「マンチェスター・ユナイテッドは愛するが、グレーザーは嫌い」と記されたステッカー=ウルバーハンプトン(共同)

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