被災地で願う、五輪アスリートの活躍。能登、福島から、ゆかりの選手に届けエール
47NEWS / 2024年7月28日 10時30分
パリ五輪が開幕し、17日間の熱戦が始まった。「五輪で頑張ってくれれば、苦しんでいる被災者も嫌なことを忘れることができる」。そうエールを送るのは、バスケットボール女子の赤穂ひまわり(25)が家族と通う石川県七尾市のすし店の大将だ。店は元日の能登半島地震で損害を受けた。地域はまだ、日常を取り戻せていない。
五輪でのアスリートの活躍は、これまで多くの被災者を勇気づけてきた。能登半島や福島といったゆかりの地から、アスリートに思いを託す人々に話を聞いた。(共同通信=帯向琢磨、浅田佳奈子、黒田隆太)
▽【七尾】初来店は「母親のおなかの中」
今年1月の地震で大きな被害が出た七尾市。すし店「繁寿し」の大将、増田将広さん(38)は地震の瞬間、店の奥の倉庫で作業していた。翌日に予約が入っていた出前の準備があったからだ。「つぶれるんじゃないか」と思うほどの揺れ。けがはなかったが、断水によって1カ月以上の休業を余儀なくされた。市場に出回る魚介の種類が少なく、しばらくはできる範囲でのやりくりが続いた。
「繁寿し」の被災後の店内=石川県七尾市(繁寿し提供)
繁寿しは、赤穂一家の行きつけだ。赤穂の両親はバスケ選手。きょうだいも4人のうち赤穂を含む3人が国内トップリーグに所属する。一家は先代の頃からの常連で、赤穂が初めて「店に来た」のは母親のおなかの中にいる時だった。例年、オフシーズンに地元へ戻った時は家族と足を運ぶ。アジなど好物の光り物をほおばるのを楽しみにしているという。
地震は2月の世界最終予選直前だった。赤穂は両親から「こっちは大丈夫だからプレーに集中して」と伝えられた。主力としてチームに貢献し、見事出場を決めた。
シーズン中は食あたりなどの懸念から生魚を控えるという赤穂。今年はパリ五輪もあり、まだ店に姿を見せていない。それでも、増田さんと客は「ひまわりちゃん」の話題で盛り上がる。「五輪でも活躍できるかな」。客の期待は増している。
6月26日に石川県内の復興イベントに駆け付けた赤穂は、「いい結果が皆さんの耳に届くぐらいの活躍ができるように頑張りたい」と決意を語った。
▽【輪島】朗報を待つ「競歩の聖地」
数多くの競歩の名選手を生んだ石川県は「競歩王国」と呼ばれる。中でも輪島市は「聖地」とされる。その理由は三つある。
石川陸上競技協会会長の宮地治さん=2月、金沢市
一つは、世界で活躍した選手が輪島の子どもたちに競歩を教え、市民に広く愛される競技である事。もう一つは、パリ五輪に出場する池田向希(25)や川野将虎(25)ら、日本代表が合宿をしてきた場所である事。そして、約50年近く日本選手権が開かれてきた事だ。
4月の日本選手権は、輪島市にとって春を告げる大会。市によると、市陸上競技協会が日本陸連に働きかけ、1972年に初めて開催された。2010年からは、市民が同じコースを歩く「スピードウォーク大会」も実施している。競歩を身近に感じてもらう取り組みで、協議の裾野を広げる役割を担ってきた。
大会には全国から選手や応援団、観光客らが集まり、例年であれば街は一気に華やぐ。しかし、今年は地震で中止を余儀なくされた。石川陸上競技協会会長の宮地治さん(72)は長く大会に関わってきた、それだけに中止は苦渋の決断だった。
地震が起きた元日、宮地さんは輪島市の自宅で子どもや孫ら15人と穏やかに過ごしていた。夕食の準備を始めた頃、最初の揺れが襲った。余震が相次ぎ、家の柱につかまったり、テーブルの下に潜ったりして耐えた。
大津波警報が発令されると、テレビから聞こえる「高台に逃げて」との叫びに押され避難した。「道路が波打って豆腐みたいに揺れるんだ。この世のことと思えなかった」
能登半島地震の影響で中止になった競歩日本選手権の発着地点付近でゆがんだ道路=2月、石川県輪島市
避難先の高台からは輪島朝市がよく見えた。火の海だった。日本選手権のコース周辺の家は倒壊し、道路は割れ、マンホールが飛び出していた。「まずは普通の生活に戻さないと」。翌日、状況を日本陸連に伝えた。協議を重ね、中止を決定した。
地震から間もなく7カ月が経過するが、市内には今も倒壊した家屋やがれきが残る。宮地さんはパリからの朗報を心待ちにしている。「輪島で鍛えた選手の健闘を祈っている。パリ五輪での活躍がわれわれの励みになる」
▽【福島】過酷な経験、力に変えて
2014年、インターハイ団体戦を男女とも制した福島県立富岡高バドミントン部員ら。左端のプラカードの後ろが大堀均さん=千葉市
福島県立富岡高(富岡町)=2017年に休校=は、バドミントンの強豪で知られていた。2006年春、普通科から国際・スポーツ科に衣替え。富岡第一中などと連携した中高一貫教育に力を入れ、全国から生徒を集めて選手育成を進めた。
元実業団選手の大堀均さん(56)は、監督として富岡に招かれた。各地から預かった選手を指導する中、東日本大震災を経験することになった。
11年3月11日午後は体育教官室にいた。中学生が練習中の体育館は照明が落下した。生徒や教職員が集まったグラウンドで空を見上げると、ひょうが降ってきた。「真っ暗で異常な天気だった」
ろうそくで一夜を明かした翌日、原発事故により町外への避難が始まった。車の渋滞の列をゆっくり進む中、防毒マスク姿の警察官らを見た。「大変なことになった」と恐怖が募った。
パリ五輪代表の保木卓朗(28)、小林優吾(29)、渡辺勇大(27)、東野有紗(27)、大堀さんの娘の大堀彩(27)の5人は当時富岡第一中の生徒だった。大堀さんは「大人の何倍も怖かっただろう」と振り返る。
バドミントン部は約2カ月後、福島県猪苗代町で活動を再開する。ただ、拠点になったのは家を失った被災者らも暮らす宿泊施設。苦しい生活を送る人たちと交流することで、「バドミントンをしていていいのか」と悩む部員もいた。
大堀さんはそんな部員を、「勝って喜ばせるのが自分たちの仕事」と励ました。全国からはラケットやシューズの提供など多くの支援を受けた。「みんな、周囲のおかげでここまで来られたという思いがとても強い」。
東京五輪では渡辺・東野ペアが銅メダルを獲得した。大会後、2人は「6年間育ててくれた福島に感謝している」(渡辺)、「福島で過ごした6年間はかけがえのない時間」(東野)と口をそろえた。
パリ五輪は再び被災地に力を届けるチャンス。大堀さんは「福島への思いは彼らの原動力。パリでは諦めずに前へ進む姿を見せて、恩返しをしてほしい」と力を込めた。
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