「いつも来てくれる」。サッカー五輪代表監督も認識しているサポーターは大学生 同世代のチーム追い2年半、アウェーの洗礼も共に浴びた
47NEWS / 2024年7月25日 10時0分
パリ五輪初戦のパラグアイ戦に快勝したサッカー男子日本代表。大会が迫る中、私(記者)は五輪に向けてチームを取材し、監督・選手の人柄や周囲の人々を紹介する記事を書くことになった。
代表チームをずっと追い続けてきたわけではないので、チームを深く知る必要がある。まずは大岩剛監督(52)の過去の記者会見や記者団への発言内容を読み返すことにした。すると、ある発言が目に留まった。
「いつも来てくれるじゃないですか。横断幕を出してくれて、相当なパワーですよね。ありがたいですよ、本当にありがたい」
監督の発言は普通、選手や対戦相手の話などが大半を占める。ただ、この日の大岩監督は、「いつも来てくれる」というサポーターに言及し、感謝を口にしていた。
23歳以下の選手で構成する「大岩ジャパン」は2022年3月に始動し、国内外で試合を重ねてきた。そこに「いつも来るサポーター」って、どんな人?。「いつもいる」ってかなり大変なのでは?興味を持った私は、大岩監督の「エスパルスのサポーターらしい」という発言を頼りに、その人物を探してみることにした。(共同通信=河村紀子)
▽「それ、タカヒロですね」
今年2月、Jリーグ清水エスパルスの試合が開催されたスタジアム。スタンドに詰めかけた大勢の中からそのサポーターを探すなら、まずは一番詳しそうな人に聞いてみよう。熱心なファン、サポーターが集まる「ゴール裏」で応援を先導していた男性に声を掛けた。
「あ、それタカヒロですね。呼びましょうか?」。難航するかと思われた人探しは一瞬で解決した。この「タカヒロ」さんが、大岩ジャパンを応援し続けてきたサポーター、塚本隆宏さん(21)だった。後日ゆっくり話を聞かせてもらえることになった。
タカヒロさんは静岡市出身。大学4年生で、選手たちと同世代だ。サッカーが好きで、地元の清水エスパルスを応援するようになった。中学の時、「友達とノリで」ゴール裏の中心部に行ってみた時に、周囲の人たちが「またおいでよ」と誘ってくれたことから、タカヒロさんの“応援ライフ”が始まった。
「勝つとすごく楽しくて」。高校時代はサッカー部の活動の合間を縫ってスタジアムへ。東京都内の大学に進学してからはほぼ全試合に駆けつけている。「(応援を)休んだことはほとんどないですね」
北九州の試合で応援するタカヒロさん
▽初海外はドバイ、最高の船出
大岩ジャパンを応援するようになったのは、一人の選手のメンバー入りがきっかけだった。当時清水エスパルスに所属していた鈴木唯人(22)(現在デンマーク1部リーグ、ブレンビー所属)だ。
これまで五輪に出場するチームを、選手と同世代のサポーターが中心となって応援してきたことも、タカヒロさんの背中を押した。
チームの初陣は22年3月。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された国際親善大会「ドバイ・カップ」だった。「海外に行ったことがなかったので、悩んだ」というタカヒロさん。経験豊富な先輩サポーターに相談し、太鼓や「2024→PARIS」と書いた横断幕を抱え、現地に乗り込んだ。
およそ10日間の滞在は、「初めての海外にしては相当楽しめた」。現地に住む日本人が一緒に応援してくれたり、食事をご馳走してくれたり。試合の合間には当時開催されていた万博などで観光も楽しんだ。チームは優勝を飾り、最高の船出となった。
▽水が飲めない!アウェーの洗礼
スペインでの試合で掲げられた「2024→PARIS」の横断幕
タカヒロさんは大学生活の合間にアルバイトをし、「当然無駄遣いはしない」とやりくりをしながら、これまでに13カ国を訪れた。ただ、決して楽しいことばかりではない。日本でのサッカー観戦ではおおよそ考えられないような「アウェーの洗礼」も浴びてきた。
22年6月、地元ウズベキスタンと対戦したアジアカップ準決勝。相手サポーターは入場を禁じられていた。準々決勝でピッチにものを投げ入れるなどしたためだ。
スタンドにはタカヒロさんら日本人サポーターだけ。チームを後押しする絶好のチャンス。ただ、そんなにうまくはいかなかった。
スタジアム内では突如現地メディアが応援を始め、外でも数千人の現地サポーターが大騒ぎしていたという。日本は2失点を喫して敗れた。「本当ならラッキーな状況なのに、応援が成り立たずに終わってしまった」と悔やむ。
23年9月、アジアカップ予選で訪れたのは高温多湿のバーレーン。じっとしてても汗が吹き出すような暑さの中、スタジアム内はまさかの「水持ち込み禁止」。1試合目は水分を取らず応援をやり切った。
2試合目以降はバケツを持参。スタジアム内に入る前にペットボトルの水を入れて持ち込んだ。なぜ、バケツに入れた水がOKだったのかは定かではないが、「とにかく暑くてきつかった」と振り返る。
▽重かった優勝カップ、届いた思い
アジア・カップでチームを鼓舞するタカヒロさん
大岩ジャパン、そしてタカヒロさんにとって一つの山場だったのが、今年5月に開催されたU―23アジアカップだ。パリ五輪への出場権を賭けた大会に楽な試合はなかった。それでも準決勝でイラクを下して出場権を獲得。決勝では“因縁”のウズベキスタンに1対0で勝利し、アジア王者として五輪に臨むことになった。
この決勝のスタジアムで、タカヒロさんが「一生忘れない」と話す出来事が起きた。試合後、サポーターは選手たちと喜びを分かち合っていた。すると、主将の藤田譲瑠チマ(22)が観客席にいるタカヒロさんのもとへ近づいてきた。
「持つ?」。そう言った藤田から渡されたのは優勝カップ。「そんなこと言ってもらえると思ってなくて、詳しく覚えてない」。それでも、無我夢中で掲げた時のカップのずっしりとした重さは忘れられない。
「応援が必要だし、やらなきゃいけないんだって改めて思えた」。決意を新たにした瞬間だった。
6月、大岩ジャパンが米国に遠征した際、同行した別の記者が藤田に当時のことを尋ねた。タカヒロさんのことは「毎回、今日も来てるよ、すごいね」と選手らで話しているそうだ。カップを渡した理由は、「発足当初からずっと応援してもらってたので、感謝の気持ちで」と明かしてくれた。タカヒロさんの応援は、選手にも伝わっていた。
▽少しでも、応援が力になるために
取材の中で、タカヒロさんに率直に聞いてみたいことがあった。
なぜ、ここまで応援するのですか。中には「応援してやってる」みたいな態度の人もいると思う。タカヒロさんにとって応援することの意味とは何ですか―。
「してやってる、とは1回も思ったことがない。好きで追っかけてるだけなので」。きっぱりとした口調だった。少し考えた後、こう話してくれた。「応援が力になるって、ほんの少しだと思うんです。でも、そうなるためにやるしかないって思ってます」
▽すべてを出し尽くす
サッカー男子フランス代表との国際親善試合で、スタンドから声援を送るタカヒロさん(手前右)=17日、フランス・トゥーロン(共同)
7月17日、フランスのトゥーロンで行われた五輪開催国代表との国際親善試合。約1万2千人の観客ほぼ全員が地元のフランスを応援する中、タカヒロさんら10数人の日本サポーターの声がスタジアムに響いた。
フランスとの強化試合後にサポーターにあいさつする日本代表=17日、トゥーロン(共同)
直前の14日に大分市で清水エスパルスの試合を応援した後、フランスまで駆けつけた。優勝候補相手の試合は1対1の引き分け。それでも、タカヒロさんは「最低限。もっと周りを巻き込めるような応援がしたい」と厳しかった。
いよいよ、パリ五輪での戦いだ。この大会が終われば、世代別の代表である「大岩ジャパン」は解散する。タカヒロさんの気持ちは選手と同じだ。「後悔がないよう、全てを出し尽くしたい」
▽編集後記
初めてタカヒロさんの応援する姿を見たのは、今年3月、北九州市で行われたウクライナ代表との国際親善試合だった。「トラメガ(拡声器)」越しに、迫力のある声がスタジアムに響いた。
普段の柔和なイメージとのギャップに驚き、タカヒロさんにそのことを伝えると「応援はスイッチが入る。どうやったら周りを巻き込めるか、チームがきついときに応援できるかを考えている」と少し照れくさそうに話してくれた。
「皆さんの声は必ず選手に届いています。なので自信を持って選手を応援し続けてください」。7月、元日本代表の岡崎慎司さん(38)が古巣、清水のスタジアムを訪れた際にファン、サポーターに送ったメッセージだ。声援、応援はきっと選手に届き、パワーになっている。
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