「愛と多様性がこの国を作っていると、世界に示したい」 五輪モード、緊張と高揚に包まれた開幕直前のパリを歩いた
47NEWS / 2024年7月26日 10時30分
100年ぶりの夏季五輪が目前に迫るパリは、「五輪モード」へと姿を変えている。開会式が行われるセーヌ川や、競技会場となる世界的観光名所には観客席や特設ステージが設置され、普段の街並みは姿を消した。すでに厳戒態勢で、楽しげな観光客でにぎわう傍らをフランス軍兵士や警察が集団で警備に当たる。開幕直前の緊張と高揚が包む街を、五輪取材のため日本から出張中のカメラマン二人で歩き回った。(共同通信=坂野一郎、金子卓渡)
▽封鎖
警備が強化されているセーヌ川の周辺エリア。奥はルーブル美術館=18日
「シャルル・ド・ゴール空港とパリ市内とを結ぶ高速道路上で強盗被害が多く発生しています。鈍器や石のような物等で車の窓ガラスを割り、膝やシートの上に乗せていたバッグ等を強引に奪うものです」
在仏日本大使館の注意喚起を渡航前に目にしていたので、治安が懸念だった。パリに着陸する前から緊張し、シャルル・ド・ゴール空港に着いてからは周囲を見回しながらタクシーに乗った。結局強盗には遭わず、無事にパリ郊外のホテルへと到着した。この日は中心部には行かず、翌日から街を歩くことにした。
ルーブル美術館入り口付近を警戒するフランス軍兵士=13日
一年前に取材で訪れたパリとは風景が一変していた。史上初めて競技場外での開会式が開かれるセーヌ川岸には銀色の観客席が張り付くように組まれ、作業員が完成を急いでいた。街中の橋や道路はあちこちが封鎖され、バリケードだらけだ。ルーブル美術館のピラミッド前やエッフェル塔下など多くの観光客が集まるエリアにはライフル銃を持ったフランス軍の兵士が巡回し、ものものしい雰囲気がある。セーヌ川も警備艇が頻繁に行き来する。18日からはセーヌ沿いのエリアを中心に警備が強化され、住民や関係者以外の通行が制限された。
開会式が行われるセーヌ川をボートで警戒する警察官=16日
▽「パリ市民のためではない」
昨日通れた橋が今日は通れない、というほどめまぐるしく街が変化している。歩道が使えなくなり、車道を歩く人もいた。元々ひどい車の渋滞はさらに悪化。中心部にある地下鉄駅は封鎖され、利用できなくなっている。
封鎖されたエッフェル塔近くのイェナ橋=12日
セーヌ川沿いで古書店を営むフィリップ・ルジャンドルさん(57)は「パリ市民のための五輪ではないね」と苦笑いする。渋滞や封鎖で、仕事と生活に支障が出ていて、五輪期間中はパリを離れる人も多いという。「人が集まればテロや犯罪のリスクは増す。観光客も減っている印象だが、制限が厳しくなるのは仕方がない面はある」と話す。
通行制限などの対策によって、人混み自体が減った印象で、去年目立った強引な物売りや路上に座り込む人たちの姿は減っていると感じた。一方で、市内ではホームレス追放反対を訴え、五輪に反対するデモも起きていた。
レピュブリック広場近くで、五輪開催に抗議する人たち=15日
▽目前の高揚
上:エッフェル塔から望むコンコルド広場(奥)とアレクサンドル3世橋(中央)。観客席やスタンドが設置されている=22日、下:セーヌ川沿いに設置された観客席=16日
厳戒態勢にはあるが、五輪の高揚は確実に近づいてきている。歴史的名所も、競技場へと変貌した。フランス革命時にルイ16世やマリー・アントワネットがギロチンで処刑されたコンコルド広場は、ブレイキンなど都市型スポーツの特設会場に。スケートボードや自転車BMX、ブレイキンの舞台となる特設ステージが広場を覆っていて、その隙間にそびえ立つオベリスクが面影を残している。
エッフェル塔を望むトロカデロ庭園や、パリ市庁舎前の広場も五輪仕様にスタンド等が設置されている。普段の街並みは姿を消した。純粋なパリの風景を楽しむことはできない。
五輪期間にしか味わえないパリもある。7月14日、革命記念日に合わせて聖火リレーがパリに入った。スタート地点はシャンゼリゼ通り。ルイ・ヴィトン製のケースからトーチを取り出し、凱旋門を背に走者が走り始めるというパリ色があふれる演出に、沿道からは市民や観光客が拍手と声援を送った。
パリで行われた聖火リレーではルイ・ヴィトンのケースからトーチが取り出された=14日
この日はルーブル美術館やノートルダム大聖堂などを巡り、夜には革命記念日の花火とドローンを使った五輪マークがエッフェル塔を彩った。街中に集った人々は歓声とともにスマートフォンを掲げ、その景色を収めた。
18日にはパリのイダルゴ市長が、トライアスロンなどの競技が予定されているセーヌ川を泳いで水質改善をアピール。ウエットスーツにゴーグル姿であっぷあっぷとクロールする市長を、メディアはボートに乗って追いかけた。封鎖による不便さや景観の変化、意見の違いはあったとしても、世界的なランドマークと五輪の共演は関心を集めている。
クロールでセーヌ川を泳ぐパリのイダルゴ市長=18日
▽移民街の声
パリ中心部以外はどうか。競技は有名観光地だけでなく、郊外や市外でも行われる。そのひとつ、陸上競技や閉会式が開催されるフランス競技場があるパリ北部郊外のサンドニは、移民や貧困層が多い地域だ。選手村とアーティスティックスイミング会場が新設され、五輪組織委員会も本部を置く。組織委員会は「有益なレガシーを残さなければいけない」と地域振興を掲げている。この五輪がどんな影響をサンドニに与えているか、住民に尋ねた。
パリ五輪の組織委本部や選手村が置かれるパリ郊外サンドニ。中心地の商店街を警察官が警戒していた=13日
取材の車が中心部にさしかかると、ドライバーは翻訳アプリで「夜は来たくない」と私たちに示した。薬物の売人が現れるという。土曜日の夕方は、サンドニ大聖堂前の通りはアフリカ系、アラブ系など多くの人が行き交っていた。正気でなさそうな男に通行人が目の前でタックルされ、振り払う光景には面食らった。買い物客らに声をかけると、珍しいアジア人に少し驚きながらも質問に応じてくれた。
コートジボワールから移民したアパレル店員、フォシャナ・シヤカさん(37)は「この街が世界から注目されるのはよいことだ。観光客も多く来るだろう」と歓迎した。隣町から子どもを連れて訪れたハキーム・ゲトゥフィさん(40)も「経済的な効果はまだ感じていないが、五輪が決まったときはうれしかった。子ども向けのスポーツクラブが増えたり、新しいプールができたりしたことを喜んでいる」と好意的に受け止めていた。
パリ中心部で聞いた否定的だったり無関心だったりした意見に対し、住民の声は意外だった。「五輪後もいい影響が残るといい」「あまり否定的な声ばかりを鵜呑みにしてはいけない」とも話していた。同僚記者とは「封鎖などで実際に生活に支障が出ているのはパリ市民で、サンドニは恩恵の方が大きいからではないか」と話し合った。暗くなる前に、街を後にした。
▽「愛と多様性を見せたい」
下院総選挙の決選投票後、パリのレピュブリック広場に集まった人々。「フランスは移民の国だ」と書かれた手作りの国旗を掲げた=7日(共同)
史上初となる競技場外での開会式で幕を開ける、パリ五輪。エッフェル塔に花火が上がればあまりに写真映えするし、市長がセーヌ川を泳げばそれなりに人々は面白がる。五輪に反対するデモも、パリが持つ力とも感じる。出くわす光景はいちいち魅力的だ。
「パリで開催される五輪で、どんな姿を見せたいですか」。極右勢力の台頭で揺れたフランス国民議会(下院)総選挙決選投票の後、レピュブリック広場でフランス国旗を掲げていたパリ市民の男性に尋ねた。彼はこう答えた。「この国をつくっているのは人々の愛と多様性であることを、世界に見せたい」
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