気付くまで15年「妻からDVを受けていた」。エスカレートする支配と暴力、絶望の日々 世間体で相談しづらい男性たちのSOS「ベッド脇にムカデの塊」「みそ汁に下剤」―
47NEWS / 2024年8月5日 10時0分
徳島県内に住む会社員の斉藤大介さん(仮名、50代)は20年以上前、当時20代だった女性と結婚した。
相手は交際期間中も斉藤さんを束縛しようとするなど攻撃的だった。結婚後はさらにエスカレートし、斉藤さんは無視され、給料を管理され始めた。やがて子どもにも危害が及ぶように。心身共に疲弊しきった日々の末、紹介された相談窓口にたどり着いて初めて気付いた。「自分はドメスティックバイオレンス(DV)を受けていた」
DVは男性が加害者、女性が被害者という先入観を持たれがちだが、全国的に年々、男性からの相談件数は増えている。斉藤さんに絶望の中で過ごした15年間の話を聞くと、男性も自覚がないまま被害者になり得る実態が浮き彫りになった。(共同通信=別宮裕智)
※記者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。
▽交際中から兆し
斉藤さん=6月11日、徳島市
斉藤さんは結婚するまで約3年間、相手の女性と交際した。その時から、予兆はあった。
週末に仕事で家を空けると、2人で過ごすことを優先させるよう求められ、罪悪感を抱かせるような内容のメールを送りつけてきた。一緒に過ごした後に家に帰ろうとすると、車内で寝たふりをされ、日付をまたいでも帰してもらえなかった。
徳島市でDVの被害者支援に取り組む一般社団法人「白鳥の森」山口凜(やまぐち・りん)理事は、相手の行動をこう分析する。「パートナーの世界を自分だけにしたいのだろう。支配下に置こうとしている」「パートナーの両親や友人との関係を断絶することで、社会から孤立させ洗脳するという手法は(DV加害者の)常とう手段だ」
結婚し同居が始まって約1カ月後、相手に異変が起きた。部屋に引きこもり、家事をしなくなったのだ。斉藤さんは無視される期間が1~2週間続いた。
その後も度々家事を放棄しては、機嫌を直をするということを繰り返すようになっていった。無視される期間も延びていき、半年~1年に及ぶこともあった。
▽子どもも標的
斉藤さんはどうしていいか分からず悩んでいた。そんな折に一人目の子どもが生まれ、3年後には二人目にも恵まれた。
下の子は特に斉藤さんになついた。するとそちらに矛先が向かった。斉藤さんに抱きつくとすぐに引き離され、おもちゃを投げつけられて顔を縫う大けがを負ったこともあった。少しずれていたら失明の危険もあった。
反対に第1子はかわいがった。するとその子は、まだ幼稚園児だった年下のきょうだいがぞんざいに扱われているのを見て、殴るといった暴力をふるい始めた。
▽給料も管理下
給料は全て管理下に置かれていた。斉藤さんが与えられていたのは月わずか1万円。それも機嫌が悪い時はもらえないこともあった。
あとは銀行から積立金を下ろし、計2万円で昼食代や会社の飲み会費用を含む1カ月の交際費などをまかなう必要があった。朝食は栄養補助食品「カロリーメイト」2本。昼食は抜いた。
会社の飲み会の後に交通費が足りず、自宅まで3時間かけて歩いて帰ったこともあった。
山口さんは家庭内DVの特徴を次のように指摘する。「加害者が家庭内の『法律』を作り、昨日許されたことが今日は禁じられる。被害者は加害者の機嫌が一番の関心事になる」
「白鳥の森」の山口凜理事=6月11日、徳島市
ある日、仕事が終わり午後7時に帰ると部屋が真っ暗になっていた。子どもたちが「何も食べていない」と訴える。外に連れ出すが、お金を持ち合わせていない。車にあった小銭をかき集め、なんとか食事を取った。
山口さんはこう話す。「女性のDV加害者は夫に経済的に依存し、搾取するケースが多い。一方で自分の方が力が勝る子どもに対しては、身体的暴力を振るい、効果的に使い分けている」
責任が重くなる仕事と負われる家事に、やがて眠れなくなった。心療内科に駆け込み、うつ病と診断された。強い薬を飲むことになり、日中、意識はもうろうとした。手が震えて字が書けなくなった。
病院に「入院させてほしい」と言うと、家族の同意がないとできないと伝えられ、代わりに病院のケースワーカーに紹介されたのが、徳島県内のDV相談窓口だ。結婚から15年がたっていた。
▽うつ病と診断
当時、相談窓口の職員だった山口さんは斉藤さんと初めて会った時のことを覚えている。「手が震えていて、今にも死んでしまうのではないかと思った」
山口さんは「家を出てみませんか」と提案した。子どものことが心配だったが、この精神状態で子どもを引き取っても育てられない。
斉藤さんは山口さんと会ったその日、自宅に着替えだけを取りに帰り、家を出た。3週間、ホテルで生活しただけで、楽になった。「これが日常なんだ」
窓口に相談して、初めて自分がDVを受けていたということに気づいた。1カ月間休職し、少しずつうつ病の薬を減らしていった。
相談窓口の支援を受け、離婚の調停を開始した。元妻は「和解金」を要求してきた。納得はいかない。でもこれで離婚できるなら―。条件をのみ、数年かかって離婚が成立した。
斉藤さんと話す「白鳥の森」の野口登志子代表理事=6月25日、徳島市
▽子どもと会えない日々
離婚後、2人の子どもが成人するまで養育費を払い続けたが、一度も会えていない。
別居後に子どもからもらった励ましの手紙を今も持ち歩く。「いつ会えるかは分からない。会った時は手紙を見せて、忘れていないよと伝えたい」
白鳥の森は今後、斉藤さんが子どもたちと再会できるように支援していく方針だ。
2021年、斉藤さんは再婚した。再婚当時は夜中に頻繁にうなされていたが、最近はうなされることは減った。
離婚して数年は、元妻の家がある道を車で通ることも怖かったが、克服した。斉藤さんはこう呼びかける。「世の中には同じような経験をしている人がいて、その中には命を絶ってしまう人もいるかもしれない。男性でも被害を受けることを知ってもらって、一人でも救われてほしい」
▽「男性の被害は理解されないと思う」
一般社団法人「白鳥の森」に寄せられた男性のDV被害例
白鳥の森は昨年、支援した20~50代の男性20人に被害アンケートを実施し、その結果をホームページで公開した。団体によると、男性に限定した調査はあまり例がないという。
アンケート結果によると、被害の内容は、物を投げつけられたりする身体的暴力、暴言や説教を受けたり不機嫌な態度を取られたりする精神的暴力、収入没収や通帳を隠されるといった経済的暴力など多岐にわたる。「ゴキブリやムカデの死骸の塊をベッド脇に置かれた」「みそ汁に下剤を入れられた」「通帳や印鑑を隠された」といったものの他、体格差を反映してか「包丁で脅される」という例も多かった。
しかし半数に当たる10人が、被害について誰にも相談しなかったという。その背景としては「相談できる場所を知らなかった」「DVの自覚がなかった」といった理由が並んだ。
さらに、20人全員が「男性がDV被害について相談しにくい現状があると感じる」と回答。具体的な理由には「世間の目が気になる」「恥ずかしい」といったもののほか、「DVは女性だけが被害に遭う問題だとずっと思っていた」「男性がDV被害に遭うなんて理解されないと思う」といった声があり、被害者の男性自身が先入観にとらわれている様子が浮かび上がった。
野口登志子(のぐち・としこ)代表理事は、「加害者は暴力を振るいながらも、こういうことをさせるような原因を作ったのは相手だ、と被害者意識を持っていることが多い。男性側は周囲に相談しても我慢しろと言われてしまいがちで、被害が重篤化する」と話す。
また、相談に訪れる被害者は「自分も悪いところがあるのですが」と説明する傾向があるといい、野口さんは「加害者と被害者が逆転してしまっている」と解説する。
▽男性のための自助グループ
警察庁によると、2023年に全国の警察に寄せられたDV被害相談のうち、男性からは2万6175件と過去最多で全体の29・5%を占めた。2014年は5971件で、10年間で4倍以上に急増している。
白鳥の森は、7月下旬、男性のDV被害者の自助グループを立ち上げ、初めての会合を開いた。団体によると、男性の被害者に限定した自助グループも全国的にも珍しいという。
自治体などの相談窓口では、名称に「女性」や「子ども」と冠していることで男性が相談しづらい傾向がある。会合では当事者の経験を共有するだけでなく、男性が助けを求めやすい環境づくりなどについて意見交換した。
野口代表理事はこう力を込める。「現在も苦しんでいる人のために、どのように啓発していけば声が届くか考えたい。DV被害者支援に男女差別があってはならない」
* * *
DV被害の相談先として、都道府県や市区町村は「配偶者暴力相談支援センター」といった名称の支援機関を置いており、全国共通短縮ダイヤル「#8008」にかけると、電話を発信した都道府県のセンターにつながる。
また、内閣府が開設している「DV相談プラス」では、24時間受付の電話0120(279)889や、正午~午後10時のチャットなどで専門の相談員が対応している。
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