健全経営でマネーゲームに参戦せず、モデルクラブのルートンとロザラム 【プレミアリーグ 巨大ビジネスの誕生⑧】
47NEWS / 2024年8月11日 10時0分
外国人オーナーが注入する桁違いの資金力を武器に成功を手に入れたマンチェスター・シティーやチェルシーのようなビッグクラブと対照的に、2023年にプレミアリーグ初昇格を果たしたルートンの経営モデルは中小規模のクラブにとって希望の光となった。財政難もあって一度は5部リーグまで転落しながら、昨年32シーズンぶりに最高峰リーグまではい上がってきた。紆余曲折の過程を知るギャリー・スウィート最高経営責任者(CEO)(60)は「収入以上の支出をしない。そうすれば財政面が安定し、ピッチ上の成功につながる」と急成長の秘訣を語る。(共同通信=田丸英生)
▽勝ち点30剥奪の厳罰
古風なつくりで知られるルートンの本拠地ケニルワース・ロード=2023年6月
1980年代は1部リーグの中堅クラブとしての地位を固め、1988年にはリーグカップ優勝も果たした。ところがプレミア発足前、最後のシーズンだった1991~92年に22チーム中20位で2部に降格して新リーグ参入を逃すと、長い苦難が待っていた。2000年代に入ると経営難から破産申請やオーナーの交代を繰り返し、2008年には過去に遡って複数の財務規定違反があったとしてイングランド協会(FA)やリーグから合計で勝ち点30を剥奪される異例の処分を科された。4部リーグだった2008~09年シーズンは大幅な減点が致命傷となって最下位。2部から3年連続の降格となり、プロリーグの1~4部を管轄する「フットボール・リーグ(EFL)」から「ノンリーグ」と呼ばれる5部まで滑り落ちた。
どん底に沈みかけていた2008年にサポーターが中心となってつくられた共同事業体がクラブの経営権を取得し、その中心の一人がスウィートCEOだった。「それまで経営不振で毎日のように借金が増えていたが、ノンリーグに落ちたことはクラブが生まれ変わるきっかけになった。抜け出すまで5年かかったが、それが踏み台となって次の10年間の飛躍につながった」。プロとセミプロが混在するリーグで足踏みした5年の間に経営基盤を一から立て直し、2014年に4部リーグに復帰するとピッチ内外の再建が加速した。
▽「ノー」と言える強さ
インタビューに答えるルートンのギャリー・スウィートCEO=2024年4月
本拠地の収容は最大1万1千人あまりで多くの入場料収入は見込めず、2部リーグの昇格プレーオフを勝ち抜いてプレミア行きを決めた2022~23年シーズンの収入は約1840万ポンド(当時のレートで約28億9千万円)。2部クラブの平均(約3100万ポンド)の6割に過ぎなかった。それでも目先の結果より長期的かつ広い視野で物事を捉えるポリシーを貫く。
3部リーグ時代の2018年にはギャンブル系企業をスポンサーにつけないことを表明。スポーツ賭博が青少年らに及ぼす悪影響が指摘されながら、多くのチームがユニホームなどに賭博系スポンサーの名前を入れ、EFLの冠スポンサーにも大手「スカイベット」がついている中で異例の方針を採った。100万ポンド単位とされる大きな収入よりも、クラブとしての価値観を優先したスウィートCEOの「ノーと言える強さも必要」という言葉には説得力がこもる。
客席とピッチの距離が近く、古風なイングランド式のつくりが特徴の本拠地ケニルワース・ロード。スタンドの一角にクラブのエンブレムの下に「1885年創設 2008年FAに裏切られた」と書かれた大きな旗が目立つように掲出されている。勝ち点30剥奪という厳罰に屈することなく、チームを支えてきたサポーターの思いが込められており「クラブの歴史の重要な一部を表している。決してFAを非難するつもりはなく、その時代を乗り越えて、今の文化が築き上げられた象徴として掲げている」とスウィートCEO。数年後に移転を予定している新スタジアムにも飾る場所を確保しているという。
ルートンの本拠地ケニルワース・ロードで、住宅地の中を通ることで有名なゴール裏の入り口。試合日は多くの観客で賑わう
▽プレミア昇格より健全経営
EFLの最上位にあたる2部リーグはプレミア経験クラブも多く、1試合平均入場者数が約2万人という人気を誇り、欧州5大リーグ(プレミア、スペイン1部、ドイツ1部、イタリア1部、フランス1部)に次ぐ第6のリーグと称されることもある。2022~23年シーズンの総入場者数は1000万人を超え、フランス1部リーグを上回って欧州で4番目の多さだった。プレミアへの登竜門として毎シーズン熾烈な昇格争いが繰り広げられ、最後の1枠を争うプレーオフの決勝は毎年ウェンブリー競技場で開催。勝てば莫大な放映権料や降格時の救済金などにより、翌シーズンから3年間で最大3億ポンドの収入増を見込めることから「世界で最も価値の高い試合」と呼ばれる。
そんなリーグでも昇格を現実的な目標とせず、健全経営を軸としているのがロザラムだ。英中部シェフィールド近郊にある人口約7万人の街に本拠地を置き、1925年の創設から一度も最上位リーグに在籍したことがない。ポール・ダグラス最高執行責任者(COO)(61)は「われわれが欧州チャンピオンズリーグやプレミアリーグを優勝することはあり得ないし、FAカップやリーグカップも現実味はない」と割り切っている。
2012年に完成したロザラムの本拠地ニューヨーク・スタジアム=2022年10月
2022~23年シーズンの収入は約1570万ポンドとルートンより少なく、2部で最小規模のクラブの一つ。監査法人デロイトによると総年俸はリーグ平均の約3分の1にあたる1000万ポンドと24チームの中で最も少ない。直近12シーズンで2部昇格と3部降格を4度ずつ繰り返す「ヨーヨー・クラブ」の典型例だが、チーム運営におけるスタンスは一貫している。ダグラスCOOは「サポーターを満足させること、地域社会に貢献すること、アカデミーで若手選手を育成すること。こうしたテーマと同時に試合に勝って、できる限り良い成績を収めること」と無理に背伸びすることなく、地に足をつけることの大切さを説く。
インタビューに応じるロザラムのダグラスCOO=2024年4月
▽埋めがたいクラブ間の格差
ロザラムの試合は本拠地ニューヨーク・スタジアムに約1万人が集まる=2022年10月
3部に降格するたびに1年で2部に舞い戻る強さはあるが、そこからもう一段上に進むことは困難を極める。「クラブの予算規模は間違いなく2部リーグで最も小さいため、われわれの3~4倍もの資金力で補強できるチームと対等に戦うのは厳しい。ロザラムに良い選手がいれば引き抜かれ、その穴をすぐに埋めるのは非常に難しい。だから2部と3部を行ったり来たりすることになる」。埋めがたいクラブ間の格差に葛藤をのぞかせる。
戦術面でもプレミアリーグの影響を受ける2部リーグでは、年々ポゼッションを重視するチームが増えているが、その流れに逆行するように昔ながらの英国式スタイルにこだわってチームを構成する。「ロザラムの人々は働き者で、ポゼッションやテクニックよりもスピードやフィジカルを生かした愚直なサッカーを好む。それこそがクラブのアイデンティティーであるということを8~9年ほど前に確認し、そのスタイルに合う選手を獲得してきた」。前職で英会話学校に勤務し、日本に12年住んでいたダグラスCOOは以前から日本人選手の獲得にも興味を示しているものの、チームの戦術に合うタイプが少ないこともあって実現していない。
ロザラムは最上位リーグに昇格したことはないが、本拠地にはチームや個人のトロフィーが飾られる=2022年10月
プレミアリーグに初挑戦したルートンは冬の移籍市場で日本代表DF橋岡大樹が加入したが、20チーム中18位で目標だった残留を果たせなかった。ロザラムは2部でシーズンを通して低空飛行を続け、24チーム中の最下位で5試合を残して早々に降格が決まった。ともに資金力が成績に反映されて残酷な結果を突き付けられたが、終わりが見えないマネーゲームには参戦しないというクラブの確固たる方針が揺らぐことはない。
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