「帰りたかったが、あきらめた」3年たっても帰還2割、土石流被災地・熱海の遠い復興 工事の遅れや行政との軋轢・・・それでも住民は「新しい伊豆山」のために奔走する
47NEWS / 2024年8月2日 10時30分
静岡県熱海市の会社員志村信彦さん(43)は2021年7月3日、大規模土石流の被害に遭い、伊豆山地区にあった自宅が流された。あれから3年。応急住宅暮らしを経て家を建て、7月から新生活を始めた場所は、かつての土地ではなく、熱海市の中心部に近い別の地区だ。
被災当時小学2年だった長男(10)は伊豆山に戻りたがった。一方で、小学校に通い始めた長女(7)には新しい友人関係ができていた。「同年代の子が伊豆山に戻ってくるのだろうか。少しでも人の多いところにいた方が良いのではないか」―。悩んだ末の結論。志村さんは「帰りたかったが、あきらめた」と肩を落とした。
被災現場への立ち入り制限は昨年9月に解除されたが、地区に戻った住民は約2割にとどまる。草が生い茂る住宅跡地や、窓が割れたまま放置されたアパート、いまだに人影の少ない被災地を取材すると、復旧工事の遅れや住民と行政との軋轢といった復帰を阻む事情が浮かんできた。(共同通信=平川裕己、柳沢希望)
▽工事完了予定は延長、また延長?
復旧工事が行われている静岡県熱海市の伊豆山地区
熱海市によると、28人が犠牲になった土石流で、昨年9月に警戒区域が解除された後に帰還したのは、避難対象だった132世帯227人のうち22世帯47人にとどまる(今年6月20日時点)。
また、同じような災害を防ぐ目的での河川拡幅や、緊急車両を通りやすくする道路整備のための用地買収の進み具合は、道路が75%、河川が60%ほどで、工事すら開始できていない場所も多い。
熱海市は2026年度末の工事完了を目指している。これは当初予定から2年先送りしたものだが、市は再延長を否定していない。こういった市のスタンスも、帰還を阻む要因のひとつとなっている。
▽再分譲から費用補助へ、事前説明なく住民は反発
静岡県熱海市伊豆山地区の旧警戒区域
市と住民との不和も生じている。宅地復旧の補助制度を巡る混乱はその一例だ。
熱海市は最初、住宅再建を希望する人の土地を買収し、宅地造成後に再分譲する方針だった。それを昨年5月、被災者の負担費用の90%を補助する方法に変更。ほとんどの被災者に事前説明がなく、書面での通知だったため反発が広がった。被災者や市議会が苦言を呈し、補正予算案は取り下げられた。
市の復旧事業を巡っても、一部住民が「意見が反映されていない」と反発。警戒区域解除後に市が地区別説明会を行うなど多くの復興策が後手後手となり、被災者とのコミュニケーション不足が浮き彫りとなった。
▽住民との対話には評価の声も
静岡県熱海市で発生した大規模土石流の起点
斉藤栄市長は今年6月28日の記者会見で「復興が遅れていることは否めない。進捗状況の詳細を伝えることに力を入れていきたい」と話した。一方、住民説明会では、行政の担当者と膝をつき合わせた対話に好意的な意見もあった。同地区で起きた空き巣や不審火について、市側が住民の意見をくみ取り、街灯の増設や防犯カメラの設置といった対策を取るなど効果を上げているものもあり、市は住民との対話の機会確保を模索する。
復興政策に詳しい大阪公立大の菅野拓准教授は、自治体が住民の声を聞く重要性を強調する。東日本大震災では、行政が議会や住民と調整して意見のくみ取りに注力した地域の復興はスムーズだったとして、「一度失った信頼を取り戻すには何倍もの時間がかかる。市長や担当者が自ら足を動かし、住民の声を聞く機会をつくり反映させるべきだ」と指摘する。
▽心の寄りどころに
再建中の自宅前に立つ太田滋さん夫妻=2024年6月
課題が山積みの被災地だが、復興に向けて歩みを進める人たちもいる。神奈川県湯河原町に避難する太田滋さん(67)は川の近くで暮らすことに不安を感じ、伊豆山地区の別の場所で暮らす予定だが、全壊判定された自宅の再建を進め、家を残す。家族と過ごした思い出などが詰まった大切な居場所だからだ。「残すことで、心の寄りどころになれば」と願う。
柱と基礎部分が残った自宅は、大工に「再建できるかも」と言われ、修復することに決めた。「土石流を絶対に忘れてはいけない」との思いを込め、屋根などに飛び散った泥の跡を残すことにこだわった。
再建中の自宅に立つ太田滋さん夫妻=2024年6月
▽この店を、住民がつながる場所にしたい
高橋一美さん(47)は、地区内の古民家をリフォームしたカステラまんじゅう店をオープンさせた。自身も被災したが、発生当初から被災者への物資配達などの支援を続ける。住民が戻らない町の活気を取り戻すため奔走し、拠点を作り、被災者らの交流を促してきた。
「この店を、住んでいた人や住み始める人がつながる、新しい地域コミュニティー形成の場所にしたい」。坂が多くてコンビニもなく住みづらい、高齢化の進む町だからこそ住民の助け合いが大切だと身に染みている。
被災から3年がたっても問題は山積みで、復興の出口は見えない。それでも振り返ることはしない。「被災をしてマイナスから始まったが、生まれ変わった伊豆山を発信していきたい」
伊豆山地区内に新規開業した店舗前に立つ高橋一美さん=2024年6月
× ×
熱海市の大規模土石流
2021年7月3日午前、盛り土を含む大量の土砂が伊豆山地区の逢初川を下り、家屋を押し流しながら約2キロ下の伊豆山港に到達した。災害関連死1人を含む計28人が命を落とし、最大582人が避難した。
市は同年8月、二次災害の恐れがあるとして同地区の一部を原則立ち入り禁止とする警戒区域に指定、2023年9月1日に解除された。盛り土の高さは、起点の土地の旧所有者が市に届け出た15メートルの3倍以上に当たる最大約50メートルに達していたとの見方がある。
静岡県警は違法造成が原因の可能性があるとして、現所有者も含め捜査を続けている。
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