「プラスチック」ファンなど客層変化に賛否、国際化で「本場」の雰囲気が薄れる懸念も 【プレミアリーグ 巨大ビジネスの誕生⑩)】
47NEWS / 2024年8月18日 11時0分
プレミアリーグの発展によりイングランドのサッカー界がクリーンで明るいイメージに生まれ変わると、スタジアムを訪れる客層にも変化が見え始めた。マンチェスター・ユナイテッドの主将だったロイ・キーンが2000年に発したコメントが、その象徴として語り継がれる。
クラブ公式テレビチャンネルのインタビューで、本拠地オールド・トラフォードにおける応援の熱量に苦言を呈し「アウェーまで足を運ぶコアなファンは素晴らしい。でもホームのファンは何杯か飲んでエビのサンドイッチを食べているだけで、ピッチ上で何が起きているのか見ていない」と、チーム内のメディアで異例ともいえる批判を展開した。(共同通信=田丸英生)
▽「エビサンドイッチ部隊」
キーンによる“口撃”の標的となったのは「ホスピタリティー」と呼ばれる、飲食サービスなどの付加価値が付いた席の観客だった。時代とともに変わりゆくスタンドの雰囲気を鋭く指摘したコメントは共感を呼び、応援よりも飲食を優先するファンを指す「エビサンドイッチ部隊」というフレーズも生まれた。
実はオールド・トラフォードには1960年代から個室の特別席を設けるなど、VIPや富裕層向けの席は昔から存在していた。スタジアムの歴史研究家で作家のサイモン・イングリス氏(69)によると、1970年代にはトットナム、アストンビラ、エバートンなどのスタジアムにも個室の「ボックス席」が導入され「スポンサーなどの企業向けにも需要があると分かってからは、それをどこまで広げるかという議論になっていった」と解説する。
1980年代にスタジアムでの事故が続き、1989年にリバプールファンがゴール裏の立ち見席で折り重なって97人が犠牲になった「ヒルズブラの悲劇」を受けて作成された報告書「テーラー・リポート」の提言によりスタジアムの改修や新設が相次ぐと、ボックス席を重要視するクラブも徐々に増えていった。
1970年代のオールド・トラフォードの特別席の広告(左)と、80年代のトットナムの旧本拠地、ホワイト・ハート・レーンのボックス席の契約企業
報告書の推薦を受け、スタジアムの安全管理などを統括する二つの団体のメンバーに名を連ねたイングリス氏は「90年代初頭は建設コストが比較的低かったこともあり、各クラブとも新しい試みに挑戦しやすかった。そしてプレミアリーグが誕生すると、スカイスポーツにとってテレビに映るスタジアムはきれいで魅力的な背景となる必要があった」と言う。客単価が高く入場料収入の一つの柱となる特別席、そして画面の向こう側にいる有料放送の視聴者を意識した形に多くのスタジアムが生まれ変わっていった。
ニューカッスルの本拠地セントジェームズ・パークのホスピタリティー席。コロナ禍で無観客開催時は記者席として使われた=2020年7月
▽「プラスチック・ファン」に賛否
オンライン取材に応じる、スタジアム歴史研究家のサイモン・イングリス氏=2024年4月
立ち見席を撤廃するなど安全最優先とし、スタジアムの収益化に本腰を入れ始めたことは経営面で各クラブの可能性を大きく広げた。その代償として今では「実際に試合を見に行ける層が限られるようになり、使い古された決まり文句だが一般のサポーターが割を食っている」とイングリス氏。近年は高額のチケットを購入して現地観戦するファンを「プラスチック(人工的)」「コーポレート(企業型)」「ツーリスト(観光客)」といった形容詞で分類して揶揄する声は絶えず、このような客層を対象とした「ハーフ&ハーフ」のマフラーも物議を醸す。
賛否両論の「ハーフ&ハーフ」マフラー=2022年5月、ロンドン
両チームの名前や日付が入った記念品で、今やほとんどの試合会場の周辺で売られている。サポーターが応援するチームのマフラーを着用して忠誠を示す昔からの伝統に反し、両チームカラーが半々で対戦カードが書かれた土産物は「邪道」だとして、専門誌FourFourTwoのアンケートでは否定的な意見が9割以上を占めた。
アーセナル・サポーターズ・トラスト幹部のティム・ペイトン氏=2024年5月、ロンドン
客層の変化がもたらす功罪はさまざまで賛否も分かれる。任意団体アーセナル・サポーターズ・トラストの幹部、ティム・ペイトン氏(51)は40年前からシーズンチケットで観戦し続けるコアな部類のファンだが、新規層の流入にも理解を示す。「エミレーツ・スタジアムのホスピタリティー席は全体の15%ほどだが、入場料収入の約4割を占めるため一般チケット料金を抑える一助になっている。そして観光客といっても、例えば日本から訪れるファンにとっては一生に一度のイベントかもしれない。そういう人であれば、私のように1400試合ぐらい見ているファンよりも熱く応援して雰囲気を盛り上げてくれるかもしれない」とメリットを挙げる。
日本を含め世界中にサポーターズクラブがあるアーセナル=2024年6月、ロンドン
アーセナルの宿敵トットナムのホームゲームには、毎試合のように多くの韓国人が集結する。お目当てはリーグを代表するスターの一人で、韓国代表の英雄でもある孫興民だ。6万2850人を収容する大規模なスタジアムでロンドンという場所柄、韓国人に限らず多くの観光客が観戦に訪れる。
韓国人ファンが多く訪れるトットナムの本拠地内にあるショップには孫興民のユニホームがずらりと並ぶ=2023年2月、ロンドン
クラブが来季のシーズンチケットを6%値上げした方針は、長年の常連客よりこうした「一見さん」を優先しているのが一因と批判された。この論調に対し、オーストラリア出身のポステコグルー監督は「フェアではない。自分も地球の反対側から来たので『プラスチック』で『ツーリスト』の一人と言えるだろう。このクラブは地元だけでなく世界中にサポーターがいるので、そういう人たちも受け入れる度量を持つべき」と反論した。
▽本場の雰囲気が薄れるリスク
トットナムのホーム戦で1980年代半ばに11ポンドだったチケット代は、2000年代に入ると4倍近くに跳ね上がった
ただし国際化を意識しすぎれば、地元ファンはないがしろにされていると感じることになる。ペイトン氏は「国際的なクラブになるのは素晴らしいことだが、ちょうどいいバランスというのは難しい。例えば外国のテレビ中継の時間を考慮して日程やキックオフ時刻が変更されれば、スタジアムに通うサポーターがしわ寄せを受ける。あるいは外国のファンを受け入れすぎて、昔からのファンがチケットを入手できなくなったら本末転倒だろう」とジレンマを口にする。
サポーター統括団体「フットボール・サポーターズ・アソシエーション」の調査では、プレミアリーグが外国のファンを重視するあまり地元サポーターが犠牲を払っているという意見に60・4%が賛同した。
イングランドのサッカー場は目の肥えたファンから自然発生的にわき起こるチャント、プレーに対する歓声やため息といったリアクションから独特の空気感が生まれる。サポーターが太鼓や旗を使って組織的に応援するスタイルで知られるイタリアやドイツなど他のサッカー大国と違い、コアなファンが集うゴール裏だけでなく会場全体で一人一人の声と見識の高さが試合に欠かせないピースとなる。
かつて労働者階級の男性が大半を占めたスタジアムが老若男女に開かれ、多様性が受け入れられるようになった一方で、ビジネスを優先することで客層が変わることには「フットボールの本場」ならではの雰囲気が薄れていくリスクも伴う。もしスカイスポーツが思い描いた「テレビ映え」するスタンドが、結果的にプレミアリーグの魅力をそぐことになればそれは皮肉としか言いようがない。
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