取材記者の影響力もグローバル、選手移籍は大ニュース瞬時に100万人に発信【プレミアリーグ 巨大ビジネスの誕生⑪】
47NEWS / 2024年8月24日 10時0分
2022年にプレミアリーグの外国向け放映権料がイギリス国内を初めて上回ったと報じられ、名実ともにグローバルなリーグとなった。2022~23年シーズンは世界189カ国の9億世帯に試合が放送され、18億7千万人がリーグを追っているという。世界中から桁違いの注目を集めるようになり、イングランドのサッカーを取り巻く新聞などの活字メディアも大きく様変わりした。(共同通信=田丸英生)
▽活字メディアもグローバル化
インターネットの発達に加え、英語メディアは広く読まれる特性があるため強い影響力を持つ。スポーツ専門サイト「アスレチック」のリバプール担当を務めるジェームズ・ピアース記者(46)もその一人で、X(旧ツイッター)のフォロワー数は100万人を超える。ジャーナリストとしてのキャリアを始めた24年前にはソーシャルメディアはもちろん、インターネットも今ほど広く浸透していない時代だっただけに「取材の考え方、そして記事の書き方は大きく変わった」と実感を込める。
スタジアムの記者席で執筆するピアース記者=2024年4月、ロンドン(共同)
2000年にイングランド南西部バースの地元紙でスポーツ記者としての第一歩を踏み出し、2005年にリバプール・エコー紙に転職。そして幼少期から応援していたリバプールの専属番記者となった2011年に、メディアに普及しつつあったツイッターのアカウントを開設した。
ピアース記者がキャリアを始めた地方紙バース・クロニクルの看板が立つスタジアム。かつて6部リーグの地元チームをここで取材していた=2021年1月、バース(共同)
「エコー紙はデジタル化をいち早く取り入れていたが、自分は紙に記事が印刷されることに喜びを感じていたから当初はあまり乗り気ではなかった。社内のデジタル担当に『記事を宣伝するのに使って欲しい』と依頼されて始めたのがきっかけだった」
当時エコー紙の発行部数は約12万部で「地方紙なので基本的には毎週スタジアムに足を運ぶようなファンに向けて記事を書いていた」。それがソーシャルメディアの台頭により、読者層がローカルからグローバルに急拡大した。世界的な人気を誇るビッグクラブの情報は需要が高く、ピアース記者に求められる仕事にも変化が表れていった。
選手の移籍や監督交代など大きなニュースを発信するとフォロワー数の増加で反響が目に見え、読者のコメントで反応をリアルタイムに知ることは取材のアイデアにもつながった。速報性が第一に求められるようになっても「最初に報じることより、正確に報じることの方が大事と教わってきた。そうやって時間をかけて信頼を積み上げるようにした」と新聞記者としての原点に忠実であり続けた。
プレミアリーグの試合後は両チームの監督がそれぞれ記者会見に臨む=2024年4月、ロンドン(共同)
▽SNS全盛の弊害
インターネットの交流サイト(SNS)でメディアだけでなく、選手からファンまで誰もがやり取りできるようになると利便性とともに弊害も生まれた。根拠のないうわさ話はあっという間に広まり、新聞社もウェブサイトのアクセス数を稼ぐために目を引く見出しを付けることを重視。エコー紙でもソーシャルメディアで話題になっている単語に絡めて記事を出すスタイルを取るようになったという。
「例えばハリー・ケーンがトットナムからドイツのバイエルン・ミュンヘンに移籍するといううわさが加熱していたら、『リバプールがケーンを獲得すべき五つの理由』みたいな記事をつくる。そうやってクリック数の争いになると、記事の質はどんどん落ちていく 」
マンチェスター・ユナイテッドのモウリーニョ監督解任を報じる英紙=2018年12月(共同)
そんな風潮に嫌気が差したことも一因となり、2019年にエコー紙を退社。近年多くの新聞記者を引き抜き、イングランドのサッカー報道をリードする有力ウェブメディアのアスレチックに移った。
世界有数の知名度を誇るリバプールを追う番記者として、エコー紙を離れてもフォロワーは増加の一途を辿った。2020年に南野拓実が加入すると日本からの記事へのアクセスが目立つようになり、プレシーズンマッチの取材でシドニーを訪れた際には、電車の中でファンに気づかれて自らの仕事の波及力を肌で感じた。
「リバプールの取材を始めた頃は近所の人に記事を書いている感覚だったが、今や地球の裏側にも読者がいると思うと信じられない。それもソーシャルメディアのおかげなので、エコー紙が他社よりいち早くSNSの可能性に気づいて導入していたことは幸運だった」と古巣への感謝も忘れていない。
鎌田大地が加入したクリスタルパレスの本拠地セルハースト・パークの記者席=2022年1月、ロンドン(共同)
▽「一次情報を流す」ことが仕事
新聞や雑誌の紙媒体が過渡期を迎え、専門サイトやアプリ、ユーチューブ、ポッドキャストなどあらゆるデジタル媒体が乱立する時代。世界各地で試合が放送されているため、活字メディアの役割も変わりつつあり「試合経過を伝えるような昔ながらのマッチリポートの需要はなくなってきた」と認識する。
リバプールのように自前のテレビチャンネルを含む多くの公式メディアを持つクラブは、思い通りに選手のイメージをつくりあげ、発信したいメッセージだけを出すことが可能になった。新型コロナウイルス禍をきっかけにオンライン式の「リモート取材」という手段も定着し、記者と取材対象者の距離は着実に遠くなっている。
リバプールの本拠地アンフィールドで記者が選手を取材するミックスゾーン=2020年3月、リバプール(共同)
選手はクラブだけでなく、エージェントやマネジメント事務所といった関係者がコントロールし、不用意な発言や誤解による「炎上」の防止に細心の注意を払う。試合後にミックスゾーンと呼ばれる取材エリアで記者の呼びかけに応じる選手は少なく、放映権料を払っている「ライツホルダー」の放送局でない限りスター選手の肉声を聞くことは容易ではない。
それでも「一次情報を得て流すことができるのは自分たちだけ」とピアース記者。既存メディアの置かれる立場が厳しくなりつつある時代でも、ジャーナリストの矜持を胸に秘めてチームを追い続ける。
マンチェスター・シティーの本拠地エティハド・スタジアムで、記者室の壁に飾られる新聞のコピー=2022年10月、マンチェスター(共同)
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