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アメリカ大統領選、ドル高批判のトランプ氏勝利でも「円安ドル高基調は変わらない」 来日した大手運用会社ピムコの公共政策調査責任者が予想

47NEWS / 2024年9月7日 10時0分

インタビューに応じるピムコの公共政策調査担当の責任者、リビー・キャントリル氏=2024年7月19日、東京都港区

 アメリカ大統領選の共和党候補ドナルド・トランプ前大統領が一時の記録的な円安ドル高を「大問題だ」と批判し、勝利した場合には是正に取り組む姿勢を示している。日本は円安ドル高による物価高に苦しめられただけに、トランプ氏が大統領に返り咲く「もしトラ」が起きた場合は円高ドル安へ向かうとの期待感が一部出ている。ところが、来日したアメリカ大手運用会社ピムコの公共政策調査担当の責任者、リビー・キャントリル氏は「円安ドル高基調は変わらない」と否定的な見方を示す。その理由は―。(共同通信前ワシントン支局次長=大塚圭一郎)

 ▽ドル高は「とてつもない障害」とトランプ氏

 今年7月上旬に1ドル=162円近くと37年半ぶりの円安ドル高水準を付けたことなどを背景に、トランプ氏は7月16日に報じられたブルームバーグ通信のインタビューで「強いドルに対して弱い円、弱い(中国の)人民元は今や強烈で、私たちは大きな通貨問題を抱えている」と問題視した。

 トランプ氏はドル高のために「アメリカの企業がトラクターなどの品目を国外で販売しようとするのにとてつもない障害になっている」と強調。ドル高によって外国で販売するアメリカ製品の利益が減ったり、値上げを迫られて売れ行きが悪くなったりし、ひいては生産拠点がアメリカから国外へ移る〝空洞化〟への危機感をあらわにした。

 一方、食品や燃料、原材料などの多くを輸入する日本は円安ドル高による輸入品価格の上昇が物価上昇につながり、家計を圧迫してきた。日本は2022年度の食料自給率が38%、エネルギー自給率が12・6%(原子力発電を国産と見なした場合)にとどまり、それぞれ先進7カ国(G7)で最も低い。


アメリカのドナルド・トランプ前米大統領=2024年1月、アメリカ西部ネバダ州(ゲッティ=共同)

 ▽トランプ氏勝利でも「円安ドル高基調は変わらない」

 このため、トランプ氏が大統領選に勝てばドル安誘導策を打ち出し、物価高が一服するとの期待感が日本でも一部出ている。

 円安ドル高による負担増が日本人のアメリカなどへの旅行マインドを冷え込ませている中で、日本旅行業協会の高橋広行会長(JTB会長)は「1ドル=120~130円程度まで円高ドル安が進んでほしい」と話す。

 しかし、共同通信などのインタビューに応じたキャントリル氏は、長い目で見た外国為替相場は「トランプ氏が大統領選で勝利した場合でも、円安ドル高基調は変わらない」と否定的な見方を示した。

 その理由を2点挙げ、一つは「トランプ氏がアメリカ歴代政権の伝統となってきたドル高志向の政策から逸脱するとは思っていないからだ」と言及した。

 キャントリル氏は「通貨の価値はその国の経済状況を反映する」とし、アメリカは世界の基軸通貨であるドルが強いことを志向してきたと指摘。「トランプ氏と一部の助言役もドル高志向の政策を続けることを明示している」との見方を示した。

 2点目は「仮にトランプ氏がドル安に誘導することを望んだとしても、大統領が実際にそれを実現できる手段は非常に限られているからだ」と説明した。

 外国為替市場でドルの交換レートがどのように動くのかは「アメリカの経済成長とインフレ(物価上昇率)の動向、そして独立した中央銀行の動きなどによって決まる」とし、大統領の介入余地は限定的だと説いた。


東京外国為替市場で1ドル=161円台を付けた円相場を示すモニター=2024年6月28日、東京都港区の外為どっとコム

 ▽金利差が円安ドル高を招く

 記録的な円安ドル高が進んだ背景には、日本とアメリカのそれぞれの中央銀行が設定している政策金利の差が大きいことがあった。投機筋はアメリカの金利の方が日本よりはるかに高いため、運用するのに有利なドルを買って円を売る動きを強めてきた。

 アメリカでは新型コロナウイルス禍後の経済再開で物価が上がり続けるインフレが深刻化し、2022年6月には消費者物価指数(CPI)の前年同月比上昇率が9・1%と40年7カ月ぶりの大きさとなった。

 物価高を押さえ込むためにアメリカの中銀に当たる連邦準備制度理事会(FRB)は経済活動を冷やすことを目指して主要政策金利を段階的に引き上げ、現在は5・25~5・5%に達している。

 これに対し、日本の中銀に当たる日本銀行はマイナス金利を2016年から今年3月まで続けていた。民間の金融機関が日銀に預ける預金の一部にマイナス0・1%の金利を課し、日銀が利子を取るという「異例の金融政策」(エコノミスト)が長期化していた。


金融政策決定会合後に記者会見する日本銀行の植田和男総裁=2024年7月31日、東京都中央区の日本銀行本店

 ▽金融政策は円買いを促す

 だが、今後は日本とアメリカの金融政策の方向性の違いから両国の金利差が縮小し、それ自体は円買いドル売りを促す公算が大きい。

 日銀は今年3月の金融政策決定会合でマイナス金利を解除することを決定し、政策金利の無担保コール翌日物金利の誘導目標を0~0・1%程度に設定した。続いて7月31日の会合で0・25%程度へ引き上げることを決めた。

 植田和男総裁は7月31日の記者会見で「経済、物価の情勢が私どもの見通しに沿って動いていけば、引き続き金利を上げていく考えだ」とも語った。

 一方でFRBのジェローム・パウエル議長は8月23日の講演で「金融政策を調整する時が来た。調整の方向は明らかだ」と訴え、9月17~18日の次回連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げを決める方針を鮮明にした。金融関係者は「主要政策金利を0・25%引き下げて5・00~5・25%にすることを決定する公算だ」と話す。

 利下げを決める背景には、アメリカの7月のCPIの前年同月比上昇率が2・9%と2021年3月以来、3年4カ月ぶりの低水準となり、4カ月連続でインフレが鈍化したことがある。現在の高水準の政策金利を長期間続ければ景気を過度に冷やす恐れがあるため、利下げによって経済への悪影響をできるだけ抑えたい考えだ。

 パウエル氏の発言を受けて8月26日の東京外国為替市場の円相場は対ドルで急伸し、一時1ドル=143円台を付けた。

 あるエコノミストは「FRBは年内に9月と11月、12月の計3回にわたって政策金利を引き下げる一方、日銀は12月に追加利上げをすると予測している。そうなれば日本とアメリカの金利差が縮まり、円高ドル安が進むのではないか」とみる。


アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長=2024年7月31日、首都ワシントン(共同)

 ▽キャントリル氏は「アメリカの高金利が引き続きドルを押し上げる」と予想

 しかしながら、キャントリル氏は「FRBが利下げしてもアメリカの政策金利は他国より高いままとなるため、引き続きドルを押し上げる要因になるだろう」としてドル高基調が続くとの見解を表明した。

 また、トランプ氏が大統領選で勝ち、掲げている政策を実行に移した場合にドルを押し上げる可能性にも言及した。一例として「第2次トランプ政権が誕生すれば外国からの輸入品に対する関税を引き上げる方向性は明確で、実行した場合にはアメリカのインフレに影響を与える可能性がある」と言及した。

 トランプ氏は全ての輸入品に10%の「普遍的基本関税」を課し、アメリカが最大の貿易赤字を抱えている中国からの輸入品に60%の関税を設けることを主張している。輸入品に対する関税の引き上げは物価を上昇させ、FRBは政策金利を下げにくくなってドル高が助長する可能性がある。

 加えてキャントリル氏は「トランプ氏が大統領になれば規制緩和に取り組むなど、(企業に)よりビジネスフレンドリーな形になる」ことも見落とせないと話した。規制緩和や企業の法人税減税といった政策が実施されれば経済活動が過熱して物価を押し上げる要因となり、それもFRBの利下げを阻むことになりかねない。

 こうした点を踏まえ、トランプ氏の勝利は「ドル高基調をもたらす」とキャントリル氏は分析する。


ロバート・ライトハイザー前アメリカ通商代表部(USTR)代表=2024年6月17日、首都ワシントン(ゲッティ=共同)

 ▽財務長官の有力候補が就任ならば?

 一方、第2次トランプ政権が発足した場合には、財務長官への就任が有力視されているロバート・ライトハイザー前通商代表部(USTR)代表がドル高に否定的な考えを示していることから「ドル安誘導策を進めるのではないか」との観測もある。

 ライトハイザー氏は2023年に出版された著書『ノー・トレード・イズ・フリー(いかなる貿易も自由ではない)』で、ドルが円や中国の元に対して高いのは「アメリカの通貨がかなり過大評価されていることは明白だ」と主張。ドル高がアメリカの農業や製造業の輸出競争力を阻害していると批判した。

 キャントリル氏は「ライトハイザー氏はあくまでも彼の見解であることを明確にしている」とし、トランプ陣営内でドル安誘導を進めるとの認識を共有しているわけではないとの認識を示した。


アメリカのカマラ・ハリス副大統領(左)とドナルド・トランプ前大統領(AP=共同)

 ▽「もしトラ」が起こるかどうかは不透明

 もっとも、キャントリル氏は「もしトラ」が起こるかどうかも不透明だとくぎを刺す。「ジョー・バイデン大統領が民主党候補だった時はトランプ氏が優勢だと予想していたが、バイデン氏が撤退してカマラ・ハリス副大統領が民主党候補になってからはトランプ氏と互角の戦いになった」と話す。

 ただ、トランプ氏が返り咲けば「史上最悪のアメリカ大統領だ」と批判するバイデン氏の政策を大きく見直し、円の対ドル相場が左右されるのは必至だ。大統領選の行方とともに、為替の動向も手に汗を握る展開が続きそうだ。


アメリカの首都ワシントンのFRB本部=2022年2月(共同)

 【リビー・キャントリル(LIBBY CANTRILL)氏】アメリカ連邦議会下院の立法担当助手、金融大手モルガン・スタンレーの投資銀行部門を経て、2007年にピムコ入社。政治や政策のリスクを分析し、投資家に助言する公共政策調査担当の責任者を務める。アメリカの証券アナリスト資格「CFA」を持ち、CNBCテレビの経済情報番組に出演も。

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