国民が検察を応援、正しい姿?自民党裏金問題で見えた「日本の民主主義の弱点」 ジャーナリストの神保哲生さんに聞く
47NEWS / 2024年8月28日 10時0分
自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件で、東京地検特捜部による捜査が本格化した2023年末、SNS上では「東京地検頑張れ」「裏金議員全員逮捕」といったハッシュタグが拡散されるなど、政治家に対する捜査を市民が応援するような風潮が広がった。
ジャーナリストの神保哲生さんは自民党の裏金づくりを厳しく批判する一方、こうした世論からは「日本の民主主義の弱点が見える」と指摘する。政治に対する国民の怒りが刑事処分への期待に転化することが「危うさ」をはらむ理由について、そして検察を応援する代わりに主権者が本来すべきこととは何か、話を聞いた。(共同通信=西尾陸)
▽国民が官僚の味方、崩れる「民主主義の方程式」
記者会見で自民党総裁選への不出馬を表明する岸田文雄首相。首相自身は捜査対象にならなかったが、裏金事件への対応を批判され続けた=8月14日、首相官邸
―今回の事件や改正政治資金規正法に対する印象を聞かせてください。
「改正法は『やってる感』を出しただけで中身は空っぽです。金がものをいう政治風土がある以上、政治家自身が裏金の抜け穴をふさぐことはできないだろうと最初から思っていました。もはや制度を変えればよいということではなく、問題の本質は日本の政治文化そのものです」
―神保さんは自民党の裏金づくりを厳しく批判する一方で、検察による政治家への捜査に国民が期待をかける状況は「危うさ」もはらんでいると発言してきました。どういうことでしょうか。
堀井学衆院議員の議員宿舎へ家宅捜索に入る東京地検特捜部の係官ら。自民党派閥裏金事件の捜査終結後も「政治とカネ」の事件は後を絶たない=7月18日、東京都港区
「刑事告発を受けた検察はきちんと捜査をして、違法行為があれば、しかるべき処罰がなされるのは当たり前のことです。ただ、政治家に対する処罰を検察に全面的に委ねてしまうのは、民主制の下に生きる市民の姿勢として間違っていると思います」
「軍隊や警察、検察といった『ゲバルト(暴力装置)』を持つ政府は、放っておけば暴走します。民主主義の基本は、市民が選んだ政治家が法律をつくり、政府を統制するということです」
「この方程式が成り立つ前提は『民意の後ろ盾がある政治家が優位に立つ』ということです。しかし、日本ではロッキード事件しかりリクルート事件しかり、官僚機構の一部である検察が世論を味方につけて捜査を行い、政治家は防戦一方になるという構図の事件が繰り返されてきました。政治家が官僚をチェックするという本来の方程式は機能しなくなります」
▽捜査対象者を「真っ黒」にするメディア
神保哲生さん
―なぜ国民は検察を応援するのでしょうか。
「背景にはメディアの問題があると思います。私は、官僚と報道がつくる『官報複合体』と呼んでいますが、メディアは検察への取材で得た情報を基に捜査対象者を『真っ黒』にします。それを見た市民が『手ぬるいぞ、もっとやれ』と検察の背中を押すわけです。そうした状態を容認して処罰感情を刺激するのは不健全だと思います。今回の裏金事件でも、このことが影を落としていました」
―多くの国民が裏金問題に激しい怒りを感じているのは事実です。民主主義の方程式を崩さずに問題に対処するにはどうすればよいのでしょうか。
広瀬めぐみ参院議員(当時)の事務所を家宅捜索し、押収物を運び出す東京地検特捜部の係官=7月30日、盛岡市
「政治資金規正法は『制』ではなく『正』の字を使います。これは資金を制限するよりも、収支を『ガラス張り』で公開して国民の不断の監視と批判の下に置くことを重視する米国法の考え方を踏襲しているためです。この法理は規正法の第1条と2条でも、はっきりとうたわれています。ここには法律違反がないかというレベルの低い話だけではなく、寄付をした企業や団体に有利な政治がなされていないかといった監視も含まれます」
「裏金がものをいう政治は変える必要があります。しかし、日本を良い国にしたければ、国民は暴走の危険性もはらむ官僚や検察に頼るのではなく、正しい選択ができる政治家を選び、監視するしかありません。腐った政治家に引導を渡すのはわれわれ有権者だという自負を持たなければ、ほとぼりが冷めた頃にまた不祥事を繰り返すだけでしょう」
▽自民党は金権政治の継続を選んだ
自民党派閥裏金事件に関し、記者団の取材に応じる岸田首相(左)=3月27日、首相官邸
―政治資金の透明性を確保するという点では、改正法は課題を残しました。
「改正法は『インターネットによる公表』などといった言葉が一応並んでいますが、それが何を意味しているのか全く分かりません。専門家が膨大な時間をかけて収支を突き合わせることで、やっと不正の尻尾をつかむことができるという今の状況は変わらない可能性があります。本来は、検索とソートができる形でデータ化され、公開されるべきです。そうすれば、報告書をチェックするメディア報道も増えるでしょう。米国には政治資金の監視を担うNPOがたくさんあります」
―改正法は、裏金事件の再発防止の役には立たないのでしょうか。
神保哲生さん
「ガラス張りで公開されない『グレーゾーン』は残っています。水は低きに流れるものです。裏金がものをいう政治風土がある以上、政治家はいくらでも裏金をつくろうとするでしょう」
「しかし、裏金づくりのグレーゾーンを残せば、検察は『ここからは駄目だ』と恣意的に線を引くことができます。捜査当局が疑獄事件をつくれることになります。政治家は自分たちを脆弱な立場に置くことになるのです。だからこそ、政治家は法律をしっかりと作ってグレーゾーンをなくさないといけません。しかし結局、検察に対して脆弱になるリスクを取り除き、国民による監視を健全に機能させることよりも、金権政治を続ける道を選んでしまったということです。今起きているのはそういうことだと思っています」
× × ×
じんぼう・てつお 1961年東京都世田谷区生まれ。米コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者などを経て、現在、インターネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」代表。
× × ×
改正政治資金規正法が可決、成立した参院本会議=6月19日
【政治資金規正法】
(目的)
第1条 この法律は、議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性及び公職の候補者の責務の重要性にかんがみ、政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体の届出、政治団体に係る政治資金の収支の公開並びに政治団体及び公職の候補者に係る政治資金の授受の規正その他の措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする。
(基本理念)
第2条 この法律は、政治資金が民主政治の健全な発達を希求して拠出される国民の浄財であることにかんがみ、その収支の状況を明らかにすることを旨とし、これに対する判断は国民にゆだね、いやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないように、適切に運用されなければならない。
2 政治団体は、その責任を自覚し、その政治資金の収受に当たっては、いやしくも国民の疑惑を招くことのないように、この法律に基づいて公明正大に行わなければならない。
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