突然姿を消した派閥事務局長、それが全ての始まりだった 二階元幹事長の不出馬表明の真相【裏金政治の舞台裏⑤】
47NEWS / 2024年9月1日 10時0分
昨年夏、一人の男が東京・永田町から突然、姿を消した。男の名は永井等。四半世紀近くにわたって自民党二階派(志帥会)の事務局長を務め、多くの永田町関係者から慕われた知る人ぞ知る人物だった。その永井の雲隠れが、今年1月の二階派解散決定から3月の自民党元幹事長、二階俊博の衆院選不出馬表明に至る二階派裏金事件の序章だったとは、この時点では誰も予想していなかった。(共同通信裏金問題取材班、敬称略)
▽二階派事務局長の突然の離脱
家宅捜索のため自民党二階派の事務所に向かう東京地検特捜部の係官ら=2023年12月19日
2023年初夏、東京・平河町に所在する砂防会館別館3階の二階派事務所を訪ねると、事務局員の1人から告げられた。「永井事務局長は体調を崩し、しばらくお休みすることになる」
東京地検特捜部はその年の6月以降、二階派や安倍派など5派閥がパーティー収入を過少に記載したとする政治資金規正法違反の疑いで刑事告発を受け、永井らに任意で事情聴取を続けていた。永井はその過程で体調を崩し、自宅療養を余儀なくされていた。
永井の離脱をよそに、二階派幹部は特捜部の狙いを甘く見ていた。ある幹部の一人は「政治資金収支報告書の訂正で済むとの話もある」と楽観論を披露していた。
狙いを悟らせない特捜部の捜査は巧妙だったとも言える。事情聴取を担当した検事は明るく振る舞い、派閥事務局員らの警戒心を解きつつ、派閥の会計資料を収集し、全容把握を進めた。療養中の永井も事情聴取のため、たびたび地検に呼ばれた。永井はその秋、静かに派閥事務局長を退職した。特捜部の真の狙いが見えぬまま、時間ばかりが経過していった。
状況が変わったのは、年の瀬が近づいてからだった。特捜部は12月13日に臨時国会が閉幕すると、翌週19日に党最大派閥安倍派(清和政策研究会)の事務所と同時に、二階派事務所の家宅捜索に踏み切った。
永井は初めて事情聴取を受けてから約7カ月後の2024年1月19日、政治資金規正法違反(虚偽記入)の罪で在宅起訴された。
▽二階派が続けた裏金づくりのからくり
初公判に臨む永井等被告(右)と弁護人(イラストと構成・松川久美)
永井は1998年の志帥会結成の初期に二階派事務局に入った。飲食店勤務やトラック運転手などを経て、半年ほどの引き継ぎの後、事務局長に就任。以降、四半世紀近く派閥会計責任者を兼ねてきた。
起訴状によれば、2018~22年分の政治団体「志帥会」(二階派)の収支報告書で、収入と支出を実際より計約3億8千万円少なく記入したとされる。
永井はなぜ派閥の収支を過少に申告し続けたのか。それは前任事務局長からの教えだった。永井は周囲に「いつでも政治家の求めに応じて、ぽんと百万や二百万を出せる状況を作らなければいけなかった」と語る。前任の事務局長に教えられた通り、派閥のパーティーのたびに、少しずつ過少申告を繰り返し、自由に使える金を蓄え続けた。蓄えた金は、選挙の応援などに使われたという。
派閥内には「全て永井がやったことだ」と永井の行為を批判し、全責任を負わせる声もあった。ただ、その永井が蓄えた金を使い続けたのは政治家自身でもある。そうした中でも、永井は沈黙を保ち続けた。
永井は今年6月19日、東京地裁の初公判で起訴内容を認めた。初公判後、周囲にこう語った。「俺は一切私腹を肥やしたことはない。ただ、全て責任を背負うのが派閥に四半世紀もお世話になったせめてもの恩返しだ」
▽ついに二階派の解散を決断
司直の手は二階本人にも伸びていた。関係者は振り返る。「当初、二階派については議員や秘書は対象とならず、立件されるのは永井だけだと聞いていた。流れが変わったのは昨年12月中旬だった。弁護士から『検察が二階氏の事務所の話を聞きたいと言っている』と伝えられた。そこがターニングポイントだった」
二階個人の事務所でも、収支報告書への不記載を重ねていた。関係者によると、二階の事務所はパーティー券の販売ノルマ超過分を派閥に納めず、手元にプールして裏金化していたとされる。
永井が在宅起訴された24年1月19日、東京地検特捜部は政治資金規正法違反(虚偽記入)の罪で、二階の秘書、梅沢修一を略式起訴した。起訴内容は2018~22年、二階派(志帥会)から計約3500万円の寄付を受けたのに、二階の関連政治団体の政治資金収支報告書に記載せず、寄付の合計額を虚偽記入したとされる。
梅沢はその後、東京簡裁が1月26日付で出した罰金100万円の略式命令を受け入れ、有罪が確定した。二階本人も昨年12月下旬と年明けの計2回、任意の事情聴取を受けたが、関与は認定されなかった。
▽議員宿舎の密会
二階派の解散を発表した二階元幹事長、林幹雄元幹事長代理(左)、武田良太元総務相(右)=1月19日
永井、梅沢が特捜部に立件される前日の1月18日、二階は限られた派閥幹部と秘密裏に話し合いの場を持った。世論が裏金事件に厳しい視線を注ぐ中、二階派の今後をどうすべきかが議題だった。
18日昼、赤坂の議員宿舎に、二階は最側近の林幹雄、武田良太と向かい合っていた。二階は「俺が派閥会長を辞めれば良い。あとは2人で好きなようにやれ」と伝えた。しかし、林は「そうであれば、派閥を解散しましょう。すぱっと解散するのが二階さんらしい」と返答。林の提案に異論は出ず、派閥解散の流れが決まった。そして、永井、梅沢が立件された19日、二階は派閥総会で解散を提起し、了承を取り付けた後、記者会見で発表した。
派閥の解散だけでは済まなかった。二階は1月、自身の資金管理団体「新政経研究会」の政治資金収支報告書を訂正し、支出先として計上した約3470万円分を書籍代に充てたと説明した。しかし、世論の反発は依然強く、自身の秘書が略式起訴されたこともあり、二階の党内処分は避けられない状況だった。
一方、党内には幹事長を歴代最長の5年余りも務めた二階への処分に慎重論もあった。ある党幹部は「党勢を拡大させた功労者を処分するわけにはいかない」と断言した。
記者会見で派閥裏金事件への対応を説明する自民党の森山総務会長=3月8日
党総務会長の森山裕もその一人だった。「重い処分を受けるぐらいなら、その前にけじめをつける」との二階の意向を耳にした森山は、軟着陸に向けて首相、岸田文雄に働きかけた。森山は3月7、15両日に岸田と一対一で面会。処分内容を考えあぐねる岸田に「組織的な裏金づくりをしていた安倍派幹部と同じ処分ではいけない」と進言し、区別するよう求めた。
二階に近い関係者が処分を回避すべく考えた方策が、次期衆院選への不出馬表明だった。関係者によると、党紀委員会による処分で党員資格停止に次いで4番目に重い「選挙での非公認」と同じ意味を持ち、重い処分を下さない理屈も立つ。周辺は「最大の責任の取り方だ」と処分回避に自信を見せた。
▽派閥回帰へ意気軒昂
次期衆院選への不出馬を表明する二階元幹事長=3月25日
不出馬表明の舞台には、二階が幹事長時代に使っていた党本部4階の記者会見室が選ばれた。それも「二階さんが使い続けた場所だから」との周辺の配慮だった。
そして、党が処分を決定する4月4日の直前の3月25日、二階は党本部で記者会見を開き、裏金事件に関し「政治責任は全て私自身にある」と自らの衆院選不出馬を明言した。85歳の二階にとって、衆院選不出馬は事実上の衆院議員引退を指す。
結果、二階は処分を免れた。それから約5カ月、入退院を繰り返しながらも、二階本人は意気軒高だ。党本部の自室も維持されている。そして二階派は党総裁選に向けて当選回数別の会合を開き「派閥回帰」の動きを見せている。周辺の一人は語る。「二階さんはまだまだ元気だ。次に何をやろうかと今も考えている」
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